「しかし、よく此処まで普通に来れましたね」
漸く心が落ち着いてきた頃、俺は菊にそう言われた。
「まぁ、帽子とグラサンとマスクで素顔隠してたし、敢えて人通りの少ない道を選んだからな」
あのきらびやかな世界を去った身とはいえ、素で歩くのは、自殺行為なんだぜ────俺はそう答えて、チョコレートブラウニーの一欠片をフォークで刺し、口に運んだ。
「日本でも有名ですからね、貴方は。何せ人気アイドルグループ『NAVY SKY』の、元メンバーですもんねぇ」
「有名なのは良い意味でか?悪い意味でか?」
「少なくとも、この国では良い意味で、ですよ。あの件で貴方を悪く言う日本人は、私が知る限りではそれほどいませんでした」
「…………そうか」
「いたとしても、そういう輩は貴方がどうであろうと一律にこき下ろしてくるようなろくでなしですから。気にしなくて大丈夫ですよ」
「…………ああ」
そうであるなら、この国での生活は、ちょっとは良いものになるかな────俺はそう思いながら、甘ったるくなった口内にコーヒーを流し込んだ。
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