透明サマーメモリー
7月19日
「あんた、また忘れ物したの!!!」
今日は7月19日。夏休み初日というめでたい日だというのに、素晴らしい夏のはじまりは母の怒号からだった。
「お母さん恥ずかしいよ!夏休みの宿題忘れたって、あんたは馬鹿かいな!!今すぐとってきんさい!!!」
私のせいとはいえ、あまりのビックボイスに頭痛がする。いや、頭痛がするのは、先程まで食べていたかき氷のせいかもしれない。
せっかく素晴らしい休みの幕開けだというのに、我が家の鬼は中学生の心を理解してくれない。
「……今日は疲れたから明日でいい?」
「今行きなさい!!!!!」
頭痛はさらに悪化した。全て私のせいと言えば終わりなのだが。
こうなっては仕方ないので、忘れた社会の課題を取りに行くことにする。
食べ終わったかき氷の紙コップをゴミ箱に捨てて、そこら辺に放り投げた自転車の鍵を探して、玄関に向かう。
「いってきまーーす」
「はぁい、早く帰ってきんさい!!」
私は早くこの鬼のそばから離れたい一心で、勢いよくドアを閉め、自転車にまたがった。
「見つかってよかった……」
社会のプリントを握りしめながら、全力自転車を漕ぐ。1秒でも早くティックトックがみたい。
「……?なにあれ?」
ふと視点をあげると、道路の先に白いもやもやとしたものが見えた。
見間違えかと思ったが、「ソレ」は近づくとともに輪郭がはっきりとしてきた。
「……!?」
「ソレ」の正体に気づいたとき、あまりにびっくりして急ブレーキを踏んだ。
「おおい、危ないぞ!!!」
後ろからの自転車から大声がした。
「すっ、すみません!!」
この時点で私はかなり衝撃を受けているが、前を通り越した自転車で二度驚いた。
自転車はまるでその存在にすらに気づかないように、「ソレ」のまんなかを突っ切っていった。
「やっぱり……」
「ソレ」の正体は、色白な少女だった。
おそらく小学校高学年くらいの、ポニーテールの女の子。白いワンピースを着ていて、手には何故かダサすぎる色合いのブレスレットをしている。そして、すこし悲しそうな表情をしていた。
これを読んでいる読者諸君はお気づきだろうが、間違えない、世間一般でいう「幽霊」というものだ。
「あー、疲れてんのかな、あたし。たしかに最近勉強頑張りすぎてたかもなー、アハハ」
私は一度雲ひとつない青空を見上げて、自分のすこし汚れつつあるスニーカーに視点をおとして、もう一度目の前の情景を眺めた。
間違いない。「ソレ」はそこにいる。
非常に困った。当たり前だが、学校では幽霊に遭遇したときの対処法など教わっていない。もちろん友達にも家族にもだ。
一番困るのが、自転車が通る歩道を少女が塞いでいるせいで、家に帰れないということだ。
帰りたい。そのためにはどうすればいいのか。
私は今までで1番の愚かな行動に出ることにした。
「ねぇ君、どうしたの?迷子?」
私はこの時以上に人通りの少ない道であることを感謝したことはない。(おそらく)他人には見えないものに話しかけている中学生がいたら、精神科送りにされてしまう。
幽霊(それ以上のよい呼び方が見つからないため、こう表記させて頂く。)少女は私の声に反応し、頭上を見上げた。
「おねえさん、私が見えるの?」
幽霊のテンプレートみたいなセリフに笑いそうになりながらも、少女とコミュニケーションを図る。
「うん、みえるよ。お名前はなんていうの?」
「……わかんない、死んでからしばらく経っちゃってるから、覚えてない。」
前言撤回だ。幽霊としか言いようがないと言ったが、この子は本物の幽霊だった。
「お姉さん、私が怖くないの?」
「いや、全くだよ。むしろ困惑が勝つかな。」
「ふうん……」
当然のことだが、幽霊にはじめて出会った幽霊初心者の私には、どう接していいのか分からない。
「幽霊ちゃん、ここを通りたいんだけど、移動したりはできる?」
「したいんだけど、幽霊は自分自身が見える人に憑いていくしか、移動手段がないの」
あまりに神様の設計ミスすぎる。人間としては迷惑極まりない。
「助けてあげたいけど、とり憑かれるのは少し困るかな……そうだ、他のみえるひとにすぐ乗り移ってもらえば!!」
「特定の幽霊が見える人って、その大切な人とら100億分の1とかの中の一人だけらしいの」
待ってくれ、確率が奇跡すぎないか?
「はぁ……遠回りの道で帰るしかないのかな」
なんだか幽霊に申し訳ないが、ここから20分くらいかかる別の道を選ぶしかないかもしれない。
「ごめんなさい……でも、私成仏したらすぐいなくなるの。」
「成仏って……私そんな凄いことできないよ」
「簡単なことだよ!私、現世に忘れ物しちゃったの。 それを探したらすぐいなくなるから、あの…… 」
助けてほしい、ということだろうか。
助けてあげたい気持ちもあるが、助けてしまったらこの夏だらだらする計画が台無しになってしまう。
しかし……しかし…………
「……分かったよ……」
夢のゴロゴロライフと天秤にかけても、少女の悲しそうな顔は、なんだか耐えられなかった。
「ほんと!?やった!やった!!お姉さん、ありがとう!!!」
少女は飛び跳ねて喜んでいる。実に可愛らしい。幽霊なんだけど。
「自転車は手で押しながら帰るか……そうだ、心当たりのある場所とかある?」
「うーん…… 清風神社 とか……?」
最悪だ。清風神社は、とても遠い山道を昇った場所にある。体力のない私が耐えられるか……冷や汗が出てきた。
「お姉さん強そうだし、きっと大丈夫だよ!!」
私の心を読んだみたいに、少女は笑った。私は全く大丈夫ではないが、とりあえずうなずいておいた。治ってきた頭痛が悪化した気する。
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───こうして 私の夏は、口の中に少し残ったかき氷の味と、いまだ治らない頭痛と、ヘンテコな幽霊からはじまったのだ。
コメント
5件
はい神つづきまってるからな
多分続かない