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「それで、なんで聖女の力を失ったかわかってる?」
私たちはアイリーン嬢のやらかしを確認するため別室に移った。
ここからは聖女に関する極秘情報も含まれるため夜会会場で話をするのは良くないと場所を変えた。
正直私も部外者だし、今日はもう疲れたから帰りたいんだけど、ヴィンスが繋いだ手を離してくれない。
「わかってます……。アーロン様を呼んでください!!」
ん?
元聖女であるアイリーン嬢の王弟殿下のアーロン様を呼んでくれという言葉に、皆の頭にハテナが飛び交った。
「まぁ、いいや……。ちょっと君、アーロン叔父上を呼んで来てくれないか?」
ヴィンスが部屋の外にいる衛兵に声をかけて、アーロン様を呼んできた。
アーロン様はなぜ呼ばれたのかよくわかっていない様子だ。私たちもアイリーン嬢はなぜアーロン様を呼んだのかわからないけども。
「で? 改めて聞くけど、なんで聖女の力を失ったのか──」
「アーロン様に処女を捧げたからです!! アーロン様、責任をとってください!!」
アイリーン嬢の予想外の発言に私とルーファス殿下はギョッとした。
神官長はショックを受けたような顔をしている。
ヴィンスとアーロン様は「またですか……」「またみたいだね、ごめん……」と呆れ顔でボソボソとやりとりをしていた。
「アイリーン嬢、確かに僕は君を抱いたけど、君……処女じゃなかったよね?」
「いいえ! 私は初めてでした!」
アイリーン嬢はグスグスと涙を流しながら訴える。
アーロン様は面倒臭さそうにため息を吐いた。
「あのさぁ、僕、処女は面倒だから抱かないって始めに言ったし、処女があんな誘い方してくると思えないんだけど」
どんな誘い方をしたんだろう。
……あ、いいです。知りたくないです。
「アーロン様のことを好きになったから、経験者のフリをしただけです!」
私にあんなにハッキリと「王子様は私と結婚するんだから!」なんて言っておいてよく言うよ。
「はぁ、余計なことまで露呈するから、本当は隠しておいてあげたかったけど、君がそう言うのなら仕方がないね。──影、出てきて」
アーロン様が呼ぶとどこからともなく現れる黒装束に身を包んだ影の男性。
「はい」
「アイリーン嬢の男性遍歴、報告して」
「はい。まずアイリーン嬢の初体験はそちらにいらっしゃる神官長様でしたので、アーロン殿下が初めてということはありえません」
「なっ!」
アイリーン嬢はいきなりトドメを刺されて顔を赤くした。神官長の方もこの場で暴露されて顔を青くしている。
ツヴァイベルク王家の影の調査すごい。
「ちなみにお二人の身体の関係は現在進行形ですが、アイリーン嬢は母国に平民の恋人がいるようで、こちらも身体の関係は済んでいます。また親の決めた婚約者がいるようですが、こちらは貴族ではなく商人の男性で、アイリーン嬢は婚約を回避したいご様子です」
「影、ありがとう」
影と呼ばれた男性は淡々と報告して消えていった。
アイリーン嬢がビッチであることはよくわかった。
「あ、あのさ、アイリーン嬢……。君、神殿で学ばなかった? 我が国の神は女性の処女性には重きを置いていないって……。聖女の力には処女かどうかは関係ないんだよね。だから、仮にアーロン殿下と身体の関係があったとしてもアーロン殿下に責任を問うことはできないよ」
先ほどアイリーン嬢の代わりにやってきた聖女のマーサさんは息子がいるなんて言っていたんだから、出産をしていても聖女の力を失うことはないのだろう。
「メッテルーナの神殿に既婚者の聖女仲間が複数いたから、そんなのわかるでしょう。処女でないと聖女になれないなんてどこの世界の話だよ」
ルーファス殿下は呆れたように話をした。
アイリーン嬢はただ自分の身持ちの悪さが露呈しただけとなった。
「じゃ、じゃあ、なんで……私は……?」
「嘘をついたからだよ」
「嘘……?」
メッテルーナで信仰されている神様は嘘を嫌う。無作為に癒しの力を与えて、嘘を吐くと与えられたその力は弱まっていき、それでも嘘を吐き続ければ癒しの力は取り上げられる。一度失った力は再び与えられることはないようだ。
ヴィンスは二度目にアイリーン嬢に指の治療をしてもらったときに一度目よりも傷の治りが良くなかったことで、アイリーン嬢がどこかで嘘を言って癒しの力が弱まっていることに気付いた。そして、毎日傷の治り具合で聖女の力の有無を確認していたらしい。
今朝の時点では微弱だが癒しの力は残っていたらしいが、先ほど私がアイリーン嬢を突き飛ばしたという大きな嘘で完全に力が失われたんじゃないかな、とヴィンスは言う。
「そ、そんなぁ……」
さすがのアイリーン嬢もこれ以上反論することはなく、明日にはメッテルーナに返されることとなった。
神官長はアイリーン嬢に身体で籠絡されて、アイリーン嬢に従順な僕しもべのようなものだったようだ。彼は一人の聖女の力を喪失させた管理監督不行届を理由にメッテルーナの最北端の地方の神殿へ飛ばされ、神官見習いをすることが決まった。
神官長まで上り詰めたのに、地方の神官見習いまで降格とはかなり厳しいような気がするが、彼の処分についてはヴィンスがかなり注文をつけ、左遷先の神殿まで指定していた。彼には神官として大事なものが不足しているんだから相応な処分、本当はもっと厳しいものにしたいくらいだ、とも言っていた。
「アイリーン嬢の処分は、過酷な修道院に入れたり、島流しやちょっと悪趣味だけど娼館落ちのようなことも命令することもできるけどどうする?」
アイリーン嬢と神官長が退室してからルーファス殿下が私に聞いた。
彼女の処分についてアイリーン嬢からの被害を一番受けた私の希望を汲んでくれようとしているようだ。
確かに彼女には随分と嫌な思いをさせられたが、そんなまさに悪役令嬢の断罪のような展開は望んでいない。国へ帰ってくれるなら二度とこの国に来ないようにしてくれればそれで良い。
「アイリーン嬢にはメッテルーナに帰ってもらって、もともとの婚約者との結婚を急いでもらいたい。それ以上の処分は求めない」
どうしようかと私が言葉に詰まっているとヴィンスが代わりに応えた。
「ん? ヴィンセント、寛大じゃないか。君が一番怒っていると思っていたんだけど」
「彼女も結婚して愛を知って幸せになったら良いさ」
やっぱりヒロインだから、情が湧いたのかなとそのときは思っていた。
後日、ヴィンスが教えてくれた。
彼女の婚約者には変わったところがあり、女性を監禁して愛でる性癖があるとか。婚約者との顔合わせでその事実を知ったアイリーン嬢は聖女の力を持つことを理由に使節団に志願して結婚を先延ばしにしていたらしい。
修道院行きよりも、結婚して旦那様にたっぷりと愛されてもらった方が私たちとは二度と会う機会がなさそうだったから、婚約者との結婚を急いでもらったらしい。
「二度と私たちの前に現れないよう、しっかり愛されて(監禁されて)欲しいね」
ヴィンスのこの台詞、カッコの部分は口に出していなかったが、私にはそういうふうに聞こえてきた。
うん、全く情なんて湧いてなさそうだね。
「あと……この件に関して、ツヴァイベルクへの賠償だけど──」
「魔法薬研究におけるイニシアチブと、商品化した際のツヴァイベルクでの優先販売権で良いよ」
「ちょ、それは──」
実害が出ていないのに大きく出ているような気もする。
「クレアは彼女に散々傷つけられたんだ。それくらいの賠償ですませてやるんだから、それこそ十分寛大だろう。それに……わざとアイリーン嬢のようなマナーの悪い聖女を送り込んできただろう」
「ゔっ……!」
ルーファス殿下はギクリという顔をした。
「だって、彼女うちの国でも酷かったんだ。私はヒロインだから、王子様と結婚するんだ!って、訳のわからないことを言って、既婚者の僕にもしつこくアタックしてきて」
「だからといって人の国に送り込むなよ。聖女派遣の契約だってなんだよ。聖女を派遣するにあたって、聖女の精神を傷つけないよう丁重に扱うってクソみたいな契約条件。彼女すぐ傷ついたって泣くし」
「クソみたいなって……」
ヴィンスがそんな汚い言葉を使うのは初めて聞いた。ルーファス殿下の顔もさすがに引き攣っている。でも確かにそんな条件下で共同研究をしていたんじゃかなりやりにくかったと思う。
「本当に悪かったよ……。でもうちの国では聖女は丁重に扱うってしきたりがあるから、無下にはできなくて……、だからあの条件は必須なんだ」
「彼女の聖女としての力は無くなったのだから、今後は丁重に扱う必要は無くなっただろ。一つ問題を解決してやったんだから、イニシアチブと優先販売権」
「…………わかったよ」
こうして、隣国を交えての研究は我が国主導で行うことが決まって、今回の研究における大事な局面は我が国にとっては良い方に進めることができた。
「ああ、あと……」
「まだ何が要求する気!?」
「メッテルーナ産の絹織物、クレアのドレスが作れるだけのたっぷりの絹贈ってよ。デザインや仕立てはこっちで決めるから」
ルーファス殿下は最後は笑顔で応えた。
「よろこんで! 空色の絹を贈るよ!」
これは嬉しい。私も笑顔でお礼を言った。
実はメッテルーナ産の上質の絹を使った可愛いドレスを着るアイリーン嬢が羨ましかった。ほら、露出の控えめな淡い色のドレスを選んではいるけど、もともと派手なドレスばかりしか持ってなかったからね。
長くなったが、ようやくお開きとなり、私は挨拶をして部屋に帰ろうとした。
「ねぇ、クレア、どこ行くのさ?」
「え、どこって……、部屋に戻るのですが……」
がっちりと私の腕を掴んでいるけど、もう疲れたから帰らせて。
「クレアさぁ、私に何を言ったか覚えてる?」
そういえば……。
私はサーッと顔を青くした。
────婚約解消してください。
つい二時間ほど前に私自身が放った言葉が木霊する。
いやだ、ヴィンスとは婚約解消したくない。
あれはヴィンスがヒロインに惹かれていると誤解して、耐えきれず出てしまった言葉であって、ヴィンスがヒロインのことをなんと思っていないのなら、ヴィンスのことが好きだから、結婚したい。
どうしよう。どうしたらあの発言はなかったことにできる?
そんなことをグルグルと考えていると、ヴィンスが私の腕を引いて、後ろから抱きしめた。
「ごめんね、私がちゃんと説明しなかったから不安にさせちゃったんだよね」
その通りだったので私は抱きしめられたまま素直に頷いた。
「あの女がクレアにわざわざ余計なことを言いに行っているなんて知らなくて、嫌な思いをさせたよね。本当にごめん」
ヴィンスが私の肩口に額を当てながら「ごめん、ごめんね」と謝ってくる。ヴィンスの行動の真意はもうちゃんと理解した。だから「もういいです」と言うとヴィンスは顔を上げて私の耳元で話し始めた。
「でもさ……クレアがあんなこと言うから、私も傷ついたんだけど……」
うう……そんな良い声で耳元で囁かれるとゾクゾクするからやめてー。
「ねぇ、私のこと、嫌いになったの?」
そんな!
「嫌いなわけ!!」
自分でもビックリするくらい大きな声が出て、慌ててトーンを落とす。
「……ないじゃ……ないですか」
「ああ、良かった。じゃあ、私のこと好き?」
ヴィンスは抱きしめた腕を緩めて、私を正面に向けて問いかける。
ハッキリと聞かれると恥ずかしい。そういえばずっと好きだけど、ちゃんと言ったことなかったな。
今なら言える。私はドキドキしながら告白した。
「す、好きです……。大好きです」
私の返事を聞いて、ヴィンスの顔がパァァと明るくなった。
と、一瞬思ったのだけど、なんか違う。笑っているのだけど、どこか仄暗い。
「私もクレアのことが好きだよ。愛してる」
私の肩を掴んで、頭に口づけを落とす。
嬉しい。……はずのその台詞だけど、どこか怖いのはなんでだろう。
「好き同士なら問題ないよね」
ん、なにが?
ヴィンスがうっとりとした笑顔を見せる。
「さっきは邪魔が入っちゃったから、今度は私の部屋でちゃんと繋がろうね」
「え……?」
なんて言った……?