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「うう……っ、ひっく……」
百子はベッドに突っ伏して声を押し殺して涙する。何分そうしていたかは不明だが、百子は結婚と聞いて、何故か急速に浮気現場のあの忌まわしい光景がフラッシュバックしてしまったのだ。彼の発言は単純に事実を述べていただけだというのに、百子は瞬時に目の前が真っ赤になってしまい、陽翔に自分の怒りをぶちまけてしまった。
(これじゃ八つ当たりじゃないの……東雲くんは何も悪くないのに)
陽翔が悪いわけではない。悪いのは元彼であって、その怒りは元彼にぶつけるべきものである。彼に百子を傷つける意志が無いのは、今までの行動から火を見るよりも明らかだというのに、百子は沸騰したその気持ちを彼にぶつけてしまい、激しい自責の念に駆られた。
(ちゃんと謝らなきゃ)
百子はベッドサイドにあるティッシュで鼻をかみ、目をこすってからのろのろと部屋を出る。謝罪してからしっかりと自分が何故陽翔に八つ当たりしたのかを説明しよう。そしてその後は二人でハーブティーでも飲もう。美咲の言ってた、本音は言わないと伝わらないよという言葉に背中を押され、百子はソファーに座っている陽翔に声を掛けようと近づく。しかしその前に陽翔が立ち上がって百子を真っ直ぐに見据えた。
「さっきはごめんなさい」
「さっきはすまん」
そして見事に二人の声が重なる。二人とも鏡で写したかのようにぽかんとした表情を浮かべ、やはり二人同時に目線をそらした。妙なところで気が合うものである。
「百子、話があるんだが……」
「うん。私も東雲くんに伝えないとだめなことがあるの。ハーブティー入れてきてもいい?」
陽翔は頷いたが、給湯器からお風呂が湧いたことを知らせる音声が流れてしまい、頭をかいてため息をついた。
「先に風呂にするか。冷めても困るしな。今日は百子が最初の日だったよな」
百子は一瞬だけ迷ったが、リラックスしてからの方が良さげだと感じて頷く。しかし次の彼の台詞にさっと顔を紅潮させる羽目になった。
「何なら一緒に風呂入るか? そうしたら話す時間も伸びるぞ?」
あからさまにニヤニヤとした陽翔に、百子はじろりと睨みを効かせる。
「絶対話だけで済まないと思うんだけど。真面目にしてよね」
彼女から悲愴な表情がすっかり消えたことを見て取り、陽翔は口を曲げて微笑んだ。
「良かった、いつもの百子だな。冗談だって。それとも本当に一緒に入るつもりだったのか?」
「ち、違うわよ! 東雲くんの色ボケ!」
百子はそう言い捨ててくるりと背を向け、足早に脱衣場へと向かう。脱衣場のドアが閉まったのを確認して、陽翔は声を立てて笑い始めた。