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「…ねぇ、私と、交渉、しない?」
少なくとも、このような状況でさえなければ安心感や家のような暖かみを感じられる声色だっただろう。しかし、状況が状況だった為にニットルコトルにはかえって恐怖しか与えなかった。寒さ、若干の暗さ、どこの馬の骨か分からないような妖精、命を刈り取られるのだか、どんな事を持ち出されるかも分からない「交渉」。ニットルコトルは怯え、九海に縋り付いた。
「ウォォオッ、たすけてくだぁ、くださいぃ、あいつ、わわわっ、私の命を狙っていますぅう!!」
「さ、さささ、さ、さ、さっきから何言ってんだよぉお!」
依然として部屋の寒さは変わらない。というより、二人を襲う恐怖でいっそう寒気は増している。この小屋が凍ってしまうまでそう時間はかからないのではないのだろうか。九海は段々、ニットルコトルが幻覚症状を引き起こしたのではなく、「得体の知れない何か」が居て、自分だけがそれを見えていないのでは、と思い始めてきた。外の荒れ具合がどうにか治まってくれないかと、願うことしか出来ない。妖精は思ったより怯え続ける二人に呆れた感情を持ちつつあった。
「ここここ、交渉ぅはなんだ、わっ、私の命を奪うつもりかぁあっ、奪うならギューヤだ、この男、売れないシンガー九海だァ!」
「な、なぅあ、なんで俺が!そんでもっては…ひひひっ、一言余計じゃい!」
「…私はね、生命を奪うことなんてね、しないよ。ちょっとだけ、遊ぼうと思って。」
妖精は非常に幼い姿をしている。それでいて、その容姿に合わぬ大人びた感性を持ち合わせている。
「一時間後に貴方達は凍えて死ぬ。睡魔に負けてね」
「ななななっ、なんですと!?あううそをいえ、うそをお。」
九海に縋った体勢のまま、ニットルコトルは怯えて話を聞き続ける。当然九海に「妖精」は見えず、妖精の声など聞こえるはずもないので、恐怖で自分に縋るニットルコトルを宥める以外に出来ることがない。
「そこで!私のこと信じてくれたら、この雪山から無事に下山させてあげる」
「ひ、ひぃ、ああありえそうな話でもああっ、ありますねぇえっ」
会話を成り立たせるのが限界になりつつある、妖精は試すかのようにニットルコトルを見つめた。妖精が幻覚であるのか、それとも九海に見えないだけで実在していたのか。当人以外誰にも分かりはしないだろう。
「き、九海ぃ、聞いてくださいぃっ」
ニットルコトルはすぐ、九海にその内容を話した。妖精が言っているのだと、そうすれば下山できるのだと。
──その後、ミア・ティ=ニットルコトルは山小屋にて凍死状態で発見され、九海ギューヤは無事下山した、という訳でもなく。
九海ギューヤはミア・ティ=ニットルコトルが雪山に遭難した日、ハローワークに足を運んでいた。