壮大な世界観が読者を惹きつける〜『ソードアート・オンライン』『灼眼のシャナ』ライトノベルのヒット職人が辿り着いたヒットの法則

『とある魔術の禁書目録』『ソードアート・オンライン』『灼眼のシャナ』など、電撃文庫でライトノベル・ブームを牽引し数々のヒット作を生み出してきた編集者、三木一馬(以下、三木)。現在はストレートエッジを起業し、編集者/エージェントとして活躍するヒット職人に、編集者歴22年でたどり着いたヒットの哲学、作家を育てるノウハウを聞いた。聞き手はテラーノベル代表 蜂谷宣人(以下、蜂谷)だ。

ライトノベル(以下、ラノベ)は若者だけのものではない。なぜならラノベ文化自体は40年を超える歴史をもち、当時若者だった読者も歳を重ねているからだ。そうした読者は、卒業することなく今も新たなラノベを読み続けているという。

三木は2000年代の訪れとともに、ラノベを扱う電撃文庫を筆頭に、マンガ、雑誌、ゲームなどの電撃ブランドを幅広く展開していたメディアワークス(現・KADOKAWA)に入社した。翌年には電撃文庫の編集部に配属され、『とある魔術の禁書目録』『ソードアート・オンライン』『灼眼のシャナ』など数多くのヒット作を世に出し、メディアミックスを成功させてきた。現在は、エージェント機能を併せもつストレートエッジを経営しつつ、電撃文庫の編集者としても活動している。

蜂谷との対話は、三木が入社した当時のラノベ・シーンを振り返るところから始まったーー。

三木一馬 ストレートエッジ 代表取締役社長

ヒットの法則を見つけ出すために、失敗から学んできた

蜂谷:2000年頃のラノベ・シーンはまだ、今のように市民権を得ている状態ではなかったそうですね。

三木:マンガのような絵ではなく、文字で書かれてはいるけれど100%文学小説とも言えないという雰囲気でした。何しろ一般文芸が主流の時代です。私も編集部に入るまでは、ラノベを読んだことはありませんでした。そのため、ジャンルの存在自体があまり知られておらず、オタク向けにデコレーションされた、若者向けの“何か”という微妙な感覚をもっていました。

ラノベのつくり方自体、小説というよりはマンガに近い印象でした。例えば、一般文芸のミステリーならば犯人が捕まると物語は終わります。サスペンスならば危機から脱出すれば、やはりフィナーレです。

しかしラノベは終わりません。1冊目は、シューティングゲームでいうところの最初のボスを倒してひとつめのステージをクリアしただけのことなのです。そういう意味ではコミックスに近いと思ったのです。『ドラゴンボール』第1巻で、フリーザを倒すはずがない。真の敵を倒すには何十巻もかかるのが当たり前ですから。

いわば“マンガの小説版で、シリーズ物として巻を重ねていくもの”としてラノベを捉え直すことで、本質が見えてきました。

1冊で完全に物語を終わらせることは、小説として正しいわけじゃない。アニメ化、マンガ化などメディアミックスを行ってビジネスとして成功させるためには、アニメなら最低でも5冊、マンガ化するにしても、それなりのストックを貯めておかなければ続かない。

ラノベに対する認識がそう変わったことで、ヒット作を生み出すことができるようになったのだと思います。

蜂谷:三木さんは、ひとつめのヒット作を手がけたのがとても早かったですよね。

三木:幸運にも編集部に配属された翌年の2002年11月に出した『灼眼のシャナ』が、かなり売れたのです。23歳、ほぼ初の単独編集担当となった作品でのヒットでしたから、自分は編集者に向いているのだと確信しました。

蜂谷:ラノベ編集者とは、具体的にどのようなお仕事なのでしょうか。

三木:電撃文庫に限定した話ではありますが、まず作家を探し、小説を書いていただいて世に出して人気を上げて、収益を上げるのが仕事です。ただ作家探しは、「電撃文庫で書きたい」という人が小説賞に応募してくれるので、何千もの作品のなかから良い作家を見いだすのが基本でした。

合議制で受賞者を決定した後は、作家とコミュニケーションをとって二人三脚で小説をつくり、売れる人気作品に仕上げていく。

例えば『灼眼のシャナ』は、「第8回電撃ゲーム小説大賞」の選考委員奨励賞をとった高橋弥七郎さんの作品です。受賞作品は2002年4月に出したのですが、自分の技能不足のせいであまり売れなかったのです。そこで作品内容を徹底的に分析して、関連する売れ筋を研究しました。そして、「私なりに考えたヒットの要素を取り入れて書きませんか」と高橋さんに提案して、そのなかで自由に書いていただく方式を採りました。

当時は学園を舞台とした異能アクションが流行っていたので、その流れでヒット作品をつくろうということになり、それがヒットしました。

蜂谷:ラノベにはやはりイラストの力も大切だと思いますが、イラストレーターはどのように決められたのですか?

三木:『スレイヤーズ』(神坂一著)や『フォーチュン・クエスト』(深沢美潮著)が売れていたので、絵柄は世界観の構築にとても重要だと考えていました。当時の状況を研究したところ、R18のPCゲームの原画担当者にカバーを描いてもらうとヒットするという法則を見つけて、実践していましたね。

シリアスな内容には、あえてズラしてかわいい絵をつけるなど、今の自分の強みとなる手法の原点は、当時に確立したものです。

蜂谷:ご自身の手法を活かしてヒットさせた作品はなんでしょう?

三木:2年後の2004年4月に出した『とある魔術の禁書目録』(鎌池和馬著)です。スピンオフのほうがコミックスで人気になるなど、不思議な発展を遂げました。ただヒットしなかった作品もたくさんあります。失敗したら徹底的に研究して、次の新しい作戦を考えての繰り返しでした。

徹底的に作戦を考えることは非常に重要です。惰性でつくるのではなく、コンセプトを絞りきってから出す。例えば野球でいうところのファウルチップ的なものであったとしても、どうしてそうなったかを研究できれば、たとえ失敗したとしても次の作品の強力なヒントになるのです。

私も『灼眼のシャナ』がヒットするまでに半年間の助走時期があり、失敗を重ねてたどり着いた意識もあります。

編集者としてはその後、2008年に『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(伏見つかさ著)、30代になった12年に『魔法科高校の劣等生』(佐島勤著)をヒットさせることができました。自分の感覚としては、編集者としていちばん脂が乗っていたのは2008〜2010年あたりだったと思います。

(右)蜂谷宣人 テラーノベル 代表取締役CEO

ビジネスの再現性を実現する、シリーズ物のメディアミックス

蜂谷:なぜその時期がピークだと感じているのでしょうか。

三木:編集者はやはりビジネスとして作品を成功させなければいけない。そうしたシリーズ物の原点を確立できたのが、その時期だったからです。立ち上げ期ではないシリーズ物は続編を出し続けていけるので、一定程度の売り上げが見込めます。つまりビジネスに大切な再現性が担保されているのです。

ラノベを原作にしたマンガ、アニメにしても、すでに読者がいるのでゼロからのスタートではありません。少しでもヒットするとマンガ化、アニメ化するのが当たり前というルートも、2010年くらいから整備されていきました。

編集者が作家とともに毎回新作で、新たな世界観を確立するのは、とても大変です。シリーズというレールの上で世界観を補強し拡げていくことで、高確率でヒットを出し続けられる。ラノベをビジネスとして成立させるためには、シリーズ化が不可欠なのです。

読者の期待するレーベルというのも大切で、売れている作品のなかに新人作家のチラシを封入することができます。そこで新たなヒットの可能性が生まれるきっかけになります。

蜂谷:「少年ジャンプ」で『ONE PIECE(ワンピース)』を読むのが目的の読者が、同じ号に載っている新人の作品も読んでくれるというようなことですね。売れているバンドの前座に駆け出しのバンドが出るような。
そうした読者の信頼感があるレーベルの範囲内で冒険することで、ラノベの新たな作品のヒットを生み出すことにつなげ、業界自体を持続可能にしていくということですか?

三木:そうですね。読者を惹きつける場をつくり、その場を常に活性化し続けることはとても大切です。私はシリーズ物の補強もしながら、レーベルの範囲内で、新人の作家・イラストレーターと仕事をするようにしています。なぜなら同じ顔ぶれではどうしてもタコ壺化してしまうリスクがあるからです。それでは読者に飽きられてしまい、ラノベ業界自体にうんざりされてしまいます。

蜂谷:三木さんは、そうした無名の作家の作品が面白いかどうかを、どう判断されているのですか?

三木:作家のドヤ顔が、文章から垣間見える作品が面白い作品なのだと思っています。もちろん日常生活では謙虚でいてほしいのですけれど、作品内ではイキっていてほしい。これがいちばん面白いんだと調子にのっているくらいがちょうどいいと思っています。それが読者を惹きつける作品の特徴です。

作家でいうと、表面に出ていない世界観の隅々まで書き込んでいるタイプの作品に魅力を感じますね。打ち合わせで話していてその片鱗が見えたりすると、すごいなと思います。

蜂谷:読者は氷山の一角しか見ていないと感じる作品ですね。例えば映画にするなら、盛り上がる場面以外はなるべく切り取って、削って、面白さを鮮明にさせていく。編集者はそうした作品として表に出るところ以外の世界観の全貌も作者同様に知っている必要があるのですね。

三木:創造した世界をより魅力的に見せていくために、どこを切り取るか。それはもう担当編集者によって変わってくるものです。作家は自分の良さをわかっていないことも多いので、その良さを強調するように促していくのも編集者の仕事だと思っています。

変わってきた編集者の仕事内容。未来はどうなる?

三木:近年は、蜂谷さんが手がけたチャットノベルやWeb小説など、編集者の仕事も変わってきたとも感じています。とくに作家を見出す部分では、すでに読者コメントが書き込まれていることもあり、市場の力で見出されるようになってきている印象があります。

当然編集者に求められる資質も変わってくる。作家を探し出すというよりも、「テラーノベル」のランキングを3時間おきにチェックして、少しでも伸びている作品があれば読むという地道な作業をいとわない人のほうが、編集者に向いている時代になってきたのかもしれません。

蜂谷:すでに読者を得ていると、編集者に頼る必要はないと考える作家もいますね。だとしたらこれからの編集者は、作家にどうアプローチしていけば良いのでしょうか。

三木:自分と組むことでどんな価値が生まれるのかを、しっかりプレゼンする必要が生じるでしょう。これまで以上に伴走する部分が重要になると思います。

蜂谷:編集者にプロデュース力が求められる時代に変化したということですね。私たちもこれまで読者と作家をつなぐシンプルな小説投稿プラットフォームとして「テラーノベル」を運営してきましたが、状況の変化を感じています。

そこで「作家さんと編集者をつなぐ選択肢」を提供できる存在になりたいと考えるようになりました。それがデビューのきっかけにつながればとても嬉しいですね。実際にKADOKAWA様にも、コミカライズする作品を見つけたいというご相談をいただいております。

三木:そうしたメディアミックスはもちろんですが、ラノベの未来を考えたときに、特に重要になってくるのは、グローバルに対する視点ではないでしょうか。世界を見渡してみても、日本は作家の層が厚いと感じています。

日本の面白い作品が世の中に出ていく。その後押しをしたいというのは私も一緒です。蜂谷さんが手がけてらっしゃるウェブトゥーンの世界も、いま研究分析中です。つくり方はこれまでのラノベの手法とはだいぶ違いますね。

蜂谷:確かにラノベとウェブトゥーンの読者は、データによるとあまり重複していないようです。「テラーノベル」の作家さんは、小説をTikTokにアップする人も少なくない。それで再生数が30億回というケースもあります。ニーズはそれぞれ違う気がします。

三木:求められるテンポもかなり違いますね。ただ編集者ができることもあると思っています。ラノベ作家の魅力を、ラノベ以外の読者に伝えるために何ができるか。それが私の現在のいちばんの関心事ですね。ラノベ作家に「テラーノベル」で書いてもらうというのも、良いアイデアだと思っています。

蜂谷:いいですね。「テラーノベル」の作品を三木さんに編集してもらうなど、良いコラボレーションができれば最高ですね。

三木一馬(みき・かずま)
上智大学理工学部卒。新卒でメディアワークスに入社。電撃文庫編集部に配属され『とある魔術の禁書目録』『ソードアート・オンライン』『灼眼のシャナ』など、ベストセラー小説の企画・編集を多数担当。現在はストレートエッジにて編集者/エージェントとして活躍。著書「面白ければなんでもあり 発行累計6000万部――とある編集の仕事目録」

蜂谷宣人(はちや・のぶと)
テラーノベル代表取締役CEO。大学院卒業後、ディー・エヌ・エーに入社し、エンジニアとしてモバゲーの開発を行った後、グループ会社にてメディアのサービス開発や新規事業立ち上げに従事。その後、ゲーム配信プラットフォームのミラティブを経て、DMMグループに参画。日本のエンタメコンテンツ産業のポテンシャルを確信し、テラーノベルをMBO。

テラーノベル:https://teller.jp