世界はストーリーを求めている〜数々のヒットアニメ、ドラマ、マンガの起点となっていたのはWeb小説だった
2024.02.06小説、マンガ、アニメなどの垣根を超えた「コンテンツ」に焦点を当て、クリエイターの哲学から作品の魅力、制作の裏側まで、コンテンツビジネスの世界を紹介するWEBメディア「borderless(ボーダレス)」――。
第1回では、媒体運営者でもある「テラーノベル」の代表・蜂谷宣人(はちや・のぶと)を取材。アニメ、ドラマ及び縦スクロールマンガ全盛の時代に、なぜいま文字だけの“小説”が脚光を浴びているのか、その理由を聞いた。
マンガや映像においては近年たくさんのヒット作品が世に出ている。その一方で、ライトノベルブームはあったものの、文字のみで構成される小説を旧世代のエンターテインメントのように感じている人も少なくない。
そうしたムードを強く否定するのが、小説投稿プラットフォーム「テラーノベル」の代表を務める蜂谷宣人だ。
「いまや小説は、コンテンツ産業の中心を担いつつあります。なぜなら、Web小説を原作にしているヒットアニメ、マンガ、ドラマが急速に存在感を増して行っているからです。小説はストーリーを武器に、コンテンツブームの起点をつくり出す役割を担っているのです。
コンテンツ産業に身を置くプロデューサーや編集者は、新たなヒット作の原作となるストーリーを血眼になって探しています」
ストーリー供給元としてコンテンツ産業の中核に
コロナ禍を経て大きく伸張した電子マンガ市場。その牽引役となったのは、韓国発の「ウェブトゥーン(WEBTOON)」という、縦スクロールで読むフルカラーウェブマンガのフォーマットだったと、蜂谷は当時を振り返る。
「従来のマンガは、紙の本の見開きを前提にしていましたが、『ピッコマ』(カカオピッコマ)や『LINEマンガ』(LINE Digital Frontier)などに代表されるウェブトゥーン形式のマンガは、スマートフォンを縦にスクロールして読み進めます。Webベースなので、最初からフルカラーで制作され、世界共通で活用できるフォーマットであることも特徴です」
『梨泰院クラス』や『女神降臨』などの大ヒット韓国ドラマも、原作はウェブトゥーン。Web小説を原作とするウェブトゥーンが、売上ランキングの9割以上を占めるプラットフォームもあるほどだと蜂谷は指摘する。
一方ヒットアニメの多くもマンガ原作をもとにしており、そのマンガの原作もまた、Web小説であるケースが増えている。
「その結果、コンテンツ業界はいま、未曾有の原作小説不足に見舞われています」
蜂谷はいま、そうした原作の宝庫となりえる小説投稿プラットフォーム「テラーノベル」を運営している。なぜ蜂谷は現在のような状況を見越して、サービスをつくり上げることができたのだろうか。
小説クリエイターが育っていく“場”としての「テラーノベル」
テラーノベルは、DMMグループのホラー系チャット小説アプリ『TELLER(テラー)』として、2017年に誕生した。いくたびかのサービス終了の危機を乗り越えた後、蜂谷は22年にMBO(マネジメントバイアウト)で同社を起業する。扱う小説ジャンルも無制限に拡大した。
蜂谷が事業を継続し、起業に踏み出せたのは、ウェブトゥーンの普及によるコンテンツのグローバル化、ボーダレス化による小説需要の急増が予測できたからだった。また話読み仕様を採用しているテラーノベルのスタイルも、「一話ごとに続きが気になる構成」を求めるウェブトゥーンの原作需要と合致していたという要因もある。
ただ同時に、ウェブトゥーン業界の行く末に対して、当時の蜂谷は一抹の不安を抱えていたという。
「売れているジャンルに偏りがあったのです。限られたジャンルの作品ばかりが作られ、該当ジャンル以外の作品は売れない、作られないという状況は問題だと感じていました。これではいつかユーザーに飽きられてしまう。
いままで世界でも稀に見るほど多様なジャンルの作品を生み出してきた日本のマンガ業界。かつてはマンガ週刊誌が多様な作品を連載することで、広いジャンルの作品、クリエイターが育つ環境がありました。しかし電子化とともに人気ジャンルが固定され、その環境は消え去ろうとしていました」
“自分が得意とするテクノロジーを活用することで、幅広いジャンルの作品が読まれ、多様なクリエイターが育っていけるプラットフォームをつくれないだろうか”
そうした蜂谷の思いがこもった小説投稿プラットフォームが「テラーノベル」だ。ではテラーノベル社は、具体的にどのようにクリエイターを支援しているのだろうか。
「私たちの特徴は、読者が今読みたい作品と出会える、優秀なレコメンドシステムを備えていることです。このレコメンドの仕組みによって、新人作家の作品や新しいジャンルの作品でも読まれやすい状態をつくり出せています。その結果、雑誌の消滅や既存小説サイトのジャンル偏向などによって課題となっていた作品の多様性を担保することができています。さらに、私たちが100社以上の出版社と良好な関係を築いていることで、投稿されたWeb小説を出版社・編集者につなぐ仕組みも出来上がっています。つねに投稿作品と向き合い、”こんな原作が欲しい”という編集サイドの需要も把握して、両者をつなぐ役割も果たしているのです」
こうした取り組みの結果、1年ほどで、現在80タイトル以上の作品のマンガ化プロジェクトが進行しており、一部作品はすでに配信をスタートしているという。2024年からは多数の大きなプロジェクトの成果も出る予定だ。
自由に創作活動を楽しめる場所を絶やしたくないという思い
「私自身、大のマンガ・アニメのファンです。最近では、アニメーション映画『BLUE GIANT』を観て、キャラクターの魅力と圧倒的な音楽に感動しました。マンガなら『SLAM DUNK』、『青野くんに触りたいから死にたい』、『ドロヘドロ』、『スキップとローファー』など、好きな作品を挙げればキリがありません。
優れた作品は人の心を動かします。
『テラーノベル』は、そうしたコンテンツづくりを、自由に楽しめる場でありたい。そのためには内外のクリエイターが安心して使えるサービスでなくてはいけません。そしてクリエイターが正しい努力を重ねれば、チャンスを与えることができる存在でなくてはならないのです」
ウェブトゥーンをきっかけとした世界共通の縦スクロール、フルカラーの電子マンガの普及は、制作の現場を大きく変えた。蜂谷はWeb小説の普及で、クリエイターに求められる資質も変わってきたと考えている。
「ユーチューバーが毎日動画をアップロードして、視聴者からのコメントによるフィードバックにより、芸風が洗練されていくインターネット時代。小説も例外ではありません。
かつては編集者や出版社に見出されるのを待っているのが当たり前でしたが、いまは作家が直接、投稿小説に対する読者のフィードバックを得て、ブラッシュアップすることができるのです」
なかには5年以上投稿を続け、読まれた回数やフィードバックをもとに毎日ブラッシュアップし、完成度の高い作品を生み出すレベルに到達したクリエイターも少なくないという。
現在ではそうした地道な努力で一段ずつ階段をのぼり、ファンを増やしていくクリエイターが主流になってきた。
では蜂谷は、どのような展望を描いているのだろうか。
「コミックス市場は、北米だけでも3,200億円規模にまで拡大しています。デジタルは世界共通言語で、中でも日本のコンテンツは世界中の注目の的です。国内にとどまらず、翻訳などを介して海外に進出できる仕組みを構築したいと考えています」
日本のコンテンツ産業はまだ成長段階。日本のGDP比で言うと、2%。米国が5%、世界平均でも3%だということを考えれば、世界からも評価の高い日本のコンテンツは、今の倍以上となる20兆円超の産業に拡大できるのではないかと蜂谷は強調する。
そうした大きな展望のために、蜂谷が足下で考えているのはジャンルの多様性の確保だ。
「望むのは、商業的に成功するコンテンツの事例を幅広いジャンルで作ること。作家が自身の作品の商業化を成功させ、お金と名誉になって戻ってくれば、次の作品を生み出すモチベーションになります。海外でも成功すれば、作品の価値はさらに高まり、還元される額も大きくなる。そうした成功事例を見て、面白く才能のある人がコンテンツ産業に集まってくる。こういった流れが幅広いジャンルで成立することで、長期的にみて強固なエコシステムが構築できるはずです。
いまはその第一歩として、才能ある作家の卵が集まる全国の大学や専門学校で、ストーリー作りの魅力を伝える特別講義を持つことを目標に取り組みを始めたところです」
蜂谷宣人(はちや・のぶと)
テラーノベル代表取締役CEO。大学院卒業後、ディー・エヌ・エーに入社し、エンジニアとしてモバゲーの開発を行った後、グループ会社にてメディアのサービス開発や新規事業立ち上げに従事。その後、ゲーム配信プラットフォームのミラティブを経て、DMMグループに参画。日本のエンタメコンテンツ産業のポテンシャルを確信し、テラーノベルをMBO。
テラーノベル:https://teller.jp