16【番外編】侍女からのプレゼント②
クレア視点
孤児院へ慰問した帰りに破落戸に襲われた。
私には王家の護衛が付いているから恐怖はあったが、意外と冷静でいられた。
内側から鍵をかけて絶対に降りないように、と言われ指示通りに大人しくしていたら二十分程度で破落戸は捕縛されていた。
ようやく馬車から降りることができて、この破落戸をどうしようかと二人の護衛と馬車の御者とで相談していると、たまたま巡回していた騎士がこちらに気が付いて駆けつけてくれて、破落戸をそのまま引き取ってくれることになった。
「久しぶりだね。縦ロールやめちゃったんだ。まぁ、いかにも悪役令嬢って感じだったもんね!」
縦ロール!? 悪役令嬢!!?
聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、声のする方を向くと、なんとなく見たことあるような……ないような……赤髪の騎士服を着た背の高い男性。
「クレア姉さん? 俺だよ?」
私を姉さんと呼ぶ子は一人しかいない。
「うそ、アシェル?」
「そうだよ」
幼馴染のアシェルだった。同じ公爵家同士、お互いの母親が同級生で仲良しのため必然的に私たちも仲良くなった。四年ぶりに会ったが、四年前と風貌が違いすぎて全くわからなかった。
「うわぁ! しばらく見ない間にこんなに大きくなってー!」
「クレア姉さん、それ親戚のおばちゃんの言うこと」
「あら、似たようなものだから良いじゃない!」
久しぶりのアシェルとのやりとりにお互いにクスクスと笑い合う。
……じゃなくて! 私はさっきアシェルから看過できない言葉が聞こえた。
「ね、ねぇ、アシェル……あなたさっき、縦ロール……とか、悪役令嬢……とか言った?」
「ん? 言ったけど……?」
うん、間違いないね。
「知ってる? この世界に縦ロールなんて言葉ないのよ……?」
「え……? うわっ、しまった、俺やっちゃった」
私は確信を持ってアシェルを試す。
「アシェル……米、味噌、東京……」
「えっ? クレア姉さんも?」
私はアシェルの目をしっかり見て、ゆっくりと頷いた。
そしてアシェルは少し話もしたいし、ということで王宮に隣接している騎士団の医務室で馬車にぶつけた私のおでこの治療をしてくれると言う。
おでこの怪我なんて大したことがないから良いのだけど、でも転生者同士で話をしてみたかった。
前に会った転生者とは仲良く話をすることなんてできなかったからね。
そして治療を受けながら、他にも転生者がいるのでは、という話を聞いた。
「城下町にさ、着物屋っぽい仕立て屋があるんだよ! でもさ、やっぱり着物って着るの難しいしあんまり人気はなさそう」
「呉服屋さんかぁ! ちょっと見てみたい気もするけど」
アシェルは隣国への留学中に転生者であることに気が付いたらしい。私たちは一体何の世界に転生したのか知りたくて、アシェルに聞いてみたけど、彼にもわからないみたい。
「それより弁当屋だよ! 懐かしい匂いにそそられて買ってみたらさ、弁当に唐揚げが入ってたんだよ」
「ええー? 唐揚げに似たような鶏肉料理なんていくらでもあるじゃない? たまたまじゃない?」
アシェルはこの国へ帰国してから近衛騎士分隊に所属となり、王宮の警備をする本隊とは違って城下町の警備をする分隊所属なので、警備の傍ら店を観察して、意外とこの国は転生者の営む店が多いのでは、と気付いたらしい。
「いーや! ふろふき大根も入ってたんだ。しかもそれだけじゃなくて、だし巻きや金平もあったぞ! あそこの店主は絶対そうだって」
「えー、いいなぁ! 私もふろふき大根食べたい!!」
アシェルとそんな話で盛り上がっていると、ヴィンスがたくさんの汗をかいて医務室へ駆けつけてくれた。
焦ったような表情で私の心配をしてくれている。
王家の護衛は完璧で、そこまで怖くはなかったのに心配をかけてしまったという申し訳なさがあったけど、やはり大好きな人に心配してもらえて嬉しい気持ちでいっぱいになり顔がニヤケそうになるのを必死で堪えた。
「それよりすごく楽しそうだったけど、二人で一体なんの話をしていたんだい?」
「えっ!? えっと……」
いくらヴィンスにでも前世の話をしていましたとは言えない。頭がおかしくなったのかと思われたら嫌だ。
どう誤魔化そうかと逡巡しているとアシェルは内緒と言った。
大人なヴィンスはそれ以上追求してこなかったから、私はこっそりホッと息を吐く。
それからたまにアシェルを王宮内で見かけるようになって、顔を見れば話をするようになった。
でもそれだけ。
もう少し転生者同士でじっくりと話をしてみたい気もするけど、王太子の婚約者が特定の男性と仲良くしているというのはよろしくない。
「はぁ、最高だったー! 王子様よりも騎士様のが良いかもー」
私は読み終わった本を閉じて読後の余韻に浸る。
私はひとり、王太子妃教育の合間の休憩時間に本を読んでいた。いつもならヴィンスと時間を合わせて休憩をとっているのだけど、アルノルト様が結婚休暇をとっているからヴィンスは忙しくて一緒に休憩を取ることができない。
だから私はこうして本を読んで休憩時間を過ごしている。
今読んでいた本は、ずっと公爵家で私に仕えてくれていた侍女が、私が王宮へ滞在することになったときにお別れにとプレゼントしてくれた小説だ。
ずっと優しい王子様がヒーローな物語しか読んでいなかったけど、今王都で流行りの騎士ヒーローの物語を贈ってくれた。
今まで王子様一択だったけど、騎士様も良いかも!
そしてちょっと良いことを思いついた。
「ふふふっ、こっそりアシェルに頼んでみようかな」
◇
「あ、クレア姉さん! 頼まれていたやつ用意したよ」
「うわー、ありがとう!」
「姉さんも変わった性癖してんな」
「ちょっと、いやらしい言い方しないでよ。でも、本当にありがとう! 私、ずっと王子様が好きだったけど、最近王子様より騎士様の方が好きかもって気付いちゃったんだ! 嬉しい、大事にするね!」
アシェルに頼んだものが入った紙袋を受け取ったときだった。
「クレア……どういうこと……?」
「ヴィンス……!」
いつの間にかすぐ近くにヴィンスが立っていた。
今これを見られるのは恥ずかしい。心の準備ができてからでないと。
私はアシェルから受け取った紙袋をサッと後ろに隠した。
「ねぇ、私よりもアシェルが好きってどういうこと?」
「え……?」
私そんなこと言ったっけ?
いつも優しい王子様なヴィンスの纏う空気がなんとなく仄暗い。
「おっと、こないだの嫌味は初恋の姉さん取られた意趣返しのつもりだったけど、なんだか冗談では済まなそうだね……俺は退散しよっかな……!」
「へ?」
アシェルはぼそぼそと呟いた。
「で、殿下……? お、俺、巡回の時間なんで失礼しますね……?」
「あっ、ちょ、アシェルっ!」
嫌な空気を察したアシェルは早々に退散していった。
ヴィンスはそんなアシェルを一瞥してすぐに視線を私に戻す。
「邪魔者はどっか行ったから、私たちも行こうか」
え、どこに?
ヴィンスは私の手を引いてズンズン歩き、王宮の廊下を奥へ奥へと進んでいく。
あれ? 前もこんなことあったよね……?
辿り着いたのは予想通りヴィンスの部屋だった。
そして、ヴィンスは私を部屋に入れてすぐに扉に鍵をする。
え、また裸に剥かれる予感……?
「クレア、月のモノは?」
「き、昨日終わりました……」
「じゃあ、いいね」
しまった! なんで私は素直に答えてしまうのか。
ヴィンスは私がアシェルから受け取った紙袋を取り上げてベッド横のサイドテーブルの上に置く。
「他の男からのプレゼントなんて……! 後でしっかり燃やしてしまおうね」
「え……」
ヴィンスは私の手を引いて奥のベッドへ転がした。
この流れ、えっちなことをされちゃうってことだよね。まだ真昼間なんですが……! え、でもなんで?
「ヴィ、ヴィンス? 何か勘違いしていませんか?」
「勘違い? それはクレア、君の方だよ」
「えっ?」
どういうこと?
「君は私以外を好きになってはいけないんだよ。私よりもアシェルの方が好きだなんて、君の勘違いだ。今から私がたっぷり君のことを愛してわからせてあげるから」
私の頭にはハテナがいっぱい浮かぶ。
仄暗いヴィンスの表情に気圧されて、ベッドの上をずりずりと後退りする。そしてトンとベッド横のサイドテーブルにお尻が当たってしまう。
その拍子、テーブルの上に置いていたアシェルからもらった紙袋がガサリと床に落ちて中身が飛び出た。
ヴィンスはガサリという音に釣られてそれを見る。
あ、やば。
「……クレア、この騎士服なに……?」
感情のこもらない顔。
「ねぇ、こんな騎士服もらうほどアシェルのことが好きなの?」
地を這うような声。
「え、?」
「アシェルの騎士服もらって嬉しい?」
無表情で質問されるとすごい怖い。
「ち、違う!!」
「何が違うの?」
心の準備ができてなくてちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと言わないと。
「これはヴィンスに着てもらうために用意してもらった騎士服です!!」
「はっ……?」
ヴィンスは意味がわからないという顔をした。
「あ、あの……、私はアシェルが好きってことは全くなくって、ヴィンスが大好きで」
「ん、?」
ようやくヴィンスが話を聞く体勢になってくれた。
「最近読んだ小説の騎士ヒーローが格好良かったから、大好きなヴィンスにも王子様ではなく騎士ヒーローの格好をしてもらいたくて、アシェルにヴィンスのサイズの騎士服を用意してもらったのです……」
「え? だって、私よりもアシェルが好きって……」
「そんなことは言ってません!!」
「え?」
ヴィンスは何かを考える。きっと少し前の会話を思い出しているのだろう。
「……うん、言ってないね」
だよね。
「でも王子様より騎士様の方が好きって言ったよね?」
「それは小説内のヒーローの話です! 現実ではヴィンス以外に好きな人なんていません!」
私がハッキリ言い切ると、ヴィンスはぶわっと顔を赤くした。
「あ、わ……ごめん、クレア……! また私はクレアに酷いことをしようと……!」
ふう、わかってくれたら良いのです。
私はヴィンスの首に腕を回してグッと顔を引き寄せて唇に軽くちゅ、とした。
そして精一杯の上目遣いでヴィンスに強請る。
「ヴィンス……悪いと思うなら、私にキスして? ヴィンスの甘い口づけが欲しい」
「あっ、う、うん!」
ヴィンスは鼻息を荒くしながら、ちゅ、ちゅ、と私に何度も口づける。
「ああ、クレア……本当に本当に私だけ?」
「そうですよ、私が好きなのはヴィンスだけです。ヴィンスも私だけを愛して……?」
ヴィンスは「うぅっ」と呻いて泣きそうな顔をする。
「クレアっ! 好きだよ、大好きだ」
「ヴィンス、私も好き」
私たちはお互いに気持ちを告げて深く深く口づけた。
「ごめんね、クレア。私はまたクレアに酷いことを──」
私は再び謝るヴィンスの唇に人差し指を当てた。
「もう言わなくて良いですよ。ちゃんとわかってもらえましたから」
私はぎゅっとヴィンスに抱きついた。
「それに私はヴィンスのことが大好きだから、たとえ酷いことをされたとしても、ヴィンスになら何されても嬉しくなっちゃうんです」
ヴィンスを見上げてそういうとヴィンスは「うっ」と小さく呻く。
ん?
私の腰に硬いものが当たっています……、これはアレですね。
「ヴィ、ヴィンス……?」
「あー……ごめん、クレア……また下着──」
「下着はもうあげません」
「え゛っ……」
ヴィンスがしょんぼりと眉を下げる。
「その代わり、あの騎士服を着たまましてくれるなら、一回だけ良いですよ」
ヴィンスの瞳がキラキラと輝いてパァァと顔が明るくなる。
「着る!! 着るから一回だけ!」
ヴィンスは着ていた服をさっさと脱ぎ捨てアシェルからもらった騎士服に着替えてくれた。
予想通り、騎士服を着こなすヴィンスは最高に格好良い。
アシェルには騎士服の中でも少し豪華バージョンを用意してもらった。白の騎士服に大きめな襟と袖口の折り返しには金の刺繍があって華やかな美形のヴィンスにはよく似合う。
「ヴィンス……! すごい格好良いです。すき、すき、大好き!」
きっと今私の目は完全にハートになっている。
私はベッドの上で着替え終えたヴィンスを観察する。
「クレアにそう言ってもらえるのはすごく嬉しいよ」
すぐにヴィンスはベッドに上がり、私の唇に啄むように口づける。
「ああっ、可愛い、クレア。早く抱きたい」
「いいですよ。私もヴィンスに抱いてもらいたい」
私が誘うように両手を伸ばすと、ヴィンスは私に覆い被さった。
そして私は騎士服を着たヴィンスと甘い甘い時間を堪能した。そして一回だけと言ったのに結局流されるように外が暗くなるまで睦み合った。







