Netflixランキング1位の『六本木クラス』『社内お見合い』を手掛けた敏腕プロデューサーが語る、ヒットの作り方

2024.02.06

昨今の映像コンテンツ業界ではNetflix発の作品が多く話題になります。Netflixではオリジナルコンテンツに年間の売上高の半分以上ともなる100億ドル(約1.3兆円)以上も投入しているといわれています。ひとつのシリーズ作品を制作する際に「ヒットするコンテンツで重要なのは原作」と語るのは、Kross Pictures CEOのキム・トーマス (Hyunwoo Thomas Kim)さん。トーマスさんは韓国出身でありながら、日本、アメリカのロサンゼルス、インドのムンバイにも拠点を持ち、映画・ドラマプロデューサー及び映画・ドラマ製作会社の経営者としても活動しています。ヒット作品を作り出すのに必要な要素とは。テラーノベル代表取締役の蜂谷宣人が聞いていきます。

日、米、インド、韓国を股にかけて活躍するプロデューサー

蜂谷:まず、トーマスさんについて、お伺いしたいです。これまで、どのような映画やドラマを手掛けられてきたのでしょうか?

トーマス:私は米国で映画制作会社「Kross Pictures」を経営しながら、自身も制作プロデューサーとしてさまざまな作品に携わっています。手掛けた話題作は、東野圭吾さんの小説『容疑者Xの献身』のインド版と中国版の映画や、11月にリリースされた日本映画『ナックルガール』、『梨泰院クラス』の日本版ドラマ『六本木クラス』、韓国ドラマ『社内お見合い』などでしょうか。アメリカのロサンゼルス、韓国、日本、それからインドのムンバイにも拠点を置いて映像作品を手掛けています。

蜂谷:もともと映画やドラマのプロデューサーを志していたのですか?

トーマス:いえいえ、紆余曲折がありましたよ。プロデューサーになる以前は金融機関で働いていました。

私の生まれは韓国ですが、父親の仕事の都合で小学校から数年はアメリカのNYで過ごしていました。その後、韓国の大学を卒業してから米系投資銀行に就職し、香港や日本で6年弱働いています。そこから、MBAを取得するために再度米国の大学院に通ったのですが、金融のMBAの授業に身が入っていなかったのでしょうね。その時の教授から「トーマスが本当に好きなこと、ワクワクすることは何?」と聞かれたのです。投資銀行に勤めていたのでもちろん金融に対しての想いはあるのですが「思い返してみると、自分が本当にしたい仕事は映画やドラマに関わることだったんだ」と気がついた。そこでハリウッドのウォルト・ディズニーの門を叩き、プロデューサーとしての経験を積み、現在に至っています。Kross Picturesを立ち上げて最初の仕事は日本のテレビ局からドラマ『101回目のプロポーズ』の版権を買い、ハリウッドでリメークすることでした。

蜂谷:なるほど。金融業界からプロデューサーへの異例の転身だったのですね。しかし、その決断力、行動力があったからこそ、ヒット作品をプロデュースできているのかもしれませんね。

映像化作品の良し悪しはほぼ“脚本”で決まる

蜂谷:ちょっと素人質問かもしれませんが、映画プロデューサーとはどのような役割なのでしょうか?

トーマス:プロデューサー業は大きく「企画」と「制作」に分かれます。どんなものを映像化するか原案から脚本を作り、キャストや監督、撮影スタッフを手配していく企画プロデュースと、実際に脚本を元に撮影をして編集をしていく制作部分です。制作は動きが見えやすいですが、原案を元に誰かに脚本を書いてもらい、監督やキャストや撮影クルーを決めていく企画開発は非常に長く、下手をすると数年単位の期間がかかったりします。話題作になるためには、目玉となるスター俳優に出演を依頼しなければなりません。原作がある場合には原作者に映像化の交渉に行きますし、オリジナル作品の場合は本当にゼロから作っていきます。

Kross Picturesには3か国20人のスタッフがおり、原作からどう脚本を練っていくかと実際の映画制作に尽力をしています。

蜂谷:トーマスさんにおいて、ヒット作品を作るために大事なことは何でしょう?

トーマス:ズバリ、原作ですよね。原作の時点で面白くない作品は映像化しても成功する可能性は低いと思っています。

人が心を動かされる根本の要素は国籍関係なく普遍的だと思います。例えば、友情、家族愛、恋愛関係、背信、恐怖などは「このあと、どうなるの?」と視聴者の興味を惹きつける。ただ、国によって文化が違いますから、そのコンテクストをしっかり脚本にも反映しなければヒットはしないのだと思います。

原作においては、作品のウリである”セリングポイントがあるか?”細かく見ますね。同じ構造のお話はどうしても視聴者も既視感を抱いてしまいます。脚本の段階で、面白さと唯一無二なポイント、アクセントをどこに置くかを見ます。

ですから本当に原作が大事ですね。以前手掛けたある作品では、1度書いてもらった脚本がどうしても面白くなかったので、再度数百万円かけ、別の脚本家を数人立てて作り直したことがあります。物語のあらすじに沿っていても、セリフ回しや映像の状況が合っていなければ滑稽に映ってしまうもの。うまくセリングポイントを表現できていなければ、観た人は「二番煎じの作品だなぁ」と思ってしまいます。

これから文化的に成熟する国インドに進出する理由

蜂谷:Kross Picturesはインドに進出していますよね。その理由について伺ってもいいですか?

トーマス:インドは他の国と比べても人口が14億人と規模が桁違いです。毎年2000万人が出生する国でもあります。一方でひとりあたりのGDPは年間約2,500ドル(35万円ほど)とまだまだ規模が小さく、国全体の平均年齢も27歳と若い国です。これから、GDP規模が大きくなり文化的に成熟していくことが予測されています。

振り返ってみると、80年代の韓国はまだGDPが低く、映画やドラマを観る人も少ない状況でした。そもそも町に本屋さんがあまりなく、小説などノンフィクションの作品を読む人が少なかったのです。ですが、ここ30年でGDPも伸びて、文化的にも成熟してきました。その後の韓国のコンテンツ産業の隆盛はみなさんご存知のことでしょう。同じことがインドでも起こる可能性を秘めています。インドで映画事業を行うことでメガヒットを打てる可能性があるのです。

蜂谷:確かに、最近だと新海誠監督の『すずめの戸締まり』もインドでヒットしましたし、ビジネスの可能性を実感します。インドで映画ビジネスを行うことの難しさについても教えてください。

トーマス:コンテンツIPに対しての著作権への意識は残念ながら低いですね…。ヒット作のシチュエーションや脚本の流れを剽窃(ひょうせつ)する作品も少なくなく、全体の意識も低いためにどれが盗作なのか理解せずに見ている人も多いです。また、インドは言語数も多く、人口が14億人といっても公用語であるヒンディー語の話者は4億人程度です。北と南では言語も文化もまるで違います。ですから、ヒンディー語版の映画をインドでリリースしたからといってもインド全土をカバーできるわけではなく、別言語で盗作されてしまうとお手上げだったりします。

当社も悪質なものには、いくつか訴訟を起こして対応しています。徐々に良くなっていってはいるので、今後は個人の倫理観の醸成を待つかたちかとは思います。

いい物語をどうやって見つけるかがカギ

蜂谷:プロデューサーとして20年ほど活躍するなかで、ヒット作の世相の変化など感じる部分はありますか?

トーマス:コンテンツにとってすごく相応しい環境が整ってきたと思いますね。以前は国と国との距離が物理的にも心理的にもあったので、グローバルでヒットする映画作品は少数だったと思います。現在ではインターネットがあまねく世界に普及しており『Netflix』や『Amazon Prime Video』などの動画配信サービスで、世界同時配信が可能な時代になっている。韓国の作品を原作に、インドや日本でコンテンツが制作されるクロスボーダーな戦略が取りやすくなっています。弊社が制作した『ナックルガール』や『Jaane Jaan』(インド版の映画『容疑者Xの献身』)が良い例です。

ある国でヒットした作品を、脚本やキャストを現地版にローカライズして整えて改めて配信するという時代になっていますね。日本も韓国も、小説、漫画、アニメ、ウェブトゥーンなどのコンテンツに強い国です。読み手の需要が多く、書き手もたくさん育っていると思います。昨今の韓国はウェブ小説とウェブトゥーンが強くなっています。これはスマホが普及してひとり1台が当たり前になり、学生たちも「ドラマを書きたい」と思っているから。文系のトップは公務員や銀行員になりたいとは思っておらず、そういった才能をもっている方がどんどん業界に参入して面白いコンテンツを作りつつある状況になっています。私は90年代に日本に来た際「みんな電車で漫画雑誌を読んでいる!?」と驚きました。その裾野が韓国でも広がって、才能を押し上げているように思います。

ですから、書き手にリスペクトが集まると自然と良い作品が集まってくると思いますよ。私もそういった作品を見つけて、映像化を今後も育てていきたいと思っています。

蜂谷:今日は非常に面白いお話をありがとうございました。

キム・トーマス(Hyunwoo Thomas Kim)
Kross Pictures Co-founder, President & CEO
1973年、韓国ソウル生まれ。延世大学校(韓国)及び早稲田大学院卒業。1980年代に渡米し、ゴールドマン・サックス、ベイン・アンド・カンパニー、ウォルト・ディズニー・カンパニーを経て、2003年ロサンゼルスにてKross Picturesを創業。
www.krosspicture.com

蜂谷宣人(はちや・のぶと)
テラーノベル代表取締役CEO。大学院卒業後、ディー・エヌ・エーに入社し、エンジニアとしてモバゲーの開発を行った後、グループ会社にてメディアのサービス開発や新規事業立ち上げに従事。その後、ゲーム配信プラットフォームのミラティブを経て、DMMグループに参画。日本のエンタメコンテンツ産業のポテンシャルを確信し、テラーノベルをMBO。

テラーノベル:https://teller.jp