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――やった……!
渡慶次は思わずガッツポーズをとった。
『どこおおおお!?わたしのゲイシー!!!!』
舞ちゃんが叫び始める。
リュックを引きちぎるように下ろすと、一目見てないとわかるのに、中身をひっくり返し始めた。
「ど……どこだろうねぇ?」
探すふりをして視線を走らせる。
――誰だ?誰が盗んでくれたんだ…?
比嘉――は違う。
渡慶次と同じでただ驚いた顔をしながら、他の人間の顔色を窺っている。
前園はそもそもゲイシーを盗むことさえ知らないし、目の端でずっと意識していた上間も違う。
――となると知念か――?
その可能性が一番高い。
この中で唯一、ゲームのクリア方法を知っている人物。
しかもわざとそうしているわけではないだろうが、天性とも呼ぶべき存在感のなさと、天才的な影の薄さ。
気配や音を殺すのは得意。
――知念、ナイス!
舞ちゃんにバレないように視線を飛ばす。
しかし彼は渡慶次ではなく、ちらちらと別の方向を見ている。
――どこを見ている……?
『どうしよう!ゲイシーがいないとわたし、いきていけない!』
舞ちゃんは両手で目を抑えて、子供らしく盛大に泣き始めた。
「探そう!ね?」
上間が恐る恐る話しかける。
『いっしょにさがしてくれるの……?』
目を潤ませた舞ちゃんが上間を見上げる。
「も……もちろんよ!」
上間が恐怖のあまり引きつった笑顔を向ける。
あまり近くに寄ってほしくないが、知念の話ではこれは“探索モード”。人間を襲うことはないはずだ。
それよりも今は、知念がどこかに隠したゲイシーを“見つけてあげる”ことが先決。
できるだけ自然に。
間違ってもわざと盗ったとは気づかれないように――。
「ど…どこだろう。さっきまであったのにね」
渡慶次は屈んだ。
自分が舞ちゃんに寄って視界を遮っている間に、知念があたかも今見つけたような演技をしてくれれば、舞ちゃんは“謝恩モード”に変わる……!
「あれぇ?もしかしてぇ」
そのとき、頭上で低い声がした。
「ゲイシーって、これ?」
茶色くて柔らかそうなテディベアの両腕を左右にピンと引っ張って持っていたのは、
新垣だった。
――そうか。
新垣も舞ちゃんの攻略法については知っていたのか!
渡慶次は彼を見上げた。
『あ、それそれぇ!!』
舞ちゃんが慌てて立ち上がる。
『ありがとう!!』
小さな両手を胸の前で握って、ウルウルと新垣を見上げている。
「いえいえ。どーいたしまして」
新垣は笑顔で舞ちゃんを見下ろした。
――よかった。
渡慶次も立ち上がりながら、上間を、そして比嘉と知念を順に見つめた。
――これで舞ちゃんは謝恩モード。
こちらの願いを叶えるまでは、攻撃をしてこないはず。
『かえして!』
舞ちゃんは新垣に向かって両手を広げた。
「もちろん」
新垣は舞ちゃんと目線を合わせるために、少しかがんでゲイシーを翳した。
次の瞬間――。
彼はそのままゲイシーの両腕を思い切り左右に引っ張った。
ブツブツブツッ。
糸と布が引きちぎられる音が響いて、ゲイシーの可愛らしくつき出た腹部から、白い綿が溢れ出した。
『ゲイシー……?』
舞ちゃんの目が見開かれる。
「あれぇ?どうしたの?」
新垣は笑いながら、ゲイシーの左腕と腹部の一部を投げ捨てると、残った胴体から、右腕を引きちぎった。
『やめて……』
舞ちゃんが両手を翳したまま固まる。
「……おい!てめえ、何考えてんだよ!」
比嘉が襲い掛かるが、新垣はさっとそれを避けると、今度は右足、さらには左足をむしり取った。
『なんで……そんなことするの……?』
せっかく乾いた舞ちゃんの瞳に、また大粒の涙が溜まっていく。
「……はは」
新垣は笑いながら、ゲイシーの顔を頭頂部から鷲掴みにした。
「やめろ……新垣……!」
渡慶次が低い声で言う。
「それをしたら、どうなるかわかってんのか……!?」
「えー?」
新垣は渡慶次を振り返った。
「わかってるよ。もちろん」
そして首を引きちぎった。
************
「このゲームは舞ちゃんとゲイシーが主役だから」
体育館でそう言った知念は、息を吸い数秒止めて、また吐いた。
「……なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
比嘉が睨んだ。
しかし知念は、
「気を付けてもらいたいのは、けしてゲイシーを傷つけないこと」
知念は、その中でどうみても一番けんかっ早いように見える比嘉を見つめた。
「じゃないと暴走モードになる。死ぬよ?全員」
************
「あはははははは!!!」
新垣が手の中に残ったゲイシーの顔の耳を、目玉を、引きちぎりながら笑っている。
「何がゲームクリアだ!何が全員で協力だ!寝言は寝て言えよ?雅斗!!」
彼は散り散りになったゲイシーの身体を、まるで紙吹雪のように撒くと、渡慶次を睨み上げた。
「現実に戻って何になる?またお前の機嫌に四苦八苦しながらヘコヘコして、言いたいことも言えずに顔色伺って、飼いならされて、突き放されて……。毎日、毎日、まいにちまいにちまいにち……!!」
新垣は放送卓に片足をかけると、渡慶次を見下ろした。
「……それなら、いっそ死んだ方がマシだ!」
「!!」
渡慶次は新垣を睨んだ。
――くそ。ここまでか……!!
そして視線を上間に送った。
これ以上どうしようもない。
クリアは絶望的だ。
舞ちゃんは二度と言うことを聞いてくれない。
積みってやつだ。
こうなったら――。
『かえして……』
そのとき、放送室の中心で誰よりも低い声が響いた。
視線を下げると、眼球が真っ赤に染まった舞ちゃんが、濁るように黒い瞳で、こちらを睨んでいた。
『わたしのゲイシー、かえしてえええええええ!』
地底から響いてくるような重低音に、身体中に鳥肌が立つ。
「……え」
痛みも、冷たさも感じなかった。
しかし渡慶次の右腕は、一瞬で吹き飛んだ。
そして放送卓の上に転がった瞬間、小さく縮んだ。まるで人形のように。
二の腕から千切れた断面から、シャワーのように吹き出した血が、温かく感じた。
「ぎゃあああああああっ!!」
すぐ横にいた東が、顔面に血飛沫を浴びながら悲鳴を上げる。
『うるさい……!』
舞ちゃんは東の顔を鷲掴みにすると、そのまま右に放り投げた。
今度は頭がちぎれた首から、噴水のように血が噴き出す。
舞ちゃんが投げ捨てた東の顔は、やはり人形に変わっていた。
――これが、“暴走モード”……!
渡慶次は目を見開いた。
ゲイシーを壊されたことにより、舞ちゃんが目についた者全てに殺戮を繰り返すバッドエンド。
新垣がこれを知らないわけはない。
――くっそ。やられた……!
渡慶次は頭を失って前に倒れた東の向こう側に見える上間を見つめた。
この位置関係なら大丈夫だ。
しかし……。
「フハハハッ!みんな死ぬ!みんな死ね!」
笑っている新垣を睨む。
願わくば、彼も死んでからの方がよかったが仕方がない。
舞ちゃんの目の前を突っ切ってその奥へ!
「ねえ」
すぐ背後から声がした。
地底から響くような声。
綿菓子のような甘い香り。
――舞ちゃん……?いつの間に背後に!
しかしそこにいたのは、
「……ッ!?」
無表情の知念だった。
「どこを見てるの?」
「――は?」
渡慶次が眉間に皺を寄せると、知念は顔を近づけ、渡慶次と目線を並べた。
「――窓?」
「お前、今そんなこと言ってる場合じゃ……!」
渡慶次が言うと、知念は顔を並べたまま、ギョロンと目だけをこちらに向けた。
「窓から飛び降りるの?それはそれで死ぬよ?」
「――――」
渡慶次は黙って知念を睨み返した。
『ゆるさない!!!!』
激昂した舞ちゃんが、まだ笑っている新垣の胸元を掴み上げる。
――いいぞ。殺せ。
渡慶次は横目でことのなりゆきを見守った。
しかし、
「やめてよっ!!」
前園が舞ちゃんの腕にしがみついた。
――前園?なにやってるんだお前……。
渡慶次は目を見開いた。
――お前が好きなのは、俺だろ?
「ああ。やっぱりそっか」
知念はまるで渡慶次の感情を読むように、表情を1ミリも動かさないで言った。
「見つけたんだね。セーブノート」
「………ッ!」
渡慶次は知念を見つめ返した。
「やっとわかった。階段を下りてきた時のキミの変化。覚悟でも、勇気でもなくて」
「…………?」
「――や・け・く・そ」
渡慶次は知念を突き飛ばし駆け出した。
舞ちゃんの背後を突っ切り、そのまま窓へ向かう。
カギを開け、窓枠に立った。
「渡慶次くん!!」
その声に振り返る。
上間がこちらを見上げている。
「な……!てめえ、気でも触れたか!?」
比嘉もあんぐりと口を開ける。
「――なるほどね」
知念だけがこちらを静かに見上げている。
「キミらしい」
「……ッ!」
渡慶次は窓枠に左手をかけると、そのまま外に飛び降りた。
即死できるように宙返りし、頭を下にする。
植え込みが視界に迫ってくる。
渡慶次は瞼を閉じた。
これで終わる。
ようやく終わる。
このクソみたいな世界。
ドールズ☆ナイトが。
「実に、キミらしい」
「……!?」
渡慶次は目を開けた。
目の前に迫った植え込みに、
血だらけで倒れている知念が、
渡慶次を睨んでいた。
************
――ジジッ。
映像がフラッシュバックする。
『……落ちた!中庭の植え込みに生徒が落ちたぞ!』
――ジジッ。ジジッ。
『救急車だ!誰か、救急車を!』
――ジジッ。ジジジッ。
『だめだあれじゃ。頭から落ちてる』
――ジジジッ。ジッ。ジッ。
『……あなたが殺したのよ』
――ジジッ。
――ジジッ。
『……渡慶次くん。あなたが――』
************
◇◇◇◇
◇◇◇
◇◇
「!?」
渡慶次は目を覚ました。
「…………?」
自分のベッドの上。
スマートフォンのアラームが鳴っている。
「………!」
散らかった自室に差し込む朝陽。
『次のニュースです。昨夜行われたワールドベイスボールクラシックの予選リーグで、日本は強豪の韓国相手に――』
リビングから聞こえてくるニュースの音。
「戻ってきた……!」
渡慶次は再び枕に倒れこんだ。。
「ふふ……」
渇いた笑いがこみ上げる。
「ふははは……」
止まらない。
「ははははははは!!」
大声で笑った。
「誰が戻るかバ――――カ!!!!!」
渡慶次は見慣れた天井に向かって叫んだ。
自分と上間さえ生き残れば誰が死のうがどうでもいい。
それがセーブノートを見つけた瞬間に至った結論だった。
「俺は勝ったんだ……!はははははは!」
心の底から笑うのは、
ひどく久しぶりな気がした。