仏英
「ティータイムに託けて」
いつもの服装に、木に特有のストライプがちらつく金が煌めくステッキを片手にカフェへ入る。
そこにはいつの日も、日々悶々と想い続けている国がいた。
彼はいわば濃霧のような人だ。
近づけど近づけど遠のくような気がするのに、嫌いになろうと距離を取れば近づいてくるような気がする。そこにあるはずなのに幽霊みたいに自由で薄ら薄らで、きっと皆に同じような距離感の国。
いつもは近づけないけれど、戦争の時だけは懐に潜っても「首を捕る為」と言い訳ができたから、彼との戦時下が好きだった。
いくらガラスが刺さろうが、銃創ができようが構わなかった。血は私を美しく際立たせた。
でも彼からの軽蔑の目はずっと残って消えはしなかった。その目を見てからは遠距離戦を好むようになった。彼を見るだけでも私は幸せだったから。
でもいくら百年戦争が起きようと、侮蔑の目に苛立とうと、その魔性なほど端正な顔に傷をつけることはこの先もきっとできない気がする。
彼への思考を巡らす間に、彼から一番遠い、テラス席で紅茶を頼んでいた。彼が気に入っていると聞いて、無意識でもそのくらいはできるほどに通い詰めてしまった。
きっとこの思いは不可能なものだ。彼の中に存在しない不可能。
もしこの恋で彼にも私にある不可能を宿せたならきっと、無駄にはならないと思いたい。 まず近寄る機会すらないのだが。
時間潰しに葉巻を取り出そうとポケットに手と目をやる間に、モノクル越しの眼前には先ほども言及した彼がいた。そう、フランスだ。
🇫🇷「Bonjour、葉巻なんてお古い子だね」といつもの人誑しな、垂れた長い白まつ毛の目でこちらを見つめながら言う。特別なわけでもないのに鼓動が跳ね上がる。とことんずるい人だと私は思った。
🇬🇧「あら、そう言うなら経験豊富な紳士と言っていただきたい」天邪鬼な口が災いして皮肉の欠片もない言動を投げ返す。
如何にもこうにも上手く行かないから、私は正直恋愛とか肉体関係とかの経験は浅い。それ以外には自信がある方だが、恐らく彼の方が経験豊富だろう。色々と。
頰が知らぬ間に赤らんでいく。それを彼は覗き込むみたいに近寄って、
🇫🇷「あはは、照れちゃって…そんなに僕が好きなの?」
図星を突く発言にポーカーフェイスも崩れていく。想像以上にこの想いは知られていたようだ。
🇬🇧「…冗談で好きか聞くなんて貴方もひどい方ですね、まったく…」
白いベールを重ねたようなシルクの手套で顔を覆う。今の時期に似つかわしくない顔の熱さに自分でも驚愕した。
下を向いて顔を赤らめる私を予想外とでも思ったのか、片手になんとか持っていた葉巻ごと手を握って彼は言う。
🇫🇷「その想いが本当か、試させておくれよ、不実なアルビオン?」
ちゅっとキスが落ちる音がした。顔中熱くなって視界は歪んで、恋とはなんとひどいものだろう!
🇬🇧「…いまはげんだいです、ばか…それに、」
🇫🇷「それに?」
🇬🇧「…ちゅうもんのこうちゃ、まだいただいておりませんから…」
🇫🇷「…ふふ、そうだね、ごめんよ」
その日飲んだ紅茶はいつもより甘い気がした。その日ほどちまちま飲んだ飲み物はなかったと思う。
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