久遠零は、新しい仕事のため、古びたマンション「クロノスレジデンス」に引っ越してきた。築年数は古いが、窓から差し込む夕暮れの光は意外にも暖かく、静かで落ち着いた雰囲気に、少し安堵感さえ覚えた。荷解きも終わり、ひとまず落ち着いた頃に、空腹を感じた。近所のコンビニで夕食を買い、マンションへと戻ろうとした時だった。
いつものはずの景色が、少しずつ、歪んでいくのを感じた。
マンションのエントランスは、記憶にあるよりもずっと奥にあり、幾重にも折り重なった廊下が、まるで迷路のように複雑に絡み合っていた。見慣れたはずの風景なのに、どこか違う。通路の幅が変わり、壁の色が変化し、窓の数が減ったり増えたりする。まるで、現実自体が揺らいでいるかのようだ。
パニックに陥る零。何度も同じ場所を回っているような気がして、恐怖が心臓を締め付ける。深呼吸をして、落ち着こうとするが、不安は募るばかりだ。頭の中でマンションの構造図を再現しようとするが、現実の廊下は図面と全く一致しない。
彼女はスマートフォンを取り出し、地図アプリを開こうとしたが、GPSは全く機能しない。電波状況も不安定で、誰かに連絡を取ることすら難しい。
やがて、辺りは完全に暗くなり、マンション内は不気味な静寂に包まれた。聞こえるのは、零自身の動悸だけ。
絶望的な気持ちに襲われながら、彼女は一つの部屋の前に辿り着いた。扉には番号札がなく、黒ずんだ木製の扉には、奇妙な、幾何学模様が刻まれていた。その瞬間、背筋に冷たいものが這い上がっていくのを感じた。これは、ただの迷路ではない。何か、もっと恐ろしいものが、このマンションに潜んでいる気がした。
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