日本初、著作権を担保にファイナンス!?『NARUTO(ナルト)』を手掛けたstudioぴえろ専務が語るアニメスタジオ経営

2024.02.13

『幽☆遊☆白書』『NARUTO―ナルト―』『BLEACH』などの大人気アニメ作品を手掛けてきたstudioぴえろ。良質な作品を作り出すことに定評があり、日本のアニメ業界でも存在感を誇っています。実は、20年近く前からアニメIPで知的財産権から著作権担保ローンを行うなど積極的にファイナンスに結びつけています。それらを実際に手掛けたのが、株式会社ぴえろの専務取締役 逸見圭朗さん。逸見さんにIPのファイナンスとアニメスタジオの経営について、テラーノベル代表取締役の蜂谷宣人が聞きました。

著作権を担保にファイナンス!?

蜂谷:本日はお時間を頂いてありがとうございます。まず、読者は逸見さんのことをご存知ない方も多いかと思うので、ご経歴についてお伺いしても良いでしょうか?

逸見:新卒で、富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入りました。数年はNYで不動産や公共料金、売掛債権など幅広く証券化(ストラクチャードファイナンス)を行った後、本部に異動し新規事業担当になります。銀行は有価証券や株など、目に見えて価値があるものを評価してきましたが「知的財産権という目に見えないものを評価してファイナンスに結び付けられないか?」と思い、私が取り組み始めました。

まだ90年代でしたが、ぴえろの創業者である布川ゆうじさんに「アニメ作品の著作権を担保にしてローンを組み、事業の運転資金に使わないか?」という話をして、実際に取り組むことになったのです。これからの5~10年間の将来予想をして、現在の価値に引き直して積み上げていったときに、保有している著作権はフィルムライブラリーではどれくらいの価値があるかを理論立てて、「この著作権はこれだけの価値があるから担保を取りましょう」とバランスシートに載せて算定するのです。

蜂谷:著作権という“権利”をバランスシートに反映させる。そんな意識がまだ醸成されていなかった時代に、非常にエポックメイキングなことを逸見さんはされていたんですね。銀行は非常に堅いイメージがあるのですが、どうやって決裁を通したのでしょうか?

逸見:銀行も「このIPが儲かるから」という理由だけでは動かなかったですね。最終的には「この分野にアンテナを張っておくことで様々な情報が入ってくる。この融資単体では儲からないかもしれないけれど、サイドビジネスができるはずだから、それで儲ければいいじゃないですか」という説明をしたように思います。

よくある製作委員会方式での座組は「この作品が儲かった場合は、委員会に入っている会社同士で将来配分しましょう」というプロジェクトファイナンスのかたちです。たとえば、2社が50%ずつお金を出し合って1億円入ってきたら、単純に2社には5000万円ずつ入るのです。

これを金融的に分配すると、将来収益を分配することに請求権があることになる。信託銀行で受益証券のかたちにできるので。Aという作品では、フロントにぴえろが立って著作権をもち、うしろに銀行が入り、将来入ってきた収益は分配するという契約を結ぶのです。色々な作品に対して、収益を分配して貰う仕組みにする。この著作権の証券化はアニメ作品だけでなく、音楽作品でもよく行われていたりします。

バランスシートには載っていないコンテンツの価値を明らかに

蜂谷:そもそも著作権を担保にしてローンを組むというのは、どうやって思いついたのでしょうか?

逸見:私自身がNYで証券化をよくやっていましたからね。当時は「特許権を担保にする」という動きはあったと思います。ただ、特許はひとつあるだけでは意味がないモノで、組み合わせて実際に製品を作れば価値が際立ちます。ぴえろは創業社長の代からモノを作るだけでなく、フィルムライブラリーをしっかり保有していましたから「バランスシートには載っていませんが、コレくらいの価値はある」と算定をしました。

1作品だけではヒットかどうかはわからないですが、例えば、もう2年後に10周年を迎えるとなれば「放映10周年記念DVDボックス」を作って売る、とか。ぴえろは大小問わず様々なIPコンテンツをもっていましたから、そこで評価をしていきましたね。

アニメスタジオ経営で変わったもの、変わらないもの

蜂谷:そんな逸見さんがぴえろに正式に加入されたのはいつだったのでしょうか?

逸見:銀行には25年務めました。だから「もう十分だろう」と思って、あとは好きなことをやろうと考えました。色々な会社さんからお声掛けいただきましたが、フィルムライブラリーがしっかりしていることと、創業社長の布川さんから「代替わりをするので助けて欲しい」という話があったので、2011年にお手伝いするかたちで入りました。

蜂谷:もう10年以上前のことなのですね。2000年代のアニメスタジオ経営と、現代のそれと比べて、変わった点・変わらない点などはありますか?

逸見:何から言ったらよいのか……ですが。まず、世界で展開していく流れもあり、これまで以上にクオリティーが高く、世界で戦える作品を作らないといけなくなりました。それに伴って様々なコストがかかってきます。以前のアニメ業界では、クリエイターさんたちの労働環境はいわゆる薄利多売で、労働基準法を無視した働き方を前提としていたかのようなイメージがあったかもしれません。でも、現代では労務管理もしっかり行わないといけない。昭和の時代にあった“根性で頑張る”といった考え方は通用しません。

アニメを作っているのはコンピューターではなく、“ひと”なのです。ですから、そのひとが疲弊してしまうとどうしようもありません。そのようなものづくりの在り方は長続きしなくなってしまいます。ですから、私がぴえろに入ってから、給与面は大幅に見直しを入れて、残業手当も過去に遡って2割増しで支払うなどしました。労働環境をいかに良くするかには邁進してきたと思っています。

蜂谷:昨今の日本のアニメ業界は、クラウドファンディングの仕組みが台頭してきたことなどもあり、資金調達はやりやすくなったのでしょうか?

逸見:ファイナンスのかたちは増えましたね。ただ、いわゆるローンを組むかたちでは新しいものを作る際には難しいですね。ベンチャー投資の作品版のようなイメージでしょうか。お金は集まりやすくなりましたが、銀行から集めやすくなったわけではないと思います。お金を出しやすく、集めやすくなったからといって、ヒットが出やすくなったというわけではないですし、ましてや儲かりやすくなったわけではないですね。

蜂谷:アニメスタジオの経営の在り方も、スタジオによって随分変わるようになってきたと思います。その辺りは逸見さんからみていかがでしょうか?

逸見:ぴえろは毎週一定のクオリティーでコンスタントに作品を出すことに長けたアニメスタジオだと思いますね。爆発的な収益を生むなど、長く続く作品は色々なものが得られますが、その制作の仕方は随分違うと思います。

一方でアニメIPをベースにした株式上場などもあり得ると思いますが……。どうしても、『週刊少年ジャンプ』マンガのヒット作品を複数もって、アニメ化やゲーム化などを手掛けていないと、IPOをして調達をしてという流れにするのは難しいように思います。単品の作品だけで上場を目指せるわけではありません。絵に描いた餅の値段が上がるという壮大なエピソードはきっとできると思いますが、余計なことにコストを掛けるくらいならば、クリエイターさんや従業員に還元したほうがいいのでは、というのが私の考え方ですね。

蜂谷:クリエイターに還元というのは私自身も共感できるところです。儲かる作品はパイを大きくして、そうでないジャンルも一定の規模を保ったまま、業界全体が収益を生むかたちになっていくといいですよね。

逸見:アニメ制作事業では、制作費で儲けるのがひとつの収益の柱ですが、ゲームになったり配信されたり商品化したりと二次著作収入もあり、後者の売上のほうが多い。だからといって後者だけに経営資本を振ると、ゆくゆく細ってしまいます。ですから、アニメ制作もしっかりやって「我々は制作会社です」といえるようにしておかなきゃいけないのです。ひとつの作品だけしか手掛けないのも当然リスクです。私自身も現在のぴえろの試算表を付けて、利益構造がどうなっているか理解できるようにしていますね。

蜂谷:今後はぴえろをどのように経営していくか。展望を教えてください。

逸見:現場のクリエイターにはユーザーからの反響をもっと見て欲しいですね。『BLEACH 千年血戦篇』の海外向けの発表会とか見ると、もうみんなワーッと大喜びしていて、結構ウルウルしちゃいます。「こんなに愛されているんだ」って。あの姿こそ、クリエイターに見せてあげたいですね。

みんながハッピーでサステナブルに物事を進めていける。ぴえろは、これからもそんなアニメスタジオでありたいと思っています。

蜂谷:本日は貴重なお話を、誠にありがとうございました!

逸見圭朗(へんみ けいろう)
1963年生まれ
富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行
本部でIP投資、コンテンツ企業への投資等に従事
2011年から株式会社ぴえろ 現在「何もしま専務」取締
他に複数企業のアドバイザー兼務

スタジオぴえろ:https://pierrot.jp/
X:@studiopierrot
YOUTUBE:https://www.youtube.com/@studio_pierrot

蜂谷宣人(はちや・のぶと)
テラーノベル代表取締役CEO。大学院卒業後、ディー・エヌ・エーに入社し、エンジニアとしてモバゲーの開発を行った後、グループ会社にてメディアのサービス開発や新規事業立ち上げに従事。その後、ゲーム配信プラットフォームのミラティブを経て、DMMグループに参画。日本のエンタメコンテンツ産業のポテンシャルを確信し、テラーノベルをMBO。

テラーノベル:https://teller.jp