到着早々、僕らは部屋の確認後また王都の街へと繰り出していた。
広すぎて一日ではとても全て回ることはできないが、それでも道をある程度頭に入れておくためだ。
(それと目的はもう一つ……)
僕は部屋の内装をちょっと弄りたかった。
自室に案内された時、あまりにも乙女チックでファンシーな部屋に目を疑ったものだ。
天蓋付きのベッドはまぁいいとして、全て薄い桃色で統一されてたのは一体誰の趣味だろうか。
「――っと、僕は買いたい物がありますけど、皆は何かあります?」
振り返りそう尋ねると、各々考え始める。
「買うかどうかは別として、武具店はチェックしておきたいな。騎士時代は支給品だったから、王都の武具がどの程度の物かくわしくはないんだ」
「ウチも武具店やなぁ、あんま期待はしとらんけど」
リズとメイさんは武具店か、まぁ予想通りだ。
武具店の質で、ここら一体の工房の質もわかってくるだろう。
「私は教会と大聖堂に……今日は中まで入るつもりはありませんが」
シルフィの目的はいきなり核心の教会か。
しかし中へ入らないのは、シルフィもアイギスさんの件があって警戒しているようだ。
今も僕と同様にローブを羽織り、フードを深めにかぶっている。
「まぁ今日は見て回るのがメインですかね、じゃあ最初に行くなら――」
「――やはり冒険者ギルドでしょう」
ということで、王都の冒険者ギルドへとやってきました。
少なくとも今は王女のフリをしなくていいし、冒険者として国境を渡ったのだから何も不自然じゃない。
今日は依頼を受けるわけではないが、どんな依頼があるのか……またギルドそのものの雰囲気などを見ておきたいのだ。
「騎士時代は来たことがなかったが……倍ぐらいあるのではないか?」
たしかに、リズの言うようにエルヴィンのギルドの倍ぐらいはありそうだ。
そしてその分人も多い。
「これなら何の用もなしに入っても悪目立ちはしなさそうですね」
これだけ賑わってれば、見慣れぬ冒険者が何食わぬ顔で依頼とか見てても誰も気にしないはず。
「用……ちょうどええやんリズ、あれ換金しとき」
「ん、そうだな」
「……?」
リズとメイさんの話してる内容はよくわからないが、僕はソッとギルドの扉を開いた。
「わぁ……やっぱり賑やかだなぁ」
中へ入ると、外同様賑やかだった。
酒場が併設されているのもその理由の一つかもしれない。
というか昼間から飲んでいる人がいるのか。
今日はオフなのかな?
こういうのはパーティメンバー以外との交流にもなるのかもしれない。
(うん、悪くない雰囲気だ)
パッと見た感じ貼り出してある依頼の数はけっこうある。
それでいて剥がした後も多いので、ギルドの大きさに見合った冒険者の数がいると思っていいだろう。
これなら学園外ではこっそり冒険者として活動しても、それほど目立たないのではなかろうか。
などと考えている間に、リズは素材買取の窓口へと進み、ポーチから魔物の素材をいくつも取り出し始めた。
「……え? ど、どこでこんな……」
「どこ、と言われると王都までの道中だが?」
いつの間に……しかもすでに解体済みとは。
……そういえば、体が鈍るからと言ってちょいちょい馬車から降りてランニングしてたな。
これはその時の物か。
それに、今思うと御者しながらメイさんが何がやってたような気がする。
「といっても小物ばかりだったがな」
たしかに取り出された素材は良く見る羽毛や毛皮がほとんどだった。
それを見た受付の女性は、リズの顔をチラリと一瞥する。
「……失礼ですが、一応規則ですのでカードの提示をお願いします」
「む、そうだったな」
素材の買取だけでは基本的に実績にはならないが、どこの誰が持ち込んだかもわからない物を相場で買い取るわけにもいかないのだろう。
それも新顔となれば、身分証の提示は必須なわけだ。
「Bランクのリズリース……もしかして壊し屋?」
受付の女性がボソリとそう漏らすと、周囲がざわついた。
人が多くて、こちらを気にしてる人はあまりいないと思っていたけど、そうでもなかったらしい。
「壊し屋……悪魔を素手で屠ると聞いたことがあるが……」
「いやいや、壊し屋といえば鍛冶職人泣かせの騎士だろ?」
「俺は遺跡の踏破者って聞いたけど?」
周囲の声を拾うと、冒険者としても騎士としても名が知れていた。
本来Bランクの二つ名なんて国を跨ぐほどではないはずだが、遺跡踏破や悪魔襲撃の件が大きいらしい。
エルラド王国での出来事がここまで届いてるなんて、冒険者の情報網恐るべし。
隣の国ぐらいならすぐに知れ渡ってしまうか。
「…………ん?」
いつの間にか、僕の方にも視線が集まっていた。
「ちっこいメイド服のほうはさすがに違うだろうし、あっちが相方の閃光か?」
「空を自由に飛び回る魔法使いらしいな」
「顔が良く見えないな……こっちも女か?」
「雌の匂いがする。女だな、俺はくわしいんだ」
結局目立つことになってしまった。
というかいつの間にかシルフィの姿がない。
多分察して早めに退避したな。
「あっ、失礼しました。すぐに査定しますね」
受付の女性がそう言って素材を運んでいくと、早速と言わんばかりに立ち上がり、こちらへ向かって来る男がいた。
長めの青髪で、かっこいいというより綺麗という言葉の方が似合う顔立ちだが、腕は筋肉質だしガタイは男性そのもの。
周囲に女性が多いあたり、軽薄そうな第一印象を受けた。
「噂に聞く閃光と壊し屋がこの国に来てるとはね」
あまりにも自然に話しかけてくるので、一瞬名前を思い出そうとしてしまった。
しかし間違いない……知らない人だ。
しかもわざわざリズじゃなくて僕の方に話しかけてくるとは……。
「……えっと、何か御用ですか?」
僕がそう返事をすると、男は笑みを浮かべた。
「んー、用ってほどじゃないんだけどねぇ」
ジロジロとこちらを値踏みするような視線を向けられる。
どこのギルドでも似たようなことはあるものだ。
でも不思議と、この男に対して嫌悪感は抱かなかった。
とはいえ今日は様子見なのであまり長居はしたくない。
「あっ、すいません。査定が終わったようなので僕らはこれで失礼します」
「え? そう……じゃあまた今度話せたら嬉しいかな」
男は軽薄そうな見た目に反して割とあっさりしていた。
僕は失礼のないようにペコリと頭を下げ、リズと共にその場を後にする。
そしてとある場所をチラッとだけ見た。
(ここにはパフェがあるのか……)
多分嫌悪感がなかったのは、それが先ほどの男が座っていたテーブルにあったからである。
(僕も甘い物大好きだからね)
なんとなく、親近感があったのかもしれない。
ギルドを出ると、外ではシルフィが待っていた。
「シルフィはちゃっかりしてますね」
「何のことでしょう」
シルフィはニコリと笑いながらそう答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに併設された酒場では、本来パフェなんて提供していない。
しかしとある男の要望という名のわがままで、それはメニューの一つとなっていた。
「珍しいじゃん、ジェイクが女に興味を持つなんて」
「んー? 女……女ねぇ」
ジェイクと呼ばれた青髪の男は、再び女性たちと共にテーブルにつく。
そんな男に対して、周囲の者は目を合わせないようにしていた。
しかし本人にはそれを気にした様子はない。
「アレは何かある……女の勘がそう告げてるのよ」
ジェイクは真剣な眼差しでそう返した。
女性たちは一瞬だけ沈黙……そして――――
「あはははっ、あんた男じゃん」
笑いながらジェイクの背中を叩いた。
「ちょっとぉ! 人がせっかく真面目な顔したのに……あっ、パフェあと三つ追加で」
その後も、一人は男でありながらもそこは女子トークで盛り上がり始めた。
そんな男を茶化す者はこのギルドにはいない。
むしろ関わらないようにしている。
以前男の冒険者がボソッと漏らしたことがある。
『気持ち悪ぃオカマのせいで酒がまずくなる』
翌日その冒険者は毛という毛を毟られた上、全裸で街中に吊るされていた。
そんなことが何度も続けば皆嫌でもわかるものだ。
――このオカマはやべぇ。
今でも時折地雷を踏んでしまう新顔が現れる。
そんな犠牲者のおかげもあって、王都のギルドは比較的治安が良かった。
奇しくもとある冒険者と同じ名前だが、さすがに同一人物だとは誰も思っていない。
この男が、Sランク冒険者――――【蒼天】の二つ名で知られるジェイクなわけがない……と。