『メイドになって』と言われた時から、
1ヶ月程も経った日、一通の招待状が届いた。
目の前にある少しばかりの大きさのある扉を、慣れた手付きで開けば今、ぼくの主人となっている者が優雅に…否、暇そうに座っていた。
「Bonjour、
今日の紅茶は何かな?」
「先日お話ししたものを」
「へぇ…、
あぁ、そういえば」
「はい」
「例の件はどうだい?順調?」
『例の件』とは、今回の標的でもある、
貴族の特権の復活を願う者たちによって、秘密裏に開催されている招宴のことであった。
本来、横浜に目的のあるぼくたちには、貴族の招宴など無関係のことである筈だが…、
『『『ありとあらゆる国の情報を、彼らはその手に握っている』』』と、
信憑性もあまりない小さき風の噂に吹かれて
計画の邪魔となる情報を握っているのか?
或いは、役立つ情報を握っているのか?
と此処へ、考えに賛同する貴族の1人として調べに来ていたのだ。
「…例の件と思わしき、
招待状が届いております」
「何刻?」
「明夜のようです」
「えっ、早いね!?」
「…主人様」
「…あっ…」
「どうされましたか?」
「…ぁ、いや、あのぉ…」
「…少し、寝室で休憩されては如何でしょうか?お部屋へ、ダージリンをお持ち致します」
「…そうするよ」
周囲にはバレぬ程度にこっそりと、何度目ともなる失敗の理由を問うてみたが、様子を見た限り、何か今回の事で不安があるようだった為、
一先ずは『これ以上失敗を繰り返すなら部屋に帰っていろ』と意味を十分に込めて寝室へ返した。
漸く標的の近くまで来たというのに、失敗を繰り返されれば任務の続行すらも危うい…今回ばかりは仕方がない、彼には大人しくしていてもらおう。
「さて、ダージリンの用意をしましょうか」
ぼくも次の仕事を進めるべく、
続くように扉へと足を進めた。
「危なかった…」
はあぁぁ…と、先程の失態によって出てきてしまった疲れを逃がすように、大きく息を吐けば、自然と力の入っていた体は、態勢を崩すように壁へと身を任せ倒れた。
「どうしよう」
さっきドスくんに言った「少しの不安」は、嘘でもあり本当のことでもあった。
『隠し事のできる相手ではない』と、当たり前の様に理解していながらも、嘘を言って隠したかった理由とは、ドスくんについてのことだったからだ…
私の大親友であるドスくんは、とても奇麗だ。
黒猫を連想させるような美しいノワールの髪と、少々痩せぎすではあっても体のラインがくっきりと分かる中性的な体、何とも妖艶なその姿に男女問わず惑わされる。
…であれば、今回の招宴ではどうなるのか?
きっとドスくんは、自分の身体すらも都合のいい手駒の一つからだと一般の感性とはズレた考えで、任務で何度だって利用してしまう。
男も女も、気になる情報さえ握っていれば何も関係はない。あの美しい体を見させて近付き、悪戯好きな小悪魔のように人々の感情を掻き乱し惑わせ自身の傀儡へと変えてしまうんだ。
そこまで考えてしまえば、嫉妬だとか独占欲だとかの感情で私の気持ちはぐしゃぐしゃだ。
……
「こんな任務、矢っ張り神威に任せていればよかったかなぁ」
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