「ジャンプTOON」でも魅力的なキャラクターにこだわりたい〜マンガ編集の可能性を広げる新たなる挑戦

2024.02.06

小説、マンガ、アニメなどの垣根を超えた「コンテンツ」に焦点を当て、クリエイターの哲学から作品の魅力、制作の裏側まで、コンテンツビジネスの世界を紹介するWEBメディア「Borderless(ボーダレス) 」――。
第1回は、集英社がまもなくリリースする「ジャンプTOON」の統括編集長を務める浅田貴典氏を迎えた。

集英社がタテマンガに参入し、タテマンガサービス「ジャンプTOON」をリリースする。日本のマンガ文化をつくり上げてきた同社が、どのような旋風を巻き起こすのか。その統括編集長に就任したのが浅田貴典(以下、浅田)だ。浅田は、「週刊少年ジャンプ」で『ONE PIECE(ワンピース)』や『BLEACH(ブリーチ)』などのヒット作品の立ち上げに携わってきた。ヒットメーカーである浅田の編集哲学やタテマンガの可能性、「ジャンプTOON」の目指す世界に、テラーノベル代表取締役CEOの蜂谷宣人(以下、蜂谷)が迫った。

(左)浅田貴典 「ジャンプTOON」統括編集長、(右)蜂谷宣人 テラーノベル 代表取締役CEO

自分のなかの「なんとなく」を大切にしている

蜂谷:マンガに興味をお持ちになったきっかけは、何だったのでしょうか。

浅田:最初にはまったのは、小学校2年生のときに読んだ『すすめ!!パイレーツ』です。近所に住んでいた人の引っ越しの手伝いに行った際に見つけたのですが、手伝いそっちのけで読み耽ってしまいました。その後、『キャプテン翼』にはまり、同じ巻を繰り返し何度も読んでいました。

蜂谷:そうした経験からマンガの編集部を希望されたのでしょうか。

浅田:大学生のころは新聞記者志望だったのですが、本職の方にお会いするなかで適性がないと悟り、エンターテインメント業界を志望するようになりました。テレビ局や映画会社なども受けたのですが、内定をもらったのが集英社だけだったんです。ひたすらマンガ編集部希望と言っていたので、「週刊少年ジャンプ」編集部に配属されましたが、当時、マンガ編集はあまり人気がありませんでした。同期が17人いましたが、マンガ志望は私1人だけでした。

蜂谷:その後、『ONE PIECE』などのヒット作品の立ち上げに携わるようになるわけですが、作家さんと付き合いながら、どのようにヒットの法則といいますか、こうすると読者が喜ぶというものをつかんでいったのでしょうか。

浅田:新人の作家さんと打ち合わせをして、読み切り作品をつくって雑誌に載せて反響を見て、作家さんの実力が上がってきたら連載ものの企画を会議に提出するということの繰り返しです。集英社にはマンガ編集者が育つロジックとして、若いうちから自分自身の責任で意思決定し、作家さんと一緒になって作品をつくるという仕組みがあります。当たるときもあれば当たらないときもありますが、これだけトライアンドエラーが多く許される職業は、マンガ編集者以外にないのではないでしょうか。成功しても失敗しても、作家さんと編集者ともに経験値が上がります。

蜂谷:だからでしょうか。マンガには、編集者が関わる比重が大きい印象があります。

浅田:大事なのはやはり作家さんであり、編集者は、小さな歯車の1つでしかありません。作家さんという大きな歯車がぐるぐる回り、読者へつなげるための小さな歯車です。それがなくても歯車は回りますが、スムーズに回るために必要なのではないかと思っています。

蜂谷:浅田さんは、どういった基準で作品を企画されるのでしょうか。

浅田:私は、企画を立てる方法は、おおまかに3パターンあると思っています。1つ目は、その作家の才能を軸にするパターン。2つ目は、読者のニーズを汲み取るパターン。3つ目は、編集者の執着や偏愛に、作家さんに協力してもらうパターンです。

蜂谷:浅田さんは、どのパターンが多かったのですか。

浅田:作家の才能を軸にするパターンです。ネームと呼ばれる、作家さんが出してくる設計図があって、1話に1つでも何か印象に残る箇所があれば、それを軸にして話を膨らませたり話を整理したりし、掲載会議に提出していくケースが多かったです。ただ、それは「週刊少年ジャンプ」という、恵まれた出会いが多い場所だから成立していたやり方ですが。

印象に残る個所をどうやって見つけていくかは、自分のなかにある「なんとなく」という感覚を大切にしています。それは過去の経験による自分の無意識が「それは好き」「それは嫌い」と言っているからです。ただそれは自分自身がいちスタッフだったときのあり方であって、マネジメントする際はまた別です。

蜂谷:マネージャーとしては、何を重視されているのでしょうか。

浅田:部下のセンサーを信じることです。いろいろな編集部員が好きないろいろなキャラクターがいますので、できる限りそれを信じたい。私は50歳なので、今の10代の子の感性がわかるとまでは思い上がれませんね。

蜂谷:なるほど。もう少し、浅田さんがおっしゃる「なんとなく」を深堀りして聞いてもよいですか? 具体的に心がけていたことは何かありますか?

浅田:マンガに対しての感じ方を4象限に分けて観察していました。自分自身が面白いと思って売れるパターン、自分自身がつまらないと思っているけれど売れるパターン、自分自身が面白いと思っているけど売れないパターン、自分自身がつまらないと思っていて売れないパターンです。

蜂谷:自分が面白いと思って売れなかったら、その原因を分析されていたのでしょうか。

浅田:正確に言うと、どのパターンでも分析して仮説は立てますし、言語化して信頼できる人間とディスカッションします。作品が売れない理由は、「つまらないから」という原因だけとは限りません。もしかしたら発表している媒体が悪かったのかもしれないし、時代性が合わなかったかもしれないし、プロモーションがよくなかったのかもしれない。「Aの原因はBである」というふうに原因を軽々しく限定することはしたくないです。

大学生の頃に所属していた歴史学のゼミの先生の言葉なのですが、Aの原因がBであることを証明するためには、Aの原因がCでもなく、Dでもなく、Eではなく……Zでもないところまで証明をして、「原因がBであるかもしれない」と言える。その通りだと思いました。だから原因の仮説はいろいろ立てますが、「かもな」ぐらいにしか捉えていません。

「ジャンプTOON」でも魅力的なキャラクターを生み出す

蜂谷:なぜ「ジャンプTOON」を立ち上げることになったのでしょうか。

浅田:1995年に集英社に入社してから、会社の毎年の利益は5億円から20億円くらいの間で推移していましたが、この5年ほどで100億円を超えるようになりました。それはマンガを取り巻く環境が変わったからです。ネット配信の映像プラットフォームが整備され、作品が届く人が増えたことでキャラクター商品の価値が上がり、商品化ビジネスが飛躍的に伸びました。アニメ、ゲームの制作費が増大していき、企画を選別する手段として、比較的ローコストでつくれる漫画の価値が高まっています。私たちは、こうした世のなかの状況に合わせた最適解を模索して変化しつつ、今に至っています。「ジャンプTOON」事業もその一環なのです。

蜂谷:準備ができているからこそ、波に乗れるということでしょうか。

浅田:弊社はトップダウンよりもボトムアップの会社なので、この事業も会社からやれと言われてやっているわけではなく、現場から出てきた企画がベースです。若い社員がやりたいことにチャレンジし、予算を与える企業文化があるのです。

蜂谷:タテマンガの可能性をどう見ておられますか。

浅田:「読み間違いがない」ということが最大の特徴で、それは読者を広げるのに大変有利だと思っています。また、つくり手にとっても、ヨコ開きマンガのコマ割りは難しくても、タテマンガならできるという方も多いでしょう。そこに大きな可能性を感じています。「ジャンプTOON」では、1つのジャンルに偏るのではなく、いろいろなジャンルの作品を発表しようと考えています。

蜂谷:いろんなジャンルの作品と言えば、「ジャンプTOON AWARD」では募集にあたって、「続きがどうしても気になる作品」「何回も繰り返し読みたくなる作品」を求めていましたね。

浅田:読者がどういう気持ちや感情に対してお金を払うかを考えた結果です。続きを読みたいという気持ちを、マンガアプリの「待てば無料システム」の先読みの課金で解消します。繰り返し読みたい気持ちを解消できるのは、ヨコ開きマンガの単行本ビジネスです。すでに一回読んでいるにも関わらず、繰り返し読みやすい形式になっているからこそ、お金を支払う。「お金が支払われる従量制コンテンツは、続きが読みたい作品か、繰り返し読みたい作品かのどちらかじゃないか」という仮説のもと、それらの言葉を導き出し、旗印にしました。

蜂谷:私も繰り返し読みたい作品だから単行本を買いますが、魅力的なキャラクターが出てきたり、エピソードが強烈に面白かったりというのが理由です。

浅田:読者の価値観がその物語で肯定されているかが本質なのではないでしょうか。

蜂谷:その価値観がはまると気持ちよくて、何回も読みたくなってしまうわけですね。あと私の場合だと、1回読んでわからなかった作品を何回も読み返して、理解を深めていくことがあります。

浅田:その気持ちもまた、物語を読むうえで生まれる感情ですよね。共感できる感情、憧れる感情、気づきを得られる感情。物語に求められるのは、この3つの感情という気がします。

蜂谷:タテマンガではキャラクターを覚えることができないという読者の声もありますね。

浅田:その声も存じています。しかし、魅力的なキャラクターを読者にお届けすることによって作品をつくったりビジネスを展開したりという遺伝子が集英社には組み込まれているので、タテマンガでもその方向を目指したいですね。魅力的なキャラクターが「ジャンプTOON」からも生まれるように、作品づくり・アプリ開発・サービスのシステムなど試行錯誤するつもりです。

そのヒントとして、ノベルゲームが比較的近い存在だと考えています。ノベルゲーム発の魅力的なキャラクターはすでにたくさんあります。そこで生み出せるのであれば、タテマンガで生み出せないことはないはずです。

蜂谷:ジャンプで培ってきたノウハウを展開されるわけですね。

浅田:ジャンプだからなんでもできるとは思ってはいません。私たちは新参者であり、先行しているプレイヤーからしたら、「わかりやすい落とし穴に落ちているな」とか「これは以前やって駄目だったのに、またやっているよ」という声も当然あると思います。ただ、いろいろな痛みとともにチャレンジをしながら進めることが、最終的に強い事業になると思うので、頑張り抜きたいです。

タテマンガとの親和性が高いチャットノベル

蜂谷:最近ではチャット小説がタテマンガの原作として盛り上がっています。その魅力についてはどうお考えですか。

浅田:チャットノベルに関して言うと、スマホベースで読みやすく、若い世代が夢中になって読める形式ですね。韓国では小説投稿サイトが発達し、競争のなかで1話あたりの長さがどんどん短くなっていったという過去があります。そのなかで、ウェブトゥーンの原作として声がかかり、期せずしてうまくハマりましたね。それと同様に、チャットノベルもちょうどよいサイズ感の原作として、タテマンガとの親和性が高い可能性があると感じています。

蜂谷:同感です。最後に、一生懸命小説を書いている若者たちの励ましになるような言葉をいただけますか。

浅田:アニメでもいいし、小説でもいいし、ノンフィクションでもいいし、映像でも良い。たくさん何かを見て、読んで、感じて、言葉や思考のストックを増やしてください。適切な描写は、適切な言葉選びから始まります。勉強しなくちゃと構えずに、まずはたくさん読んで、楽しんで、知らない考え方や、言葉の使い方を見つけたら、覚えておく。まずは「良き読者」になりましょう。

浅田貴典(あさだ・たかのり)
「ジャンプTOON」統括編集長。1995年、集英社入社。週刊少年ジャンプ編集部に配属され、『ONE PIECE』や『BLEACH』などの立ち上げに携わる。「週刊少年ジャンプ」副編集長、「ジャンプ j BOOKS」編集長などを経て、2023年より現職。

蜂谷宣人(はちや・のぶと)
テラーノベル代表取締役CEO。大学院卒業後、ディー・エヌ・エーに入社し、エンジニアとしてモバゲーの開発を行った後、グループ会社にてメディアのサービス開発や新規事業立ち上げに従事。その後、ゲーム配信プラットフォームのミラティブを経て、DMMグループに参画。日本のエンタメコンテンツ産業のポテンシャルを確信し、テラーノベルをMBO。

テラーノベル:https://teller.jp