プロデューサーは作家と一緒に作品をつくる存在〜韓国制作のウェブトゥーンがグローバルでヒットする理由

「ピッコマ」「LINEマンガ」「めちゃコミック」など、韓国を源流とする縦読みマンガ(ウェブトゥーン)市場が活況だ。

いまやグローバルを席巻しかねないムーブメントになっているウェブトゥーン業界で、『復讐の毒鼓(ふくしゅうのどっこ)』『ゴッド オブ ブラックフィールド』などの大ヒット作品を生み出したのが、韓国のウェブトゥーン制作会社「Toyou’s Dream」だ。今回は、その日本市場開拓を担う「TOYOU STUDIO JP」の代表取締役キム・ヒョンジョを訪ねた。

「テラーノベル」代表取締役CEOの蜂谷宣人との対話で浮かび上がってきたのは、韓国ウェブトゥーンの隆盛に深く関わったキムの超効率的制作システムと、日本での原作調達に踏み切った熱い思いだった。

2014年、韓国ウェブトゥーン市場はまだ小さいものだった。多くが完全無料で読める体制でサービスを展開しており、大手「レジンコミックス」や「ポドツリー(現・カカオページ)」がポツポツと有料販売を開始したばかりで市場規模はまったくの未知数。すべては手探りの状態だった。

韓国の「DAOU Tech., INC.」でゲーム事業を展開していたキム・ヒョンジョは、複数のウェブトゥーンストアを所有する「KidariStudio, Inc.」に移籍。そこで、コンテンツソーシング先の「Toyou’s Dream」と関わるなかで、大きな可能性を見出した。

ひとつのIP(作品)で、映画、ドラマ、アニメなどにメディアミックス展開ができるウェブトゥーンの特質。物語の完結を待つことなくグッズ展開が可能なことなどを含め、キムには、従来の常識では考えられない無限の事業可能性を秘めているように思えたのだ。

2017年、キムはその予感が的中したことを実感した。ウェブトゥーン市場が8,000億から1兆ウォン(1ウォン=0.11円で換算すると、約902億から約1,128億円)を超える規模の市場になるというKT経済経営研究所のリサーチ結果が発表されたのだ。

(左)蜂谷宣人 テラーノベル 代表取締役CEO 、(右)キム・ヒョンジョ 「TOYOU STUDIO JP」 代表取締役

韓国のエンタメ業界を牽引するウェブトゥーン、その黎明期

蜂谷:キムさんはリサーチ結果が出たのとほぼ同時期に、KidariStudio, Inc.を辞めて、TOYOU STUDIO JPを設立しています。その理由を教えてください。

キム:韓国のウェブトゥーン・シーンはブームを生み出そうとしていましたが、足下では作家の数が少ない、絵柄に多様性がないという課題を抱えていました。制作自体も個人のマンガ家が描き、個人でアシスタントを雇うことが一般的だったのですが、それでは市場規模にとても追いつきません。

クオリティを担保しつつ、もっと早く大量の作品を生み出せという市場の欲求が、日に日に肥大するばかり。そうした課題を解決するために、作家をサポートし、プロデュースと分業によって、より早くクオリティの高い作品を生み出すウェブトゥーンスタジオの構築が急務となりました。

そこでウェブトゥーンを効率的に制作する改革を行うTOYOU STUDIO JPを、Toyou’s Dreamのユ代表とともに設立したのです。

蜂谷:韓国のエンターテインメント産業は、映像だとJTBCとCJ ENM、ウェブ小説・ウェブトゥーンではカカオ、ネイバーがリーディングカンパニーでしょうか。近年ネットフリックスの影響でウェブトゥーン原作のドラマが増えており、売れる原作を主に映像会社から探す動きが加速していると把握しています。

ウェブトゥーンスタジオは、具体的にどのようなビジネスを展開しているのでしょうか。

キム:スタジオ事業は、①版権を売る ②制作に共同出資する の2パターンがあります。例えば韓国ロッテシネマで興行収入1位になり、約3,000万人が視聴したNAVER WEBTOON原作のファンタジー・SF映画『神と共に』は①に該当します。

この作品のメガヒットは韓国エンターテインメント界の意識を大きく変えました。年に1度シリーズを公開していく、さながら米国のマーベルのような形式で映画を生み出す可能性を誰もが感じたからです。

一方、TOYOU STUDIO JPは②のパターンで事業を行っています。プロデューサー(企画・コンセプト、ストーリー・キャラクターメイク、編集・監督などのスタッフィングを決定するプロデューサー/ディレクター。以下PD)を立て、作家とともに作品をチームで制作しています。

『復讐の毒鼓』『ゴッド オブ ブラックフィールド』、ヒットの理由と制作ノウハウ

蜂谷:TOYOU STUDIO JPが手がけた代表的なヒット作品に『復讐の毒鼓』と『ゴッド オブ ブラックフィールド』がありますが、その理由を教えていただけますか?

キム:どちらもToyou’s Dreamのユ代表がプロデューサー(企画・コンセプト、ストーリー・キャラクターメイク、編集などを行う。以下PD)を務めた作品です。『復讐の毒鼓』はアクションに味のある作家でしたが、絵柄が不安定でした。作品のヒット予測は不可能だったのですが、プロデュースの力で見事ヒットさせることができました。

一方、『ゴッド オブ ブラックフィールド』は、原作がメガヒットしていたので、するべくしてヒットした作品だといえます。

蜂谷:こうした韓国でのヒット作品は、日本やグローバルでの大きなヒットにも結びついていますが、キムさんが考えるウェブトゥーン制作の秘訣を教えていただけますか。

キム:必須条件は、絵になるイメージが湧く作品であることと、自由に脚色ができることの2つです。さらにヒット作を生み出すには、以下の4つの項目が重要だと考えます。

1. 「ヒットの型」

原作小説を使うということです。小説が完結していれば、PDも結末を知ったうえで展開を設計でき、作品のクオリティを高めることができます。

2. 「データ活用」

原作小説はすでに公開されているので、プラットフォームからデータ提供を受けることで、ウェブトゥーン化の時点で対策を取ることができます。

基本的な性別、年齢、職業などのデモグラフィックデータやトレンド情報だけでなく、作品を読んでいる時間帯、読者が離脱する展開などもデータから分析します。分析結果をもとに今後の選ぶべきテーマ、展開を考えることができるのです。

3. 「制作システムの進化」

TOYOU STUDIO JPでは、PDをメインとサブの2名体制にしています。メインが全体のプロジェクトを管理し、サブがそのフォローを行う仕組みです。作品に対する意見交換が行われ、結果的に内容が自然と洗練されるようになります。韓国では週刊連載が中心なので、毎週フルカラーで60〜70コマを安定して配信しなければなりません。1人体制ではとても手が回らない実情もあります。

まだ試験段階ですが、今後は人だけでなくAIの活用も考えています。現状、背景の下塗りは人間が行うものと比較して8割の精度で行えるまで進化しているので、来年には導入したいですね。キャラクターもAIに学習させて、描けるようになる日が来るのではないでしょうか。

ただそれでも原作小説のストーリーや世界観など、人が作らなくてはならない部分は必ず残るとは思います。

4. 「作品ストックをつくってからローンチ」

日本では第1話が完成したらすぐに配信を開始する傾向がありますが、韓国では2年後のローンチに向けて作品をストックする方式が主流です。その2年の間に充分な時間をかけて作品をブラッシュアップして、ヒットの確率を高めていくのです。

ある程度の話数をまとめて配信するほうが良いのは、まだ全体像の見えない初期段階で読者の反響を受けると、ときに野次のような意見にも作家が左右されてしまうからです。全体のバランスやストーリーが変わってしまい、作品のクオリティが下がることにもつながりやすいので、世界観を構築する作品数をあらかじめ確保しておくのです。

日本での原作小説調達を考えている理由

蜂谷:キムさんは、日本で原作(小説)を調達したいと考えていると聞きました。それはなぜですか?

キム:韓国のウェブトゥーンは1.5兆ウォン(1ウォン=0.11円で換算すると、約1,690億円)産業で、対する日本は7兆ウォン(1ウォン=0.11円で換算すると、約7,890億円)規模のマーケットをもっているからです。とくに期待しているのは推理小説(ミステリー)分野。実際に世界で、いちばん推理小説が書かれ、読まれているのが日本なのです。

もちろん「面白いこと」「独特であること」「グローバル展開できること」「メディアミックスができること」という条件はありますが、日本のクリエイターには大いに期待しています。

蜂谷:作品のヒットの確率を上げるシステム、作品の全工程を理解してプロデュースするPD、最初からグローバル視点で制作する考え方は、日本の漫画制作の現場では主流ではない印象です。ウェブトゥーン業界自体を理解している人間も少ないと思います。

その結果が、日本でヒットした作品が韓国でヒットするよりも、韓国でヒットした作品が日本でヒットすることのほうが多い現状につながっているのではないでしょうか。日本のミステリー小説が、そうした韓国発のグローバル視点やプロデュース力を得ることで、どんどんヒットする未来に期待しています。

キム:もちろんすべての作品がヒットするわけではありませんが、確率は高められると私も思っています。ただそのためには、日本のウェブトゥーンPDをもっと育成する必要があると思っています。

以前、日本のマンガ編集者を雇ったことがあるのですが、ウェブトゥーン業界を理解してもらうことに非常に苦労しました。そのため、いまはウェブトゥーンに興味がある”未経験者”の採用に特化しています。

ウェブトゥーンのPDは、韓国では新卒(大学卒)で志望する人も多く、スクールやインターン制度も充実しているほど評価の高い職種です。

私の感覚としては、日本のマンガ編集者はサポートがメインですが、PDは、作品を一緒につくる存在です。作家:PD=50:50(フィフティ・フィフティ)。PDの意見もまた、作家と同じレベルで作品に反映されるのです。

蜂谷:最後にTOYOU STUDIO JPの将来展望をお聞かせください。

キム:今後は日本ファーストでウェブトゥーンのプロデュースをしていくことも考えています。まず日本で配信し、その後に韓国、グローバルへ拡大してメガヒット作品を生み出していきたいのです。北米やドイツ、フランスなどのヨーロッパ諸国などでウェブトゥーンがブームの兆しを見せています。私たちも日本原作の作品を、世界でヒットさせたいと強く思っています。

キム・ヒョンジョ
韓国・DAOU Tech., INC.でゲーム事業を展開後、ウェブトゥーン事業に進出。KidariStudio, Inc.を経て、Toyou’s Dream とともに2022年 06月にTOYOU STUDIO JPを設立。

蜂谷宣人(はちや・のぶと)
テラーノベル代表取締役CEO。大学院卒業後、ディー・エヌ・エーに入社し、エンジニアとしてモバゲーの開発を行った後、グループ会社にてメディアのサービス開発や新規事業立ち上げに従事。その後、ゲーム配信プラットフォームのミラティブを経て、DMMグループに参画。日本のエンタメコンテンツ産業のポテンシャルを確信し、テラーノベルをMBO。