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──妖精が、居た。
強風の音が木製の壁越しに聞こえる、今にも頭のてっぺんから足の爪先まで凍ってしまいそうな生死をかけた空間。そんな凍てつき地獄に、「妖精」は現れた。そして、上着を被り震える二人のうち片方は、扉の近くに佇む妖精を見て、大きく口を開けアホヅラを晒していた。
「お、おうい、なに、ンな顔してんだよおお」
その片方に声を震わせて話しかけたのは─売れなかった元シンガーソングライター、九海ギューヤだった。九海は本職であったシンガーソングライターの活動が上手くいかず、次の仕事に悩んでいる真っ最中、「片方」から登山のお誘いを何の危険も考慮せず受けた結果、現状に至っている。
「ぁ、あぁ、み、みえないのです、くか、あぁれ、が!」
恐怖と寒さに歯を鳴らし、九海に話しかけられたのは─女なのか男なのか数十年近く判明していない人間、ミア・ティ=ニットルコトル。ニットルコトルは見栄を張るのが非常に得意なもので、経験の浅い状態でハードな物に両足を突っ込んだ結果痛い目に遭うことがしょっちゅうある破天荒野郎で、今、二人して山小屋に身を籠らせている原因の九割を、彼(もしくは、彼女)が担っている。
そんな二人を、寒さをものともせずふよふよ浮いて眺めるのは「妖精」だった。
蜻蛉羽模様の大きい4つの羽、色白い肌に乗る桃色に染った頬。光沢感を見た目から感じさせる金髪をなびかせる彼女は、山小屋に現れてはふよふよと体を浮かせていた。しかし、それは九海には見えないようで、ニットルコトルが、急に何かに其れに怯えているとしか九海には捉えられない。九海が”そういったもの”に鈍いのか、もしくは、ニットルコトルがパニックで幻覚を見ているのか。前者が後者か真相は託され、ついでで荒れに荒れた吹雪に包囲されている山小屋。
「ようぉおお、よおせい、がががぁっ!!ぃいぃ、いるのですよぉお」
「ななな、何を言ってんだあ、お前はぁあ!?」
妖精は、こりゃあ面白いことになりそうだ、と悪戯心を忍ばせて口を開けば、ゆっくりと、優しく子に語り掛けるかのように人間の言葉を話し出す。
「…ねぇ、私と。交渉、しない?」