朝、目覚まし時計が鳴る。
「…ふぁ〜、、もう、朝か…」
あくびをしながら時計の停止ボタンを押す。
布団から身を起こし、今日の為に厳選して選んだ服に着替える。
「んー、前髪上手くいかないな……」
ポンパをしようと鏡の前で悪戦闘を繰り返す。
今日に限って中々上手く決まらない。
暫くしてようやく自分が納得する仕上がりになった頃、ふと時間が気になって鏡越しに時計を見る。
「やばッ!?もう、8時過ぎてるじゃん!!」
俺は急いで鞄を持ち待ち合わせ場所に向かう。
今日は恋人とのデートの日。
「っ、ないくんー!!」
噴水前、スマホを片手に佇む恋人に声をかける。
「りうら!!」
先程まで真顔だったのに俺の顔を見た瞬間顔を輝かせるないくん。
……正直言ってめちゃくちゃ可愛い。
「お待たせ……。はぁ〜、なんとか間に合った…」
「笑、お疲れ様。じゃ、早く行こ!!」
ないくんは俺の手を引き、目的の場所に向かった。
温かい雰囲気が広がるお店の中誰かの声が聞こえる。
「ん“〜!!、美味しい…幸せ……」
ないくんは頬いっぱいにパンケーキを頬張りうっとりとした表情を浮かべる。
「…そうだね笑」
幸せそうにるないくんが可愛くて可愛くてまた笑みが漏れてしまう。
今日のデートのいっかんとしてふわふわのパンケーキを作る事で有名なお店に来ている。
ふわふわとした生地にきらきらとしたメープルシロップがかかっていて見た目といい匂いといい食欲を誘う。
うん、美味しい。
俺、上手く笑えてるのかな…。
引きつった笑顔して無いかな?
ある事件をきっかけに俺は上手く笑えなくなってしまっていた。
そんな俺をないくんは優しく抱き締めてくれた。
それからだった。
ただのクラスメートから大切な人になったのは。
今はないくんだけが俺にとって1番大切な人。
せめて、ないくんの前だけでは上手く笑える様に努力している。
それでも上手くいかない時はある。
「…………」
「、りうら?大丈夫?」
無言になる俺に心配そうに声をかけるないくん。
「え?あー、いや大丈夫笑」
はは、と苦笑いをしながら言葉を濁す。
でもないくんにそんな俺の嘘は通じなかった様で…。
「む、嘘でしょ。りうら。
大丈夫じゃない癖に。彼女に隠し事したらいけないんだよー?」
ないくんは頬を膨らませ眉をあげる。
「は、はい……。ごめん…」
せっかくのデートなのにこんな事考えてただなんて申し訳ない。
「……ま、りうらがそう言うなら深く追求はしないけど」
ないくんはぱくと大きく一口食べると俺にパンケーキが刺さったフォークを渡す。
「ふぁい(はい)。ひとふぃひあへる(一口あげる)」
むぐむぐと口を動かし、此方を見るないくん。
「あ、ありがと?」
俺はないくんの言うまま一口食べる。
うん、まぁそりゃあ美味しいよね。
「…あのさ、りうら」
「ん?」
「……間接キスしちゃったね笑」
ふふっとないくんは悪戯っ子の様に微笑む。
間接キス…?
ないくんが口を付けたフォークで一口パンケーキをもらって…。
それで…………。
「っ“…!?/」
俺は理解した瞬間顔が真っ赤になった。
「ようやく気づいたんだ?
それにしてもりうら顔真っ赤、可愛いー笑」
にやにやと俺を見て笑うないくんに更に羞恥心が煽られる。
「…/もう!!お店出るよ!!」
俺はヤケクソになり、荷物をまとめ少し乱暴に代金を机に置く。
「あはは笑はーい!!」
ないくんは楽しそうに笑い俺の手を握る。
はー、ほんとそういうところずるっ…。
何処まで可愛ければ気が済むんだか。
俺はそう思いながらもデートを予定通り進めていった。
「もう…デート終わりか…」
帰り道、ないくんががくっと肩を落とす。
「…笑まぁ、またデートすれば良いじゃん」
俺は慰める様にないくんの頭を撫でる。
「いや…そうなんだけど、…」
それでもう“〜と唸るないくん。
「……ないくん」
「んー?」
俺は此方を向いたないくんの唇にキスをする。
「、今はこれで我慢してくれないかな?」
申し訳なさそうな顔でないくんを見つめる。
さぁ、ないくんはどうでる。
あれだけ俺を揶揄ってきたんだから照れる訳……と思いながらも隣を見ると、
「…/っ、うん…。分か、った/」
其処には顔を真っ赤にさせたないくんがいた。
俺の事散々揶揄ってきたのに俺がやったら照れるなんて…
…可愛すぎだろ。天使か?
そう思った時だった。
「りうらっ!!」
突如、ないくんに背中を押された。
俺はそのまま体制を崩し、倒れ込む。
「いった…っないくんどうした…」
どうしたの?そう言いかけないくんを見ると目の前には信じられない光景が広がっていた。
「…ぅ“っあ…がッ」
目の前のないくんは血を吐いていた。
後ろに誰かから刺されて。
「はっ?」
何で?どうして?
俺が混乱している間にないくんを指した奴は包丁を片手に逃げ出す。
苦しそうな表情で俺を見る。
「っ”、りう…ら、」
俺の名前を呼ぶとないくんは地面に倒れ込む。
ないくんを中心の大量の血が広がってゆく。
周りから女の人の叫び声が上がり、電話やひそひそと話す声が聞こえてくる。
「ないくんっ!!ないくん!!
しっかりして!!」
俺はないくんに駆け寄り両手を握りしめ必死に声をかける。
服が汚れるのも構わず。
「…りう…ら、はっ“、
…ごめ、ん…ごめん…ねっ、?」
よく見るとないくんの服の腹部分が真っ赤に染まっていた。
恐らくここに刺されたんだろう。
ないくんは泣きながら俺に謝る。
「何で、ないくんが謝るの?ないくんは何も悪くないじゃん!?」
「約束…守れな、くてっ、」
ずっと…居る、って……。約束、したのにッ…」
「ないくん、ッ…」
ないくんのその言葉に俺は何も言う事が出来なかった。
「俺、…りうらの事……ずっと、愛してる……よ、…」
「……俺もだよっ、ないくん、ッ」
涙が溢れる俺の頬を触り、ないくんは嬉しそうに微笑んだ。
「、そっ…か…………嬉、しい……笑…」
ないくんはそう言うとゆっくりと目を閉じた。
俺が掴んでいた手から力が抜ける。
「…ないくん、?ないく”んっ!?」
俺が泣き叫ぶ中、
いくら声をかけてもないくんが返事をする事も、目を覚ます事もなかった。
そうして俺の1番大切な人だったないくんは隣から居なくなった。
朝、部屋の中でけたたましく鳴り響く目覚まし時計で目を覚ます。
「……ないくん……」
あぁ、今日も目が覚めてしまった。
目覚めたときに起きる理由が見つからなかった。
ないくんと会える訳でもなく、話せる訳でもない。
何で、早く起きてしまったんだろう。
俺はこれから…どうしたら良いんだろ…?
うるさく鳴いている目覚まし時計を停止する。
ないくんとの最後の写真を見つめる。
俺の前だけで見せてくれた笑顔はもう見る事が出来ない。
「っ”、はぁー……ふぅ“」
目から涙が溢れ、写真を見る視界が霞む。
あ”ー、ダメだ。
涙止まんない。
「ないくんは死んだ」という事実を受け入れなきゃいけないのに。
そう考える度に頭の中でノイズが鳴りやまなくて。
感情がぐしゃぐしゃになる感覚に吐き気がする。
その日を境に俺は色んな人を探した。
この寂しさを埋めてくれる人を。
俺は男も女も何人も恋人を作った。
それでも、この空っぽの心が埋まる事はなかった。
それからというもの俺は食事も水分もろくに取らず、ただぼんやりと空を見る様になった。
晴れて雨が降り止んでまた雨が振る。
その繰り返し。
ないくんが好きだった虹が空に浮かんでも綺麗と思える事はなかった。
思い出を思い出す度涙が流れるばかり。
深夜、眠れない中濃いクマが浮かんだ目で薬を探す。
とにかく何でもいいから薬を。
棚という棚から全て薬を取り出す。
震える手で大量の薬を水で無理矢理喉に流し込む。
「おぇ“っ、…ぅ”あッ、…」
びしゃびしゃと床に広がる嘔吐物。
薬の飲み過ぎで吐き気と頭痛が止まらない。
意識がぼんやりとしてくる。
俺は意識を失った。
目を開ける。
何処かの庭園だろうか。
蝶が飛び、周りには花が咲き誇っていた。
何処かふわふわとする体で庭園を彷徨う。
暫くすると、目の前に人影が見えた。
見覚えのある姿に掠れた声で名前を呼ぶ。
「ない…くん…?」
そう、目の前には死んでしまった筈のないくんの姿があったのだ。
「ん?りうら?」
俺はの声に気が付いたのかないくんは此方を振り返る。
まるで生き返った様な仕草は俺を現実から遠ざけた。
俺は我慢できずないくんを抱き締める。
「ないくん“っ、ないく”ん…俺、俺……ッ」
みっともなくぼろぼろと子供の様になく俺。
「もー笑りうらどうしたの?そんな泣いて…」
そんな俺をないくんは少し笑いながら抱き締めてくれた。
あぁ……良かった。
ないくんは生きてたんだ。
死んでなんかいなかった。
そう思った瞬間、
耳元で鳴り響く目覚まし時計に無理矢理現実に引き戻される。
温かい布団。
部屋に散らばる大量の薬。
「夢か……」
今日もないくんのいない朝が来た。
……ねぇ、ないくん俺もう疲れたよ。
ないくんが居なくなってからODもリスカもする様になって…
痛くて苦しくて。
それをしてもないくんが居なくなった苦しさを埋めれる事は無くて。
「ま、いいや…。どうせ今日でこの苦しみから解放される……」
俺は事前に準備ロープを天井から吊るし、椅子を置く。
椅子の上に立ち、俺はロープを手に持つ。
カーテンの隙間から漏れる光が少し眩しい。
…ないくん1人にしてごめんね………。
「……今そっちに行くからね。ないくん、」
俺はそう呟くと椅子を思い切り蹴った。
首に縄がくい込み締め付けられる感覚が広がる。
「…っぅ“あ、ぐッ…、ひゅっ……」
苦しい。苦しい。
呼吸が出来なくて苦しくて。
でもないくんに会えるならこんな事苦ではないと言い聞かせて。
涙で視界が霞む。
その時、俺の目の前に何かが見えた。
「………」
ないくんだった。
いつもの姿と違い天使らしい羽と輪っかを付けていた。
そして何処か泣きそうな顔をしていた。
これは自分の幻覚?それとも走馬灯?
「…ない…っく、ん”ッ…」
俺は掠れた声で名前を呼びながら必死に手を伸ばす。
「っりうら…」
ないくんは俺の体を優しく抱き締めた。
ふわりと香る香水の匂いに懐かしさを覚える。
「ごめんっ、ごめんね“ッ…りうら、俺のせいで…」
ないくんは俺を抱き締めながらぽろぽろと涙を流す。
……ないくん、ごめんね。
泣かせちゃってごめんね……。
死ぬ間際、俺は泣き続ける恋人を優しく抱き締め返した。
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