朝早く。背中を押されたかのように知成は家から飛び出していく。向かう先は、もちろん仕事場であった。急いで仕事場に着いたは良いけれど、着いた途端、蝶子に勢いよく追い出されてしまった。
「蝶子さん! 蝶子さん! 開けてください! てか、純一郎くんも押さえてるよね、開けて!」
ドンドンドンと扉を強く叩く。
「開けるわけにはいかないね! 結婚を控えた身なら婚約者と共にいるのが決まりだろう! おいこら、丁稚! しっかり押さえておけ!」
「ご、ごめんなさあい、知成さあん……!」
(こやつは女の気持ちも知らずに呑気に来て! 家で男を待つ女の気持ちがどれだけ寂しいか! ちょっとは考えてこい、ガキが!)
(うへえん……蝶子姐さんが怖いよう、逆らえないよう、知成さあん!)
純一郎が主に扉の前でおもりになっているのか、全く開かない。そういえば、知成が純一郎を拾ったのち、強くなるとかなんとか言って、ここの大家である小合の下で合気道と柔道を習っていたような気もする。細身だからすっかり忘れていたが、かなりの実力者になったと以前聞いた記憶がある。蝶子はそれをしっかり覚えていて、純一郎をおもりにしたんだろう。
少しだけ知成は悔しくなった。
そしてすぐ、他の住民たちの冷たい視線に気がついた。
「蝶子さん、開けてくれないと俺が周りから冷たい目で見られるんです! ここのやつらは変な奴らなんだって、買い取ってくれなくなりますよ!」
扉越しでも蝶子が反応したのがわかった。そして観念したのか、ゆっくりと扉が開いた。中からものすごい形相で睨む蝶子と、解放されたと知成にすがりつきたそうな純一郎がいた。
「……角岡の旦那の代わり、どうする」
「だから角川さんですってば」
「お二人とも、角田さんです……」
少しの間、静寂が走る。純一郎は一番気まずそうに口角を下げ、顔をくしゃくしゃにしている。
「……仕方がありませんから、他の人を探しましょう」
「この感じで話し続けるんすね」
「そうだなあ……どうすっかねえ……」
眉をひそめ、腕を組み、知成と蝶子は睨めっこでもするみたいに険しい顔をする。
「やっぱり、鈴江さんに頼み込むしか……」
「……仕方あるまい。鈴江ちゃんに頼もう。でもこれは代役で。隅田川が戻ってきた方が一番いいが、戻ってこなかったらまた別の人を探そう。」
「そうするしか……角野さん、どこに行ったんだか……」
「あ、あのう、お二人とも、角田さんっす……」
二人は純一郎を冷ややかな目で見つめる。
コメント
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今回蝶子さんがめちゃくちゃ姉貴って感じがして最高だし純一郎君が可愛いのに強いってのがギャップだし純一郎君の「角田さんです…」が可愛すぎだし…!!今回も最高です!! お腹いっぱいです!!!!蝶子さんみたいなお姉ちゃんが欲しいー!!!!