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ようやくこの日を迎えることができた。
晴れ渡る青空の下、王都のとある教会で私は結婚式を挙げた。
隣に立つのは、王子様のような華やかさはないけれど、次期公爵には十分相応しい、真面目で勤勉な私のステキな旦那様。
私たちは参列したみんなに笑顔を振り撒いて手を振って、時折目を合わせては顔を近づけてクスクスと笑い合って仲の良い新婚夫婦であることを見せつけた。
妹のクレアが「私がヴィンセント王子と結婚したい」と言い出したことに罪悪感を抱いたりしないよう、心から幸せであることをクレアに見せつけないとと思い、多少大袈裟にラブラブっぷりをアピールして見せたのだけど……。
肝心のクレアをチラリと見ると、今日はヴィンセント殿下の瞳の色と同じ空色の絹のドレスを纏っている。とても似合っていて可愛らしい。
そして、クレアは私たちのラブラブっぷりを見るよりもちょっかいをかけてくるヴィンセント殿下とイチャイチャすることに忙しいらしい。
全く罪悪感など感じていなさそう。
それならそれで良かったです。今日の参列者は殿下とクレアではなく、結婚式の主役である私たちの方を向いているので、二人は存分にイチャイチャしてください。
◇
私とヴィンセント殿下が出会ったのは十歳の頃。
「今日はマリアンヌに我が国の第一王子殿下を紹介しよう。気に入ってもらえるようにしっかりと挨拶をするんだよ」
父にそう言われ、王宮へ向かった。
幼いながらに賢かった私はすぐに悟った。きっと私は王子様の婚約者候補となるんだ。
我が家は公爵家。他の高位貴族で同世代の女の子のいる家は、我が家よりも家格が劣る。
王子様が嫌がらない限りはこのまま私は王子様と結婚するのだろう。
それを想像したら、ワクワクやドキドキという感情よりもスンってなった。
私がお姫様? やだやだ、ありえない。正直言って、王子様にも王子妃にも全く興味がない。
お姫様というのは私の妹のような女の子のことだ。
いつも屋敷の庭で花を愛でて、物語を読んで、お茶とお菓子を楽しんで、鈴が鳴るような可愛らしい声でコロコロと笑う。
今は買ってもらったおもちゃのティアラを頭につけて楽しんでいる。
はぁ、可愛い! 私の妹。
私はお姫様よりも、公爵家の仕事の方に興味がある。
王妃になればやらねばいけない公務などの仕事がたくさんあるだろうけど、私がしたいのはそうじゃない。自分の育ってきた公爵領を良くしたい!
王都にあるこのタウンハウスも父と母が守ってきただけあって、使用人の躾も良くて、とても心地がいいし、年に数回帰る公爵領も素敵なところだ。この屋敷と公爵領を守ることをしていきたい。
父に王宮へ連れて行かれるまでは私が旦那様を迎えて、この公爵家を旦那様と一緒に守っていくものだと思っていた。
そして、父に連れられ王子様を紹介されたとき、妙に心が冷めた心地になった。
紹介されたヴィンセント第一王子殿下はまさに王子様な男の子だった。
けど、会ったときの感想はそれだけ。胸がときめいたり、将来を想像して期待したりなどは一切ない。
彼も当たり障りなく私と会話しているけど、なんとなく同じ気持ちなんじゃないかなと思った。
こうして月一回、お互いに表面だけは繕いながら交流を続けて数ヶ月が経ったときだった。
天気が良かったこの日も王宮の中庭で私はヴィンセント殿下とお茶をして、表面だけの会話を楽しんでいた。
ヴィンセント殿下が中庭から見えるガラス張りの廊下を見つめて、ぼうっとしているのでどうしたのかなと思った。
殿下の目線を辿ると母と手を繋いで歩くクレアがいた。王宮に出仕する父へ、届け物をするため、たまに母も王宮へ行くことがある。
この日はクレアも一緒に連れてきたみたいだ。
ちょっとびっくりしたのは、クレアの頭には数ヶ月前に買ってもらったおもちゃのティアラが乗せてあった。とても似合っていて可愛いし、きっとクレアのことだから「お城に行くならこれをつけて行かなくちゃ!」なんて言ったのだろう。
クレアに甘い両親はおもちゃを身につけていく恥ずかしさよりもクレアの心を満たしてあげる方を優先したのだろう。私も親ならそうすると思うし。
本物の宝石のついたティアラをつけて本当にお姫様になりきって王宮にきたのであれば、本物のお姫様に対して不敬となり得るが、明らかにおもちゃのティアラで、王女様のいないこの国であれば、可愛い子どもの戯れで片付けてもらえるという算段もあったのだと思う。
すごく小さな声でヴィンセント殿下が呟いた。
「いるじゃないか、お姫様……」
言った後にハッとして、私に向かって「ご、ごめん! 今のは違うんだ」と失言を慌てて取り繕う様なことを言った。
別に傷ついてなどいないので、気にしなくて良いのに。むしろ私は……。
ニヤついてしまいそうな顔を必死で堪える。
「殿下、さっきの女の子……私の妹です」
私はこの日、ヴィンセント殿下の結婚相手を私からクレアに交代することを思いついた。
クレアが王子様へ興味を持つように、王子様とお姫様の物語の本をたくさん貸した。素直なクレアは会話をすればすぐに王子様への憧れを口にする。
その中でもクレアが特に好んで読んでいる、お姫様が困っているところを王子様が助け出してくれる物語をヴィンセント殿下にも紹介した。
そしてとうとうクレアが「お姉様ばっかりいいなぁ」と言い出してくれたので、クレアを王宮へ連れていった。
予定通り中庭にクレアをひとり残して私はその場から少し離れてこっそりと様子を覗く。
生垣の影からひょっこりと顔を覗かせて、クレアのことを「お姫様かな」と言うヴィンセント殿下。
「本物の王子様」と言って、涙で潤んだ瞳をキラキラさせるクレア。
そしてヴィンセント殿下はクレアの前で跪く。
「そうだよ。私はこの国の王子、ヴィンセント。可愛らしいお姫様、迷っちゃったんだね。マリアンヌの妹のクレアだよね。私がマリアンヌのところまで案内してあげるよ」
ちょっと大袈裟にやりすぎじゃない? と思ったけど、クレアには効果絶大だったようで、王宮にいる間、ずっとうっとりとヴィンセント殿下を見つめていた。
そして素直なクレアはちゃんと私の求めていた発言をしてくれた。
「お父様、私がヴィンセント王子と結婚したい!」
私は困ったように微笑みながら、内心ほくそ笑んでいた。
すぐに立場を代わってしまうと、甘えん坊なところのあるクレアは努力を怠ってしまうと考えて、クレアの良きライバルとしての立場を目指した。
そしてついに父が私に告げた言葉に私は高笑いしそうになった。
「マリアンヌ、ヴィンセント殿下の婚約者に我がディストラー公爵家からはクレアを推そうと思う」
そして続けて父はこう言った。
「マリアンヌにはキルシュ侯爵家次男のアルノルト殿と婚約してもらう」
それを聞いて私は初めてドキドキした。
ヴィンセント殿下の側近であるアルノルト様とは顔見知りではあるが、殿下の婚約者候補である私とは一線を引いた付き合いだった。
また殿下の婚約者候補から降りることができても誰と政略結婚するかは父が決めるから、私は特定の男性に気を許すことなく過ごしてきた。
この日からアルノルト様に対して押さえ込んでいた気持ちを少しずつ表に出すことができるようになり、アルノルト様とは少しずつ良好な関係を築く。
彼は想像通りの真面目で誠実な男性で、交流を深めれば、彼に対する思いはどんどんと大きくなる。
もう全てが順調な毎日だった。
「ねえ、お姉様。ヴィンセント様の婚約者候補って降りることできるのかな?」
「は?」
人生で初めてこんなまぬけな声が出たと思う。
クレアが隣国の使節団を迎えた夜会で熱を出した。
ヴィンセント殿下の側近をしているアルノルト様の話では、隣国との共同研究が始まった大事な時期なのに、ヴィンセント殿下は何度も王宮を抜け出して我が家へクレアの様子を見に来ようとしつこかったらしい。
結局、お見舞いってレベルではないほど豪華な花を贈ることでなんとか訪問するのは諦めてもらったとか。
そんなクレア溺愛のヴィンセント殿下の婚約者候補を降りたい?
いやいや、困る。
クレアがヴィンセント殿下と結婚してくれなければ、また私が婚約者候補に舞い戻る可能性がある。
そんなの絶対に嫌よ。
私は少し考え良いことを思い付いた。
「クレア。そんなに言うのなら、こういうのはどうかしら」
◇
私はクレアと作戦を決めて、すぐにヴィンセント殿下に、クレアが夜会でとある人物に媚薬を盛ろうとしている、とリークした。
殿下は「変なことを考えてはいけないって言ったんだけどなぁ」と笑って言っていたが、心の内はわからない。
その笑顔がちょっと怖かったけど、クレアはもうちょっと殿下の愛を知った方が良い。
あんなに愛されて大事にされていて、彼が他の女性に目移りするなど考えられない。
クレアのヴィンセント殿下に対する評価はいつもこうだ。
「ヴィンセント殿下はとっても優しいの。女性にスマートで、ちょっとした変化にも気付いてくれて、褒めてくれるのよ。こないだなんて、少し前髪を切っただけなのに気付いてくれて、みんなの前で可愛いって言われてちょっと恥ずかしかったわ」
でも私は知っている。殿下がスマートで優しいのはクレア限定だ。殿下は決して他の女性を褒めることはない。たとえ大きくイメージチェンジをしていたとしても、それについて触れることはないし、まぁなんというか……無関心?
彼はクレアを溺愛している。クレアの大好きな優しい王子様を完璧に演じて、クレアにはとことん甘く優しく接する。クレアがちゃんと彼の愛を受け入れてくれていれば、クレアは幸せになれる。
クレアには大好きな王子様と愛し愛される関係になって幸せになってほしい。
どうせだから候補なんかではなくもう引き返せないところまでいってもらおうと、私はクレアに解毒剤と称してもう一つ媚薬を渡した。
これは殿下にも内緒。
王宮で振る舞われるシャンパンに媚薬を入れたとき、色がどう変わるのかは確認済みだから、わざとクレアの持っていた媚薬の入っていないシャンパンを取り上げてアーロン殿下に渡した。
そして私はしれっとその場を離れる。後はヴィンセント殿下が上手くやってくれるでしょう。
私はたっぷりと時間をかけて夜会もほぼ終わりという頃に、陛下にクレアとヴィンセント殿下がいないことを相談すれば、陛下は焦ったように二人を探し始めた。
どうやら日頃からヴィンセント殿下にクレアとの婚約を早く進めたい、婚約したら即結婚式をしたいとしつこく言われていたらしい。
このままだと既成事実を作りかねないと、ヴィンセント殿下の行動に警戒心を強めていたらしい。
結局、二人を発見したとき明らかに睦み合っている最中だったため、婚約を早めることになった。
◇
私の結婚式まであと僅か。私はこのまま逃げ切れるかと考えていたのに、ここへきて、またクレアが不安を口にする。
とりあえずクレアがピンク色の髪の聖女のことを気にしていたから、ヴィンセント殿下にはすぐ伝えた。
「ちッ、クレアを不安にさせていたのはやはりあの聖女か。私たちの仲を邪魔してくるからいずれ国へ送り返そうと思っていたが……やっぱり速攻で排除するしかないな」
は、排除……。
仮にも聖女に向かってすごく怖い表現をしている。
この王子、クレアの前ではとことん優しい王子様を演じているけど、クレアからの愛に綻びが生じるとすぐにヤンデレ属性が顔を出す。
前回、媚薬をアーロン殿下に盛ろうとしていた時点でヤンデレ化するのではと少しハラハラしていたが、無事にそれは回避できたようだった。
ちゃんとクレアが殿下を信じてくれていれば問題ないのだが、今回のクレアの憔悴っぷりからすると、そろそろ本気で殿下に言ってはいけないことを言ってしまいそうだ。
私はクレアには殿下を信じるように言ったが、殿下がヤンデレ化したときのために保険として、闇堕ち魔王様の小説を貸してあげた。
ヤンデレヒーロー好きには人気の小説らしいけど、正直私はよくわからなかった。
でもなんでも素直に受け入れるクレアならちゃんと気に入ってくれると思う。
◇
「マリアンヌ、君、クレアに何かした?」
「なんのことですか?」
「クレアがどんな私でも好きだって言うんだ」
惚気? ではなくて、多分アレだ。ヤンデレ化しちゃったんだろう。
あの闇堕ち魔王様の小説は効果があったのかとホッとした。
「優しい王子様大好きなクレアがそんなことを言うなんて、君が何かしたとしか……」
相変わらず鋭い。
「いいえ? クレアはもともと王子様が好きなのではなくてヴィンセント殿下が好きだったのでは?」
「ふぅん……」
「なら良いけど」とまだ疑わしげな目を向けているが、ハッピーエンドを迎えられたなら別に良いじゃない。
それに、私がクレアに与えた絵本の影響のせいで、クレアは優しい王子様なヴィンセント殿下が好きだとずっと思い込んでいた。
そろそろその段階を卒業して、殿下の全てを好きになるべきじゃないかと思っていたから、あの闇堕ち魔王様の小説がきっかけでも、殿下の全てを受け入れられるようになったのなら良かったと思う。
「あ、ほら殿下! クレアが呼んでいますよ」
「ああ、行かないと! 二人とも良い式だったよ。おめでとう」
私とアルノルト様はお祝いの挨拶に来てくれた殿下に礼をした。
「さあ、マリー、今度はブーケトスだね」
アルノルト様が手を差し出した。
私は教会のシスターの案内通り階段の一番上に立つ。
「ほら、クレアも前出て」
クレアがヴィンセント殿下にブーケをキャッチをしやすい位置に促される。
「あ、でも私は身内ですから……」
ゲストに譲るべきだと遠慮している。
「でも、クレア本当は大好きなお姉さんからのブーケは欲しいんじゃない?」
「で、でも……」
クレアは周りの視線を気にしている。
「大丈夫、この国の女性は花嫁の妹がブーケトスに参加したからって文句を言うような女性はいないよ!」
この男……、わざと大きめな声で言ったな……。
ああ、私の仲良しの侯爵家のフローラ様も伯爵家のキャサリン様も、気を遣って「クレア様もこちらにどうぞ」と手を引いている。
そしてヴィンセント殿下と目がバッチリ合う。クレアの方へ飛ばすんだぞ、という目だ。
こ、怖い。
私は顔を引き攣らせたまま、コクコクと小さく頷いた。
この男。自分のために権力を使ったりはしないくせに、クレアのためなら躊躇なく権力を使ってくる。
ブーケトスに参加する女性ゲストみんな、殿下のこの目を見て、クレアがブーケをゲットしやすいようにとクレアのそばから少し離れる。
普段から夜会などでクレアを囲う様子を見ているから、みんな殿下のクレアに対する執着をよく知っている。
ブーケトスに参加してくれた私のお友達の皆さん、ごめんなさい! 後でみんなには披露宴用のブーケをバラしてミニブーケにしてプレゼントするから……!
私はくるりと後ろを向いてエイッとブーケを投げた。
私のコントロールはバッチリで、空高く飛んだブーケはすっぽりとクレアの腕に吸い込まれるように落ちていった。
「わあ! やったぁ! ブーケ、ゲットできました!」
「やったね、クレア! ちょうどクレアのところに落ちてきてくれてラッキーだったね」
ヴィンセント殿下はクレアの頭を優しく撫でていた。
なにこの茶番。
私たちの仲睦まじい挙式よりも、結局殿下のクレアを溺愛する様子の方がインパクトが強くて、参列したゲストたちは砂を吐いた。
結婚した私たちよりも、殿下とクレアに向けての「おしあわせに」という言葉の方がたくさん聞こえてきそう。
まあ、いいです。お二人が幸せなら私も安心して幸せになることができます。
とりあえず、私の大勝利ってことで良いですか?