思い切って告げた好きに、 頷き返してくれた。
それだけでもう、 他のことなんてどうでも良くなった。
例え世間では認められなくても
例え他の誰かから否定されても
俺らがおんなじ気持ちだったら。
それでいいと、それだけでいいと本気で思ってた。
そんな考えが、
甘かったんだと、思う。
打ち上げで久々に飲み過ぎたせいか、ぐらぐらする身体を引きずりながら、やっとこさ自宅マンションに辿り着き、玄関の鍵を開け、扉を開いた。
「……………………………」
中に入り、真っ暗な部屋を前にして、玄関で靴も脱がずに、暫く立ち尽くす。
(……やっぱ、打ち上げ来んかったな)
酒の廻ったぐるぐるする頭でそう考えて、そう考えた自分に笑えてくる。
「そんなん、俺があんなコト言ったんだからあたりまえだわなぁ、」
その呟きと鼻笑いは、独りきりの部屋に響いて、直ぐに消えていった。
「…………う”ぇ、っ」
立ち尽くすのを止めて、部屋に上がろうとすると、急に吐き気が押し寄せ、慌てて部屋の電気をつけ、洗面所に駆け込む。
「げ……ぇっ、ゲホっ」
間一髪で、吐瀉物を廊下に撒き散らすという惨事には至らず、無事洗面所にリバースしおえて、水道の蛇口を捻る。
「だめだ、ほんと今日飲み過ぎたわ……」
水道水で口と手を洗い、鏡に移った自分の顔を見ると、そこには見慣れない顔が写っていた。
「ちょっ、誰コレぇ?!顔面ひっど!」
酒のせいで顔は浮腫んでるわ吐いたせいで涙目になってるわ、しゃべらなきゃ男前だと評判の顔が全くの台無しだ。
『あんま飲めないんだから程々にしなよ』
頭の中で、俺が酒に酔うたびに飽きもせず同じ様な事を言って心配してくれた、仁人の言葉が頭をよぎる。
そしてそれと同時に、今日あった忘れたい出来事が瞬時に脳裏にプレイバックした。
「………だって。しゃーない やん、」
甘かったとしか、言い様がない。
そう、俺が甘く見過ぎてた。
甘かったのは。
俺が甘くみていたのは、
『世間の目』でも『他の誰か』でもなく。
自分の、『死ぬ程強い独占欲』。
誰にも触れさせたくない。
誰にも見せたくない。
お前は俺の前だけで笑ってればいい
お前は俺の前だけで泣いてればいい
お前は俺の事だけを考えてればいい
俺無しでは、生きられなくなればいい。
でもやっぱり不安だから、だからいっそのこと縛り付けて閉じ込めて、
『俺だけのモノ』に出来たら。
そんな事を、今では普通に考えている自分に気付いて、鳥肌が立ったんだ。
こんなん、は
もう こんなモノは、恋なんて呼べない。
恋なんて、きれぇなモンじゃない。
だから
…だからせめて、綺麗な君を壊して仕舞う前に
『俺達、そろそろ終わりにしよっか』
瞳を閉じて浮かぶのは、あの時の仁人の、今にも泣き出しそうな、歪んだ顔。
仁人の涙を見るのが怖くて、
アイツの涙を見てしまったら、せっかく付いた決心がまた鈍りそうで。
「ほんっと…どんだけ自己中なん、俺」
いっそ笑えてくるわ。
アイツを巻き込んだのは俺で、アイツを傷付けたのも俺、で。
でも 、それでも俺 は。
あの日のあおぞらと、ひらひら揺れるカーテンと、上機嫌に笑っていた仁人の顔を思い出す。
「……死ぬほど、あいしてんぞ。じんと」
君へのこの想いだけは、
きっと一生、変わることはないから。
___ごめんな、こんなやり方しかできなくて。
どうやらしばらく泣き止みそうにない、目の前の、だらだら涙と鼻水を垂れ流すぶっさいくな顔に向かって、俺は泣きながら笑って見せた。
どうしてなにも言えなかったんだろう
どうして引き留められなかったんだろう
ただ俺はあなたの側にいたかっただけ
そばに、いてほしかっただけなのに
今思えば そう。
それが、そもそもの間違いだったんだ。
番組収録の為の楽屋。
いいや、今は『楽屋だった部屋』か。
だって今、ここには俺だけしか居ないんだから。
もうとっくにメンバーやスタッフさんはここから引き上げ、今日の収録の打ち上げに行って仕舞った。
_____そう、勇斗だって。
勇斗の顔が頭をよぎった瞬間、何時間前かの出来事が蘇る。
俺は、ただスタッフさんが俺たちを飲み会に誘ってくれたから。だから勇斗にもそれを伝えようと、そう思っただけだったのに。
それだけのはずだったのに。
『俺達、そろそろ終わりにしよっか』
飲み会の事を伝えて、帰って来たのはこの言葉だった。
一瞬にして頭が真っ白になって、思考回路が脱線したみたいになにも考えられなくなって。
気付いたら、勇斗は楽屋の扉を開けて出て行って、俺はその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
…何も言えなかったのは、勇斗が、何かを怖がっていたから。
…引き留められなかったのは、勇斗が、強い決心をしているのが解ったから。
「………お前のさ。あんな顔 見ちゃったら、俺、何も言えねぇじゃん」
ただ俺は、側にいたかっただけ。
それだけのつもりだった。
それが、そもそも間違いだったんだ。
そんなもの、ただの建て前。
誰にも触れてほしくなんかない。
誰にも見てほしくなんかない。
あなたには俺の前だけで笑ってほしくて
あなたには俺の前だけで泣いてほしくて
あなたには俺の事だけを考えてほしくて
俺はお前無しでは生きてけないから。
だからいっそのこと、
縛り付けられて閉じ込められて。
『おまえだけのモノ』になれたら。
いつかの秋の日。
腕一本くらい簡単に差し出せると言い出した俺に、くれるなら全部ちょうだいと笑っていた勇斗の顔を思い出す。
いいよ。あげるよ、ぜんぶ。
あげられるのに、さ。
「……ほんと、どんだけバカなん。俺」
思い上がってたんだ。
お前が俺を必要としてくれているんだって、何の確証もないのにそう思い込んでた。
結局、俺はお前にとって、特別でも何でも無かったんだろ?
でもさ。だったら。だったら何で?
「‥‥‥なんで、勇斗があんな顔すんの」
頭から離れないのは、楽屋の扉が閉じられる瞬間に見えた、今にも泣きそうに歪んだ勇斗の顔。
滲んだ視界の隅で、何かが動いた気がして振り向くと、そこには楽屋に設置されていた姿見が置かれていた。
その鏡の中には、床に座り込んで、子どもみたいにぼろぼろ泣いているヤツが写っていて。
___いい大人がなにやってんだよ。
もう、ぜーんぶおしまい。潔く諦めなって。
その情けなさに笑ったら、鏡の中の顔もこっちを向いて、泣きながら笑い返した。
あいしてる
あいしてる
あいしてる
何度つぶやいても君にはもう届かない
鏡に映った暗い目から、つめたいなみたがこぼれおちたのをみて
ああ、これが愛なんだと
他人事の様に、思い知った。
end.
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うわぁ〜せつな