テラーノベル
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蒸し暑い和室の中、お経と木魚の音だけが流れる。
顔も知らない御先祖様のために、見かけだけの合掌をする。
お盆だとか回忌法要だとか、親戚が集まる時は大抵面倒なことが多くて退屈だ。同意を求めるように隣に視線を向けると、同じようにつまらなそうにしている弟と目が合った。
『抜け出さない?』
目配せすると、言は母さんの肩を軽く叩いて何かを伝えた。母さんが頷いた後、遠慮がちに立ち上がって、あくまで「弟が兄を連れていく」という体で僕の手を引っ張った。
手洗いの場所が分からないとでも言ったんだろうな、なんて思いながら靴を履いて、音を立てないよう外に出ると、蝉の声がうるさく鼓膜を叩いた。
着慣れた制服の第1ボタンを開けると、少しばかり涼しくなった。
言は手で自身を扇いでいるけど効果は無いらしく、いつもより紅潮したその頬によく分からない胸の高鳴りを覚える。
焦がすような日差しが眩しくて_本当は言を直視していられなくて、思わず目を細めた。
暑いのに1つのベンチにくっついて座って暫く経ち、徐ろに言が口を開いた。
「…ねえ、僕が死んだときもこうやって抜け出してね」
「…え?」
暑さで僕の耳がおかしくなったのかと思ったけれど、どうやらそうでは無いらしい。いつもなら発言の意図など考えなくとも分かるのに、今は言の心境が全く読めない。
蝉は変わらずうるさく鳴いているのに、その音すら耳を通らずただ沈黙が流れた。
どういうこと、と尋ねると、言は「問は僕の死に顔なんて見れないでしょ」と見透かすような瞳で僕を見つめた。
返す言葉が見つからなくて黙りこくっていると、触れていた熱が離れる。
言は確かに僕の目の前に立っているのに、ひどく遠く感じる。
神隠しの伝説を思い出した。
いくつもの説が存在するが、いずれも子供が行方も分からず忽然と姿を消すというもの。
でも、その原因が神なんかじゃなく、自分の意思だったら?
急に恐ろしくなって、僕も立ち上がって言の手を握った。
「っ言っていいことと悪いことがあるでしょ」
「…問、僕のこと凄い好きだよね」
なんて顔してんの、と指を絡めて手を繋ぎなおされる。
それを言いたいのはこっちだ。何で、言がそんなに泣きそうな顔をするんだよ。
困ったように微笑むその瞳は暗く、やっぱり読むことはできなかった。
コメント
2件
マジでこの方の作品大好きすぎます!! 言葉づかいが綺麗すぎるし、二人の心情とか…もう………本出して欲しい……。いろんな方のを見てきたけど、一番好きかも……