「ワタシ……ノ……ヨメ……ドコ……?」
魔物がくぐもった声で繰り返す。
「……え?」
萌香は顔を引きつらせたまま、震えるように後ずさった。
「嘘……よね……?」
目の前の異形は、今まで見た魔物よりも異様だった。体の形を定められず、霧のように揺らぎながら、時折人の姿に似たものを作り出す。しかし、その歪な人影には表情がなく、口らしきものが蠢くだけだった。
「おい……まさかとは思うが……」
サブが呆然とした声を漏らす。
「萌香の旦那……って、コイツか?」
「んなわけ……ないでしょ……! だって、彼は貴族なのよ! ちゃんとした家柄の! 人間の! 魔物なんかになるはずがないわ!」
萌香は必死に否定するが、目の前の魔物は確かに「嫁」と呟いている。
「……いや、普通はそう思うわな。」
みりんが低く呟いた。
「けど、なんでコイツが”嫁”って言葉を知っとるんや?」
「そ、それは……!」
萌香が言葉を詰まらせる。
「あり得ないわ……! 彼がこんな……化け物になんて……!」
「それ、ホンマに”あり得へん”んか?」
みりんが冷静に問いかける。
「ここは”アバロン・オブ・ラグナロク”や。普通に生きとるやつが、普通に死ぬ世界やろ。魔物がどうやって生まれるかなんて、誰にもわからへんで?」
「……っ!」
萌香は唇を噛み締めた。
その間にも、魔物はぐにゃりと形を歪めながら近づいてくる。
「……ヨメ……」
まるで、求めるように、萌香へと手のようなものを伸ばした。
「……ッ!」
萌香は反射的に後ろへ飛びのいた。
「……逃げるのか。」
サブがぼそりと呟いた。
「……え?」
「もし、そいつが本当にお前の旦那だったらどうする?」
「……私は……!」
萌香は拳を握りしめる。
「私は……そんなの、信じない!!」
叫ぶように言い放った。
「彼は貴族よ! 私の夫よ! こんな……こんな化け物になんて、なってるはずがない!!」
だが、魔物は何度も繰り返した。
「……ヨメ……ヨメ……ヨメ……」
まるで、必死に何かを訴えるように。
「萌香。」
みりんが、冷たい目で萌香を見た。
「現実見ぃや。」
「……え?」
「信じたない気持ちはわかる。けどな、もし本当にコイツが旦那やったら、どうするんや?」
「…………」
萌香は何も言えなくなった。
「もし旦那やったら……助けるか? それとも、殺すか?」
みりんの問いに、萌香は言葉を失ったまま、魔物を見つめた。
その時──
「アァァァアアアアア!!」
魔物が突如、苦しげな叫び声をあげた。
黒い霧のような体が大きくうねり、裂けるように変形する。
「な、何!?」
サブが剣を構える。
「……旦那、か。」
みりんも剣を握りしめながら、小さく呟いた。
「もしそうなら……”元”旦那として、覚悟決めるんやな。」
魔物の身体が大きく膨れ上がり、やがて全く別の姿へと変貌していった──。
コメント
3件
話の展開おもろいな
👏(・∀・) おもしろい!