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防空壕の跡.3
_「私の子どもじゃない」?
そりゃそうだよね 。
望んでもないのに妊娠して、俺のせいで若さと青春を棒に振っちゃったんだもんね 。
でもさ、俺だって望んで生まれてきたわけじゃないよ 。
頭のどこかで、何かがぷつんと切れるような音がした 。
蘭
蘭
蘭
俺はそう叫んで、制服のまま鞄をつかみ、玄関から飛び出した 。
蘭
街灯の明かりに照らされた道をぶらぶらと歩き、小さな公園の角を曲がって、住宅街の外れに向かう 。
ここから10分ほど歩いたところに、小さな裏山があった 。
このあたりの住民たちからは「山」と言われているけれど、どちらかと言えば「丘」という感じの低さだ 。
なんとなく、ひと気のないところがいいな、と思い、俺は裏山のほうに足を向けた 。
裏山のふもとは崖のようになっていて、岩肌が剥き出しになっている 。
その崖に1箇所、大きな穴が空いているところがあった 。
蘭
子どもの頃、母親から聞いた 。
母親
母親
幼かったから、幽霊と聞いて縮み上がってしまって、近づかないようにしてたっけな 。
今思えば、この中で子どもが遊んだりしないように、このあたりの大人たちはみんなそう言うんだろう 。
俺ももう中学生だし、幽霊なんかいないともちろん分かっている 。
防空壕はたしかに不気味だけど、背に腹は代えられない、というやつだ 。
俺はひとつ深呼吸をして、防空壕に1歩1歩と近づいた 。
蘭
高鳴る鼓動を無視して、俺は防空壕の前に立った 。
入り口から1歩踏み込んだところに何があるのかも見えないくらい深い闇 。
蘭
中に入った瞬間、俺の視界は完全に闇に奪われた 。
足がくすんで、それ以上進めない 。
蘭
恐怖心を振り払うように、乱暴に鞄を落として、その上に座った 。
足元から、ひやりとした冷気が上がってくる 。 夏だなんて信じられないほどだ 。
俺は鞄の中から体操服のジャージを取り出した 。
春からずっと学校に置きっぱなしにしていて、たまたま今日、持って帰ろうかなと思って鞄に入れていたのだ 。
まさか野宿する羽目には思ってもみなかったけど、ラッキーだった 。
蘭
俺はジャージの上下を着て、冷たい土の上に寝転がった 。
蘭
背後は真っ暗な闇で、何も見えない 。
そこに何があるのか、何がいるのか、まったく分からない 。
俺は奥のほうを見ないように入り口に顔を向けて、ゆっくりと目を閉じた 。
蘭
地面に直に触れていた肌に、ちくりとした刺激を感じて、俺はふと目を覚ました 。
覚ましたはずなのに、何も見えない 。
不思議に思って、俺は入り口に向かって歩いていく 。
近づいていくと、板戸のようなものの隙間から陽が射していた 。
蘭
昨日は入り口に扉なんて無かったはずだ 。
いつの間に、誰か取り付けたんだろう ?
もしかして、、、閉じ込められた ?
蘭
自分の考えに心臓が跳ねて、急に恐ろしさを感じた 。 慌てて戸を押してみる 。
がたっ、
蘭
呆気なく開いたので安堵の息を洩らして、俺は板戸を全開にした 。
ぶわぁぁ、
その瞬間、外の熱気がぶわっと流れ込んでくる 。
蘭
俺は着ていたジャージを脱ぎ、鞄の中に押し込んだ 。
さて、どうしようかな 。
家には帰りたくないし、とりあえず学校に直行しようか 。 でも、お風呂には入りたい 。というか、今何時なんだろう 。 母親が朝のパートに出ている時間なら、こっそり帰ってシャワーだけでも浴びよう 。
そう思って、時間を確かめるためにスマホを取り出した 。
蘭
驚いて場所を移動する 。
でも、防空壕から離れてもいっこうに電波は届かない 。
念のために再起動してみたけれど、やっぱりだめだった 。
わけが分からず途方に暮れて、俺はスマホをしまって顔を上げた 。
その途端 。
蘭
目の前に広がる風景を見て、目が点になった 。
蘭
自分の目を疑いながら、俺はあたりを歩き回る 。
_あるはずのものが、何ひとつない 。
家もアパートもマンションも、電信柱も電線も、 道路も信号も歩道橋も、公園も学校も交番も 。
何もかも、なくなっている 。
その代わり、そこにあるのは、ただ1面の広い野原 。
蘭
俺は野原のど真ん中に呆然と立ちつくした 。
1晩にして、街が消えた ?
蘭
無意識のうちにゆっくりと歩き出す 。
とにかく、この現状を理解させてくれる何かを見つけたい、という一心で 。
蘭
しばらく歩くと、少しづつ人間の気配を感じる景色になってきた 。
それでも、やっぱり何かがおかしい 。
訝しく思って考えを巡らせた結果、その理由に思い当たった 。
建ち並ぶ家も、電柱も、看板や柵も、 全部が見慣れない木造のものなのだ 。
だから、街全体が薄汚れた茶色に沈んで見える 。
蘭
どう考えても、これは俺の住んでいる街ではない 。
何がなんだか分からないまま、俺はよろよろと歩き続けた 。
何か、なんでもいいから、自分の知っているものを見つけたい 。
そればかりを考えながら歩いて、歩いて、歩いて、
蘭
そのうちふいに、急激な喉の渇きを覚えた 。
そういえば、昨日の夕方に学校を出てから、一滴の水分もとっていない 。
しかも、この炎天下 。
頭がぼうっとしてくる 。とりあえず何が飲まないと…と焦りはじめた 。
幸い、財布はちゃんと持って来ているから、買い物は出来る 。
そう思ってあたりを見回したけど、自動販売機もコンビニも見当たらない 。
蘭
_やばい 。暑い 。だんだん頭が痛くなってきた 。
胸のあたりが変に気持ち悪くて、吐きそうだ 。
俺は口元を押さえて道端にへなへなと座り込んだ 。
蘭
暑くて暑くて、息が苦しいぐらいだった 。
靄がかかったような頭の片隅に、死がちらついた 。
思えば、つまらない人生だった 。
楽しいことなんか、なんにもなかった気がする 。 未来に希望もなんにもない 。
ああ、そう考えたら、俺なんか死んだって構わないか 。
母親だって、こんな出来損ないで反抗ばっかりの息子が消えてくれたら、 自分のために生きて行けるだろう 。
そんなことを考えながら膝の間に顔をうずめていると、突然、
須智