フランス人は電子マンガを読まない!? フランスのコンテンツ事情について聞いてみた

2024.02.27

日本が誇るマンガコンテンツ。じつは日本の次にマンガの発行部数が多いのはフランスで、10年で市場が4倍も大きくなり、2022年には3.8億ユーロ相当(1ユーロ=161.3円で換算すると約600億円相当)の市場に。近年まではフランスのコミック、バンド・デシネ(※フランス・ベルギーなどを中心とした地域の漫画。著名な作品に『タンタンの冒険』『スマーフ』などがある)が強かったのですが、コロナ禍に状況が一変。マンガはフランスのコミック市場の半分以上、そしてフランスで販売されている本の7分の1を占めているのだとか。
日本のマンガコンテンツを欧州の出版社で販売しつつ、オリジナルのマンガ作品を手掛けているのが、フランスのマンガ出版社 Ki-oon(キューン)東京オフィス代表 / 編集者のキム・ブデンさん。キムさんにフランスのマンガ事情について聞きました。

フランスのマンガ出版社 Ki-oon はコンテンツ発掘に力を入れる

蜂谷:キムさんは、フランスや欧州各地の出版社と日本のマンガのライセンス契約をしたり、ご自身の所属するフランスの出版社で編集者として働いています。現在に至るまでのご経歴を伺ってもいいですか?

キム:ええ。私が日本に住み始めたのはもう20年ほど前で、交換留学生として慶應義塾大学に留学したのが最初です。外国人向けの日本語コースに2年間通い、その後フランスの大学に戻ります。そのときはジャーナリズム専攻でした。フランスの大学は研修をしないと卒業できないので、つてを辿って講談社の『クーリエ・ジャポン』で研修生として6か月間働き、大学卒業後は講談社の国際ライツ事業部に就職しました。

講談社には4年半在籍し、最初はインドネシアの担当でしたが、最終的に西ヨーロッパ担当として、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなど各国の出版社に講談社のマンガライセンスを売る仕事をしていました。契約を準備したり、監修したりといったやり取りですね。担当作品でヒットしたのは『進撃の巨人』や『FAIRY TAIL(フェアリーテイル)』。

日本と欧州を行き来するなかで、フランス最大手の出版グループ Hachette(アシェット) 傘下のマンガ専門出版社 PIKA から声をかけていただき、一度パリに戻ります。そこで3年間、編集長として働きました。それから、フランスのマンガ出版社 Ki-oon が、日本で東京オフィスを立ち上げると耳にし、応募したのが2015年のこと。現在、Ki-oon日本オフィスの代表を務めています。

蜂谷:なるほど。キムさんにはそんなバックグラウンドがあったのですね。Ki-oonはなぜ日本にもオフィスを構えているのでしょうか。

キム:Ki-oonは日本のマンガをフランスで販売していますが、元々はオリジナル作品を作っている出版社でもあります。オリジナル作品にも力を入れたい。そのためには、日本にいて作家さんを直接探し、コンテンツに投資したほうが安定して経営ができるという判断です。そのために、日本のマンガ市場に詳しい私が担当しているのです。

Ki-oonが手掛けているマンガ作品。少年・少女・青年と幅広いジャンルを扱う

フランスのマンガ事情って、どうなっているの?

蜂谷:日本人の次にマンガを読んでいるのがフランス人なんですよね。フランスのコンテンツ市場って想像がつかないのですが、みなさんどう読んでいるのでしょうか。

キム:そもそもマンガがフランスに入ってきたのは2000年頃でしょうか。その10年前後では、日本のアニメが集中的に放映されていました。『ドラゴンボール』『美少女戦士セーラームーン』『聖闘士星矢』『うる星やつら』『北斗の拳』…などなど。ただ、放送の仕組みがちょっと雑で、あきらかに青年向けの作品が子ども向けチャンネルで放送されていましたね。

そんな放送のされかただったので、政治家から暴力描写などを指摘されて問題になり、パッタリと放送が止まってしまいます。それから私のようにアニメが大好きな子どもたちが、自然とマンガを買うようになりました。それで、どんどんと市場規模が伸びて、現在のマンガブームに至っています。昔は「マンガは子どもが読むもの」という意識がありましたけれど、20〜30代のフランス人も普通に読む感覚になっていますね。

近年のブームはコロナ禍の影響も大きかったです。2020~21年にかけてフランスではより大規模なロックダウンをしていたのですが、後半になるにつれて「ロックダウン中も本屋さんは開いていて欲しい。ステイホーム中に読むものがないと困る!」と本が売れていました。政府が若者世代に向けて給付金を出しましたが、その70%がマンガの購入費に費やされたそうです。

フランスでウケるのは「スリラー」と「ダークファンタジー」

蜂谷:フランス人が好む絵柄や、ストーリーなどはあるのでしょうか?

キム:フランス人はそもそもトップのマンガ作品にしか触れていなかったんですよ。だから、2000年代当初は、鳥山明先生の絵柄が基準になっていましたね。ものすごく読みやすくてきれいで、コマ割りもバランスが取れているという認識です。

そもそも、フランスにはバンド・デシネがあります。バンド・デシネは芸術としてみなされているので、とにかくフランス人は絵に厳しい。『進撃の巨人』はヒットこそしましたが、最初は「この絵柄は難しいな…」という評価でした。『進撃の巨人』が売れたのはアニメの力で押し切ったかたちです。『鬼滅の刃』もおなじでアニメ放映によって売れましたね。

ヒットするストーリーは“スリラー”と“ダークファンタジー”が2大ジャンルです。たとえば、『ベルセルク』などはとても人気があります。『ラヴクラフト』というヨーロッパで有名な小説のコミカライズも、豪華な装丁にして売り出したら思っていた以上にヒットしました。

逆にウケにくいのが、ギャグ、日常系、萌えでしょうか。文化的な背景が分からないと伝わらないですし、フランスは考え方がリベラルなので、平等が重視されます。女性の水着やパンチラがあるから買うわけではないですね。Ki-oonでもあまり扱っていません。

蜂谷:なるほど。

キム:フランスの男性も女性も「少年マンガ」と「青年マンガ」を読んでいますね。これは元も子もない話なんですが、日本でヒットしたマンガは大体フランスでもヒットしています。面白ければいい、という話です。Ki-oonだと今は『呪術廻戦』と『僕のヒーローアカデミア』が大ヒットしていますね。日本のアニメの力が非常に強いです。

絵のきれいさという点では、アートをテーマにした『ブルーピリオド』や『薬屋のひとりごと』も売れています。『薬屋のひとりごと』は少年マンガでもなく少女マンガでもなく、老若男女に愛されている、カテゴリーを超える作品になっていますね。

フランスには“部活”という概念がないのでスポーツマンガは長年苦戦してきましたが、昨今では『ブルーロック』や『アオアシ』といったサッカーマンガも売れるようになってきましたね。

Ki-oonが手掛けたSFサバイバル群像劇作品『リバイアサン』

フランスでは電子書籍は売れない、本は所有するモノ

蜂谷:フランス語って横書きの言葉なので、ページを逆に左綴じにしたりといった工夫もしていたりするのですか?

キム:当初、マンガをフランスで出版するときは逆にしていましたが、鏡のようになるので絵の方が不自然になってしまいます。それにインターネットの普及でフランス人たちも「元のマンガは右綴じだ!」と理解していて、右綴じが求められるようになりました。フランス語版は、ブックカバーやジャケットも付いています。

蜂谷:アメリカではペーパーバックが主流でブックカバーはついていませんね。面白いですね。

キム:それから、フランスでは電子版は紙の本より30%も安いのに全然売れていません。海賊版の影響で、デジタルは無料であるという意識があるのも理由のひとつですが。フランス人は書籍やマンガを“所有する”ことに喜びを見出しているんですよ。装丁が豪華なマンガが売れるのも「この本をオブジェとして部屋に飾りたい。自分のアイデンティティのひとつとして、自分の部屋に図書館を作りたい」という欲求があるからです。

蜂谷:日本では電子書籍が非常に伸びていますが、フランスではそんな事情があるのですね。本当、国が変われば文化も変わる。各国によって事情は異なりますね。

キム:あと、フランスで作品を出す際には広告宣伝であるプロモーションはしっかり行います。フランスのマンガ市場は非常に競争が激しいので、プロモーションなしにヒット作は生まれません。書店やインターネットで広告露出をしたり、コミケのようにバッグを作って配ったりしますね。そのあたりは日本の広告と一緒です。

フランス語版で日本原作のマンガを出したら、ドイツやイタリアといった国からも「自国語版を出したい」というオファーを頂いたりもします。最近では、ウクライナの出版社からご連絡を頂いてウクライナ語版を作ったこともありますね。ロシアによる侵攻が続いていますが、東部では戦闘が激しいものの西部は日常生活ができています。戦時下にあっても、翻訳本を刊行し“普通に暮らす”ということ自体が、そもそもロシアへのレジスタンスになるといいます。

また最近では、フランス人作家の作品を日本語版で出すケースも出てきました。昨今ではフランス人作家でも個性を出しつつ、クオリティーが高い絵柄で描ける方が増えていますね。マンガ市場では日本がいちばん大きなマーケットですから、日本語版が出れば全世界の出版社が見てくれて、アニメ化や映像化、商品化の可能性が高まります。

マンガ家の発掘と対応はどうやっている!?

蜂谷:ちなみに、マンガ家発掘はどのように行っているのでしょうか?

キム:コミティアやWebコミックを中心に探すことが多いですね。コミックマーケットのような同人誌即売会は二次創作がメインで、絵がきれいでも自分のストーリーを作るのは苦手としている方が多いので、発掘には苦戦しています。逆に、コミティアは自分の作品を作り上げる方が多く参加されていますので、作家との出会いが多いです。

蜂谷:キムさんご自身が今後手掛けたい作品はなんですか?

キム:私が手掛ける作品は“夢を与える”、“勇気を与える”傾向が強い気がします。感動が人に伝わること。心が動くのが軸ですね。マンガのスゴいところは文化圏を超えて伝わること。日常生活でも勇気を出して一歩踏み出すようなキャラクターとストーリーを突っ込んで意識して作っていますね。私自身、少年マンガを読んで育ってますから(笑)。

蜂谷:キムさんが、作家さんとの向き合い方で大事にしていることなどあれば教えてください。

キム:作家さんに対してはケースバイケースで対応しています。作家さんが描きたいモノでなければモチベーションは保てません。描きたいモノをしっかり聞き、それに沿ってプロットを作ってもらい、キャラ設定や世界観の設定、完成原稿のサンプルを作って編集長にプレゼンし、刊行の可否を決めます。作家さんによって「ストーリーづくりを手伝って欲しい」という方もいれば、「まとめるのが難しい」という方の場合はアイデア収束の会議を持ったり。ほとんど私がタッチしないケースもあります。そこは作家さんに合わせて対応するかたちですね。

フランス発のマンガからアニメ化を狙う

蜂谷:なるほど。日本でも編集者の仕事について「作家さんによって本当に様々な役割が求められる」と言われますが、ケースバイケースでの対応が必要なのはフランスも一緒なのですね(笑)。最後に、今後のキムさんやKi-oonの展望を教えてください。

キム:やはり、作品のライセンスを購入してフランス語版を出版するのと、自分で作品を作るのでは投資額が全然違います。作る際には黒字化するまでに非常に時間もかかります。フランスでヒットさせながら、日本を含め海外に作品をライセンスし、収入を増やしてビジネスが回るようにしたいですね。
そしてオリジナルIPをつくるゴールのひとつはアニメ化で、キャラクタービジネスなどの日本の出版社が行っているビジネスができるようになりたいです。フランスの伝統的な出版社はそのあたりが弱いですね。

あと、東京オフィスでは新人作家の発掘だけでなく、編集者の育成も始めました。編集者の人数を増やすことで発刊点数を増やして、オリジナル作品をより増やしていきたいです。とはいえ、編集者の教育に携わること自体、私自身もはじめての経験なので試行錯誤ですね。

蜂谷:これからのKi-oonとキムさんのご活躍が益々楽しみです。今日はありがとうございました。

キム・ブデン
Ki-oon 東京オフィス代表。講談社にて4年半、国際ライツ事業局で働いた後に一時帰国し、3年半フランスの漫画出版社PIKAの編集長を勤める。2015年10月からKi-oon 東京オフィス代表として日本に戻り、現在に至る。

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蜂谷宣人(はちや・のぶと)
テラーノベル代表取締役CEO。大学院卒業後、ディー・エヌ・エーに入社し、エンジニアとしてモバゲーの開発を行った後、グループ会社にてメディアのサービス開発や新規事業立ち上げに従事。その後、ゲーム配信プラットフォームのミラティブを経て、DMMグループに参画。日本のエンタメコンテンツ産業のポテンシャルを確信し、テラーノベルをMBO。

テラーノベル:https://teller.jp