黒青 ハロウィン ほのぼの
10月31日。夕方六時。
大阪の街はオレンジ色の提灯で埋め尽くされ、あちこちから「トリックオアトリート〜!」の声が響く。
けど、そんな賑やかな夜の一角で、俺は頭を抱えていた。
「……なあまろ、お前ほんまにその格好で行くんか?」
目の前に立つまろは、なぜか全身タキシード。しかもシルクハットまで被って、まるで社交界の紳士。
ハロウィンの仮装っていうより、株主総会帰りの社長や。
「当然やろ、あにき。ハロウィンいうても“品格”は大事やねん」
「いや、誰が社交界に行く言うたんや。子どもらは魔女とか吸血鬼とかやぞ」
「ふっ……子どもに混じって飴もらうより、ワイン片手に投資の話する方が似合うやろ?」
こいつ、なんやねん。
でもまあ、まろは見た目だけは完璧やから、妙に似合ってるのが腹立つ。
そんな俺はというと、近所の商店街で無料配布されてた“おばけマント”を羽織っただけ。
ゆるすぎる俺とキメすぎのまろ、並ぶとどう見てもコントや。
「で? 今日は何しに出てきたん?」
「決まっとる。『トリートオアマネー』大会や」
「……は?」
聞き間違いかと思った。
トリートオアトリートでもトリックオアトリートでもない。
まろが言うたのは——
「トリート・オア・マネーや」
「お菓子くれへんかったら、金出せ言うんか!?」
「せや。経済は回すもんや。お菓子より現金の方が効率ええ」
「いやいやいや、子ども泣くわ!」
「泣かへんて。ちゃんとレート設定しとる。飴3個=10円や」
「おまえ真顔で言うなや!?」
まろは本気やった。
それどころか、スマホの電卓まで出して、「損益分岐点は……」とか呟いてる。
「まろ、それただの強盗やからな?経済ちゃう」
「違う、交渉や。俺らは“おばけ商社”や。恐怖を武器に、笑顔で資金調達する」
「ややこしすぎる! てかその“おばけ商社”の社名なに?」
「マロファイナンス」
「やっぱ詐欺くさいな!?」
とにかく止めようと思ったが、もう遅かった。
まろはスーツ姿のまま、近所の子どもたちに突撃していった。
「はい、ボクたち〜。トリートオアマネー、やで〜♪」
「え? なにそれ〜?」
「飴3個で10円や。今ならハロウィン限定、金利0%やで」
子どもたちはポカーン。
そらそうや。まろが金融商品説明してるんやもん。
でも中には、理解せずにテンション上がる子もおって、
「お金もらえるの!?」とか言い出す始末。
「違う違う! 払う方や!」
「えぇ〜!? やだぁ〜!」
「ほらみぃ、混乱しとるやんか!」
まろは頭をポンポン叩かれて笑ってた。
「可愛いのう。ちょっとは資本主義の勉強になったやろ」
「教育の方向性おかしいて!」
仕方なく俺は、商店街の端にあるベンチに座って、ため息をついた。
「はぁ……もう誰が悪い夢見とんねん……」
そのときや。
背中に「とん」と何かが当たった。
「……まろ?」
振り向くと、さっきまでエリートぶってたまろが、頬をぷくーっと膨らませて立ってた。
手にはチュッパチャプス。
目はとろん。
口調が——変わってた。
「……あにきぃ。まろ、もう歩きたくない〜」
「あ、あかん、出た……」
幼児モードや。
「も〜、おかねとかいらん〜。おかしがいい〜」
「さっきまで金融語ってたやつどこいったんや!?」
「おばけさん、おかねこわい〜」
完全に五歳児や。
しゃーないから俺は肩を貸してやる。
「ほら、ほら。もうちょっとで家や。帰ってかぼちゃプリン食おか」
「ほんま? やったぁ!」
……ったく。ギャップ激しすぎるやろ。
家に着くころには、まろは俺の腕の中で寝かけてた。
帽子も斜め、スーツのネクタイもぐちゃぐちゃ。
普段は天才エリートみたいに振る舞うのに、こうなるとまるで別人や。
そっとソファに寝かせて、毛布をかける。
その瞬間、まろが小さくつぶやいた。
「……あにき。トリート、くれる?」
目は閉じたまま。半分寝言みたいや。
「……トリートって、どっちの意味や?」
「……やさしいやつ……」
思わず笑ってもうた。
「そんなん、いくらでもやるわ」
頭をぽんぽんと撫でてやると、まろの口角がふわっと上がった。
翌朝。
キッチンでコーヒーを淹れてると、背後から聞こえてきた。
「おはようございます、あにき。昨日の収支報告です」
振り向いたら、もうエリートまろに戻ってる。
寝癖ひとつない。スーツはアイロン済み。
「お前、もう覚えとるん?」
「当然です。昨日の“幼児期の俺”が暴走して迷惑かけたみたいで、すんません」
「迷惑ってレベルちゃうけどな……」
まろはにっこり笑って、テーブルに何かを置いた。
──チュッパチャプス。
「これ、お詫びの“トリート”です」
「……お前、それ昨日“おかねこわい〜”言うてたやつやろ」
「ビジネスでも感情でも、回収はきっちりする主義です」
もう、どっちのまろが本物なんか分からん。
けど、悪くない。
俺は笑って、チュッパチャプスを受け取った。
「じゃあ、今年は“トリートオアマネー”やなくて、“トリートオアスマイル”にしとくか」
「ふむ、それも悪くない取引やな」
二人で同時に笑った。
その日の夕方。
また玄関のチャイムが鳴いた。
扉を開けると、近所の子どもたちが並んでた。
「トリートオアマネー!!」
「……まろ、広めたな?」
「はっはっは、地域経済活性化成功ですやん」
俺は頭を抱えながら、財布を開いた。
どうやらこの町のハロウィン、来年からちょっと物騒になりそうや。
🕸️END🕸️
何とか地雷を書いたぞ…
褒めろほめろ((
私も言お、トリートオアマネー((
コメント
2件
褒めちぎります((( トリートオアマネー...いいね、今度からそうしよ((