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「お嬢、俺と、、付き合ってくれないか」
薄暗い彼の部屋で2人きり。そんな中その言葉を聞いて、「どこにですか?」なんて、冗談が言える勇気は、持ち合わせていなかった。それに、彼は、そんな冗談絶対に言わない。それでも、私にはその言葉に答える勇気もなかった。何故、私なんだろう。もっと、彼には、素敵な女性がいるはずなのに。どうして、何故。
好きな人からの告白など、嬉しくてたまらないはずなのに、私の心臓は嫌な音をたてるばかり。飛び上がって喜びたいのに、喉に喜びの言葉が詰まって出てきてくれない。
何も言わない私に目の前の彼、、、イゾウさんは、気を使ったのか、それでも真剣な眼差しのまま言ってきた。「困らせるつもりは無い」と「ただお嬢の気持ちが知りたいだけなんだ」と。
背中を冷たい汗がツー⋯と伝わっていくのが気持ち悪くて、この二人きりという空間が居心地が悪くて、今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
想うだけで、ただそれだけで良かった。見ているだけで、、、他愛のない会話をしているだけで良かった。本当にそれだけで私は良かったのに。
「ご、、めん、なさ、、、い」
「、、他に好いている男でもいるのか?」
「そっ、そういうわけじゃないんですけど、、、」
理由なんてただ一つ。イゾウさんの恋人でいられる自信がない。私は、別に美人というわけではない。どちらかと言えば、イゾウさんの方が美人だ。私と比べればきっと誰もがイゾウさんの方が美人だと言うだろう。そう言われるのが嫌な訳では無い。そんな私に隣を歩かれるイゾウさんへ奇異の目が向けられるに違いない。それが嫌なのだ。
イゾウさんは、美人だけど内面は凄く男らしくて格好いい。口調だって男性が使うそれだ。それでもパッと見は、やはり女性に見えなくもない。というのも、私が初めて会った時にイゾウさんを女性だと思っていたから。
私の答えにどこか納得のいかないというような雰囲気を出すものの、それを表情には出さず尚も彼は問いかけてくる。
「俺が恋人だと不満か?」
不満なんてあるはずが無い。十分だ。十分過ぎるから困るのだ。それをイゾウさんに言ったところで恐らく何の解決にもならない。イゾウさんは、意外と頑固だから、きっと自分が納得いかないと引き下がることは無いだろう。
不満じゃないというように横に首を振ると、だったら何故断るんだと当然の疑問を投げかけてくる。まさか、自分に自信がないから、なんて言えるはずもない。そんな返答じゃ絶対に目の前のこの男は、納得しないだろうし、私もそんな恥ずかしい返答は出来るだけしたくない。
「お嬢、俺は冗談で言ってるわけでも、からかっているわけでもねぇ」
「ごめんなさい、、っ」
「お嬢」
「イゾウさんだけは、、っ、駄目なの、、、」
何故か、変な言い方をしてしまった。イゾウさんだけは、駄目、、なんて傷つくんじゃないかと思った。
だけどとにかく部屋から出たくて、ごめんと頭を深く下げて再度ハッキリと謝り、そのまま逃げるように立ち去ることしか出来なかった。
イゾウさんの気持ちには勿論答えたい気持ちはある。だって、私も好きだから。でも、好きだけじゃどうすることも出来ないことだってある。もし付き合って、イゾウさんが私に幻滅したら?他の女性の方がいいと言われたら?そんなの、私は耐えられない。だから今のままでいい。仲の良い仲間で、、、それでいい。それ以上は何も望まない。ただ、仲間として彼の傍にいられれば、私は幸せだから。
イゾウさんに告白されてから、特に変わったことは無かった。イゾウさんは、以前と前と変わらず普通に声を掛けてくれるし、笑いかけてくれる。あの告白が私の夢の話だったのでは?とそう思うくらいに普通だった。だけど、そんなある日、大きな島に滞在している時に耳に入った話。
「━━━え? イゾウさんが?」
「あぁ。何日か前に酒場で女に迫られててよ、今日その女と夜に会うんだと。あいつも満更じゃなさそうだったぜ」
「、、、」
「もしかしたら付き合ったりしちまうかもなぁ」
「、、、」
「、、おい、聞いてんのか?」
「意識飛んでんのか」、と私の顔の前で手を軽く振るラクヨウさん。それにハッとして苦笑い。ラクヨウさんは呆れながら「寝たまま歩くんじゃねぇぞ」と冗談交じりに述べて買った荷物を持ったまま私の数歩先をまた歩き始めた。慌ててそれについていき、彼の隣へ。
イゾウさんが、他の女性と付き合う。考えただけで胸が張り裂けそうに痛むけど、私と付き合うよりはずっといいはずだ。イゾウさんが好きになる人ならきっと素敵な女性だろうし。
「イゾウさん、、美人だしカッコイイですもんね」
「、、、、あー、そうだなぁ」
「女の人ならイゾウさんのこと好きになっちゃうよね、、ハハハッ」
「、、、気持ちわりぃなおめぇ」
「、、、え?」
突然の暴言に私は、思考停止した。まさか、あのラクヨウさんが他人に向かって気持ち悪いと言うとは思っていなかった。それも、妹分である私に対して。
驚きすぎて言葉を無くし、歩もいつの間にか止まっていた。私の数歩先で同じように足を止めていたラクヨウさんはゆっくりとこちらを振り向き、盛大な溜息を一つ。
「それ、笑っているつもりか?あぁ?」
「え、、、」
「全然笑えてねぇし、不自然に口角が上がってて気持ちわりぃ」
笑っていたはずなのに、どうやら不自然な笑みになっていたようだ。ラクヨウさんの言葉には何も返すことが出来ず、ただ俯いて押し黙る。
私との距離を詰めるようにこちらへ戻ってきたラクヨウさんは、私の顔を下から問答無用で覗き込んできた。
「下向くな。下には何も落ちてねぇぞ」
「っ、、」
「おめぇが見なきゃいけねぇのは前だろーが」
「ラクヨウさん、、」
ゆっくりと顔を上げれば、彼は話してくれた。イゾウさんから私に振られたことを聞いたのだと。恐らく私の直属がラクヨウさんだからだろう。
ラクヨウさんは流石兄貴分というかなんというか、私の思うこと全てを理解していた。自分に自信がなくて告白を断ったこともイゾウさんの恋人になるのが怖いと感じていることも、私がイゾウさんを好きなことも、、全て。
「イゾウが女に誘われたことも、今夜その女とあうことも事実だ」
「っ、、」
聞こえてきた大きな溜息。次いで、額に激痛。ラクヨウさんが結構な力で私にデコピンをしてきていた。その痛みに声が出てしまいそうになった。それと同時に、うっすらと涙も溢れてき、額を抑えて痛みに耐える。痛みを耐える私をお構い無しにラクヨウさんは私の体をくるりと反転させて背中を軽く押してきた。
「あとの買い出しは俺一人でも出来る。おめぇは先に船戻ってろ」
「えっ、、、」
「兄貴分から言わせてもらやぁ、、イゾウは一途でいい男だ」
「!」
「おめぇの不安も全部消し去るくらいになぁ」
さっさと行けというように背中をバシッと叩かれて、それを合図に地を蹴る。背中に「いい報告期待してるぜ」という声を受けながら。
何を言おう、何を話そう、どう説明をしよう。頭の中で色々考えながら、走って、走って、走った。でも、それでも、何も思いつかないまま船に到着。イゾウの部屋を尋ねてみたけれど、彼は不在。もしかして夜ではなく既に街に下りてナンパしてきた女性と会っているのだろうか。不安を抱き、私は、彼の部屋の前でうずくまってしまった。そんな所に、ひとつの影が横に現れた。うずくまっていて、誰だか分からなかったけど、聞こえてきた声ですぐに誰かわかった。
「お嬢、、?」
あぁ良かった、例の女性とあっている訳ではなかった。たったそれだけの事で安心してしまい、ホッと一息。
私は、スっと立ち上がってイゾウさんと顔を合わせた。どうやら彼は使っていた資料を戻すために資料室に行っていたらしい。今から部屋に入って出かける準備をするのだとか。
「出かけるの、、?」
「ああ」
虫のいい話だと、温厚なイゾウさんもさすがに怒るかもしれない。でも、ここでちゃんと言わないと進まない。下ばかり見ていたら、何も変わらない。ちゃんと前を見ないと。目の前を、、目の前にいるイゾウさんを見ないと。
「ナンパしてきた女の人と会うの、、?」
「!、、ラクヨウから聞いたのか?」
「うん、、」
「、、、」
「イゾウさんがデートするくらいなんだから、、その人、よっぽどの美人さんなんでしょうね」
「は、、?いや、お嬢、おれは」
「美人さんじゃないと、、、イゾウさんの隣には、立てませんもんね、、」
「━━━━、、」
また下を向きかけて、ラクヨウさんの言葉を思い出す。ラクヨウさんは人を見る目がある。そのラクヨウさんが、私の不安もイゾウさんが全部消し去ると言ったのだ。私はそれを信じよう。
大丈夫、大丈夫と心の中で何度か呟き、視線を目の前のイゾウさんに真っ直ぐと向ける。
「私、、自信がなかっ、たんです」
「お嬢、、?」
「私、イゾウさんのこと好きで、、でもイゾウさんは綺麗だし、格好いいし男らしいし、、、ずっと見てるだけで良かった」
告白されて嬉しかったことも、自分に自信がなくて告白を断ったことも、全部伝えた。私が、イゾウさんを好きだって言うことも。
数秒無言が続いた直後、視線が歪んだまま私の名前を呼んだイゾウさん。『お嬢』ではなく、名前で。その慣れない呼び方に胸が密かに高鳴り、返事をする事を忘れていた。するともう一度呼ばれた自分の名前。
「な、、なん、です、か」
「俺の良いように解釈しても良いんだな?」
「え、、?」
「お前も俺が好きで、俺と付き合いたいと、、そう思ってると考えていいんだな、、、?」
少しだけ自信のなさそうな問いかけに、ゆっくりと一度だけ頷いた。それにイゾウさんは安心したかのように小さく息を吐き、私に腕を伸ばしそのまま優しく抱きしめてくれた。サッチがデレデレしながら可愛がってくれるような抱きしめ方とは違うそれに戸惑いしつつ、何とか身体から力を抜いてホッと息を吐く。
顔に似合わずしっかりと筋肉がついている身体に驚いたけれど、今はそれ以上に抱きしめられていることに驚いている。ずっと好きだったイゾウさんの腕の中にいるなんて、夢でも見ているようだ。
「ずっと、こうしてお前を抱き締めたかった」
「イ、イゾウさん、、」
それと、と付け加えるようにイゾウさんが言った。ナンパしてきた女性とデートをするつもりはなどは最初からなく、断る間もなく今夜の約束を取り付けられた為、礼儀として彼女の元へ行き、付き合えないことを、一緒にはなれないことを伝えようとしていただけなのだと。そこで、私は気づいた。ああ、ラクヨウさんに気を使わせてしまっただなと。
ラクヨウさんは私の気持ちに気づいていて、そして偶然にもイゾウさんの気持ちも知ってしまった。だからこそ、彼は納得出来なかったのだろう。私がイゾウさんの告白を断ったことが。納得出来なかった故に、私の気持ちを試すようにちょっとした嘘を吐いた。こんなに優しい嘘がこの世にあったなんて。それとも、ラクヨウさんが吐く嘘は全部優しいのだろうか。
「でも、本当に私でもいいの?」
「、、、どういうことだ?」
「だってイゾウさんなら女なんて選り取り見取りだろうし、、、何も私じゃなくったって」
私じゃなくても良い。そう言おうとしたのに、聞きたくないとばかりにキスで口を塞がれた。
「、、、、、何か言ったか?」
「な、なんでも、、、ない、デス」
見てるだけで良かったはずなのに、私も現金なものだ。告白をされて、イゾウさんの気持ちを知ったからと言って、、彼が欲しくなるなんて。高望みはするべきじゃないのに、高望みをしてしまった。だけどこれで良かったのかもしれない。高望みをしたから、欲を出したから、、結果的にいい方向へと進めたのだから。
私の返答と反応に満足したのか、ゆっくり彼の口角が上がる。そうかと思えば、耳元でそっと呟かれる私の名前。その名前に次いだ言葉で私の思考は完全に停止していまった。
「今夜、俺の部屋に来てくれるよな、、?」
「━━━━ッ!?」
これはからかいの言葉か、それとも本気か。それすらも判らなくなってなってしまい、その場の雰囲気で首を縦に降る始末。するとまた降ってきた彼の唇。逃げる間もなく再び唇をキスで塞がれ、ただ幸せに酔い痴れるだけだった。
その後、ラクヨウさんに聞いた話なのだが、イゾウさんは自分の顔立ちが女みたいだから振られたのだと、勘違いをしていたようで、それを聞いて思わず笑いそうになってしまったのは、また別の話だ。