異形蔓延るこの世界で旅をする
第1話 黒い影
「ここはもう、手遅れだったか……。」
焼け果てた一つの村を見ながら老人は一人ぽつんと佇み、そう呟く。
江戸時代、太平の世と言われたその時代だが、人々を襲う恐怖が新しく生まれた。
異形。それは実在する悪夢。主な発生源は不明。初めて確認されたのは関ヶ原の戦い。石田三成の陣地に突然現れた。それは西軍を裏切った大名達の兵3万を全て無惨に破壊した後、急に濃くなった霧の中に消えていった。他にも異形について分かっている事はあるのだが、それはいかんせん謎な存在である。
さて、話は戻って焼け果てた村。場所は薩摩のとある農村。その老人は生き残っている者がいないかを探すため、歩き出す。
「まだ生きている者が居るかも知れん」
そう呟いて……。
30分ほど村を見回った後、一つ大きな蔵を見つける。
それは少し村の離れにあって、森の中にあった。
「森の中にこんな蔵があるとは……中を見てみるか。」
鍵などは特にかかっていない。普通は盗人などから守るために何かあるのだが……。そんな事を考えながら扉を開け、中を覗く。人の気配はしない。そこにいるのは……
人を食い散らかす異形の姿であった……
「少し、遅れてしまったか……」
そう言って、鞘から刀を抜き取る。
異形がこちらの気配に気づいたのか、識別がつかない程ぐちゃぐちゃにされている人間を食べるのをやめ、ゆっくりと振り返る。
一つ目で牙があり、手や足は小さく一頭身。
それでも、人を恐怖に陥れる程の悍ましい姿の異形であった。そして、その異形は口を開き……
「ミルナァァァァァ!!ワタシヲミルナァァァァァ!!!」
と叫び老人に飛び掛かる。だが老人は身体を震わせる事もなく、無言でその異形を一斬り。
真っ二つに……その異形を斬り捨てた。
「他愛無い」
それだけ言って灰になっていく異形に背を向け、先程まで喰われていた死体を蔵の外へと運ぶ。
そして、埋葬するため、その死体を蔵から少し離れた木の下に埋め、合掌をする。
(どうか安らかに眠ってくだされ……。)
そう願い、その場を離れた。
仕事を終えた老人は熊本城の城下町を歩いていた。
(江戸とは遠く離れているが……かなり栄えているな。関ヶ原の戦いもあったと云うのに。)
その活気さに感心しながら、泊まることの出来る宿を探していた。
通りから少し離れた場所に最近作られた様な宿を見つけた。
戸をコンコンと叩いてみる。すると……
「は〜い!泊まる方でしょうか?って刀!?お侍さんですか!?」
元気な十代くらいの娘が出てきた。
「まぁ、そんなところです。部屋は空いてますか?」
質問を軽くいなし、早速泊まれるかどうかを尋ねてみる。
「はい!全然空いてます!お食事付きで150文です!」
元気にそう返される。食事付きで150文(現代の価値で言うと1500円ぐらい?)というのは非常に安い。しかも最近作られた様な宿でだ。ならば泊まるしかないだろう。最近は野宿も多かった事だし。
「それにしても、今時旅人さんなんて珍しいですね!」
部屋の案内をしてもらうために、少女について行ってるとそんな話題を振られる。
「おや、そうなんですか?」
そして、その話題が気になったので聞いてみる。
「はい。最近化け物の噂が町にあるんですよ。そのせいで観光客が減ってしまって……。」
「化け物……ですか。」
異形を殺している私にとっては聞いておきたい話である。
「なんでも、それは黒い影で、人を影の中へと引き摺り込もうとするのだとか。」
「なるほど……。」
異形である限り、実体はある。幽霊とは違うのだ。ただし影に潜む異形というのはあまり聞かない。
「そういえば、おじいさんの名前を聞いてなかったですね!お名前なんですか?」
確かに、名を名乗らないとはうっかりしていた。すぐに名を名乗る。
「平田……平田慈牧です。お嬢さんは?」
「私の名前は楓です!平田……じまきさん!よろしくお願いしますね!」
確かに苗字は武士しかつけれないから苗字呼びだと慣れないだろう。少なくともこの少女は私の事を慈牧と呼ぶことになりそうだ。
「っと……ここです!」
少女に案内された先はこれはまた綺麗な部屋であった。やはりこれで150文は安すぎやしないだろうか。
「綺麗ですね……。」
「ほんとですか!?ありがとうございます!」
相変わらず元気な子だ。そんな事を思いながら部屋に入り、荷物を置く。
「食事の時間になったら起こしてくれますか?」
少し移動に疲れてしまったので、少し仮眠を取ってから食事をしようと考え楓にそれを頼む。
「はい!任せてください!そういえば、刀は下ろさないんですか?」
なんだか、急な質問が多い気がするが……。そう思いつつも、楓に説明をする。
「武士にとって……刀は魂なのですよ。だから肌身離さず持っておくのです。」
そう言うと、楓は少しうろたえて……。
「そ、そんな大切なものだったのですね……!質問に答えてくれて、ありがとうございます!」
と言った。
「じゃあ、食事が出来たら呼びますね!」
「えぇ。お願いします。」
その言葉を聞いて、楓は部屋から出る。部屋に取り残された慈牧は……気配を消して楓の後をつける。
そう、平田慈牧が彼女と話して分かった事は……
確実に楓の影の中に黒い影の異形が潜んでいる事だった。
「ひっさしぶりのおっきゃくさん〜♪」
私は鼻歌混じりに台所へと向かう。黒い影が出るようになってからは、みんなが夜に外へ出るのを怖がって、誰もこの宿に泊まりに来る事は無かったけれどやっとお客さんが来てくれた。
元は両親が経営していて、私は手伝いをしていたけれど今ではもうすっかり一人ぼっち。
多分……黒い影の最初の被害者がうちの両親だ。現場にいた人によると、黒い影が急に影から飛び出てきて影の中へと引き摺り込んだしい。普通はそんな馬鹿な話あるわけがない。でも時々……下を向いて思ってしまう。引き摺り込まれたらどうなってしまうのかと……たまらず恐怖してしまう。
……いけない。せっかく私の作るご飯を待ってくれている人がいるというのに。
なのに……
身体が動かない……。
「タァアスケテ……クライクライ……オオオオオ」
聞いた事もない悍ましい声が後ろから聞こえてくる。
足が何かに掴まれる。
下へと……引き摺り込まれていく……。
「コッチ……コッチクラアアアアアイ……」
「……誰か…!助けて……!」
誰も来ないに決まってるのに……つい助けを呼んでしまう。
「慈牧さん……!!」
「間に合ったみたいですね。」
「え……?」
危なかった。もう少し遅ければ、間に合わなかったかも知れない。
とりあえず、楓の足を掴んで引き摺り込もうとしていたところは斬ったが……まだ終わってはいない。
黒い影が這い出てくる。それは体躯はおよそ7尺(2mぐらい)だろうか。それに首が非常に長いが人型。
これが黒い影の実体か……。
おそらく、身体の一部を斬れば実体化するのだろう。でなければ、わざわざ実体化する理由が分からない。
「クライ……アア、タス……タスケヲオオオオオ!!」
手を異常に伸ばしての攻撃……だが軽く受け流す。
「楓さん。とりあえず逃げてください。安全な場所まで。」
「じ、慈牧さんはどうするんですか!?」
「私はこの異形を狩ります。それが仕事なので……。」
「……詳しい事は後で聞きます!絶対生きて下さいね!」
絶対……
「分かりました。安心して下さい。」
「ニゲ…ニゲニゲニゲニゲタァなアアアアアア!!」
「ぬしの相手は儂だよ。」
異形に向かって言う。何故かは知らないがこの異形は楓の事を狙っているらしい。
だが…そんな事はさせない。
刀を構えてその黒い影の異形に向かって突撃する……!