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「この街に入ったときからずっと感じていた視線は貴様だな。何者だ」
リズは男に剣を向ける、それほど警戒するべきと判断したのだ。
見た感じは年季の入った外套を身につけただけの、小汚いおっさんのようだが……。
「まるで気配を感じなかった……」
シルフィの槍を握る手に力が入る。
そして忍びのアゲハさんも、同様に男の気配に気づいていなかった。
「私もです……まさか同業者!? くッ――」
そう言ってアゲハさんは姿を消した。
忍びには見えないけど……いや、人は見かけによらないからな。
まさかこのメンバーがここまで接近を許すとは、一体何者……。
「いてて……まったく容赦ないぜ。気配は完璧に消せてたはずなんだがなぁ」
こちらの警戒に対し男の反応は軽く、どこか余裕というものを感じさせていた。
「気配は感じなかったさ、だがどうにも誰かに見られている気がしてな」
「マジかぁ、直視しないようにしてたんだが、俺も歳かねぇ」
そう言って男はその場で胡坐をかき、楽な姿勢をとった。
観念しているのかこちらを舐めてるのか……。
僕の印象としては、なんとなくだが得体の知れない貫禄がある気がする。
そんな男が気配を消してこちらを見ていたのだ、最大限に警戒すべきだろう。
「……いいねぇ」
顎髭を弄りながら男はそう呟いた。
警戒されながらも、男は目の前の4人組を観察する。
(一人は俺の存在に気づいた途端姿を消したか……良い隠密だな)
どうにも優秀な若者を見ると笑みが零れる。
おかげで今なお警戒を解いてもらえないのだが……。
(砕けた態度をとっても警戒を解かない。殺気こそ向けてこないが……優秀だねぇ)
少なくとも目の前の赤髪の剣士は強い。
真っ向から戦って勝てる相手ではないだろう。
雰囲気が自身の知り合い二人を足したような印象がある。
槍使いの少女も侮れない、下手に前に出ず周囲の警戒へと切り替えていた。
しかし白髪の……少女? はちょっと良くわからん。
一見隙だらけだが、こいつからも知り合いの魔力反応と似たものを感じる。
ある意味最も不気味な存在といえるか……。
そしてもう一人、褐色肌の小さい……
「――げぇッ!」
先ほどまでの余裕がありそうな表情から一転。
男は突然素っ頓狂な声を上げた。
「……?」
今一瞬メイさんを見て驚いてたような……?
「ゲエ? それがお前の名か……?」
リズは切っ先を男へ向ける。
真面目にやってるのかちょっと僕にも判断できない。
「えっ? あぁ、いや……俺は怪しい者ではないぞ? ほれ、冒険者カードだってある」
そう言って男は、懐からチラリと金色の冒険者カードを見せた。
チラッとだけだったので名前までは見えなかったが……まぁそれは個人情報だしね。
それにしても金か……たしかAランクからは金色になるんだったか。
「ふむ……怪しくないならなぜ気配を消していた」
とリズは問い詰めるが、正直こちらも十分怪しい御一行なんだよね。
「そりゃお前あれだよ。ちょっとそこを宿代わりに使わせてもらってな。んで、朝起きたら急に人の気配を感じたからついよ……」
そう言って男は、傍にある冒険者ギルドを顎で指し示した。
戦争前に国境を越え損ねた冒険者、と考えればそう不思議な話でもない。
「そういうお前さんらこそ、この街に何のようだ? 言っておくが、この街には武具はおろか食料すら残ってないぞ」
男がそう言うと、リズはチラリとこちらに目配せし、剣を納め冒険者カードを見せた。
まぁ冒険者相手ならこれが無難だろう。
「残念だが同業者のようだな。あの完璧な気配の消し方も、高ランク冒険者と考えれば納得だ」
「なんで残念なんだよ……」
男は立ち上がり、やれやれといった具合に頭をかいた。
立ち上がると全身年季の入った装備をしているのがよくわかる。
そして、ここまでの様子を黙って見ていたメイさんが口を開いた。
「んー……どっかで見たことあるような気ぃするんやけどなぁ」
その言葉に、男はやや後退った。
「い、いやいや、そんなわけない――――っともうこんな時間だ! 悪いが俺は、三度の飯より冒険をこよなく愛する孤高の戦士なんだ! キミたちも道草を楽しむことを忘れてはいけないよ。――――ではさらばだッ!」
そう言って男は、逃げるように北へと走り去っていった……。
「なんだったんでしょうね」
「さぁ……ただ敵意はなかったようだな」
僕の言葉に、リズは肩を竦めた。
どうにもメイさんを見た瞬間態度が変わったような気がするけど……。
そう思いメイさんのほうを見ると、未だ何かを思い出そうとしているところにシルフィが声をかけた。
「……どうしたんです?」
「いやぁ、なんやあのセリフもどっかで聞いたことあるような気ぃして……」
金の冒険者カードを持っていたし、それなりに有名な人だったのかな。
二つ名があるとすれば……不審者?
などと失礼なことを考えていると、リズが街の南側へ向き直った。
「無人の街だというのに、また人の気配か……しかしこれはけっこうな大人数だな」
「たしかに……こちらはとくに気配を隠してはいないようですね」
シルフィも同じように南側へ視線を移す。
すると、馬に乗った集団の姿が徐々にはっきりとしてきた。
「あれはひょっとして……」
見覚えのある騎士の姿に、ホッと安堵する。
あれは敵じゃない……公国の騎士だ。
「――エルリット公女殿下ッ! もうここまで南下しておられましたか」
せっかく安堵した蚤の心臓は、騎士の言葉によって心拍数が上がってしまった。
そうだよね……公国の騎士ってことは、僕の立場はそうなるよね。
ドレスどころか化粧すらしてないんだから、少しは疑問に思って欲しいよ。
「えっと、あなたは……」
生憎と公国の騎士に知ってる人はいない。
すると、馬から降りた騎士は兜を脱ぎ膝を付いた。
「申し遅れました。この度鉱山都市ミスティア防衛を任されました、ジョンソンであります」
その言葉に続くように、後続の部下と思われる者も同様に膝を付いた。
人数的には100人といったところか。
都市の防衛と考えたらあまりにも少ない。
でもまぁ、僕の張った結界と、復活したアイギスさんがいるのを見越した上での采配だろう。
中には文官らしき人の姿もあるし、あちらが本命に違いない。
ところで、膝を付いてくれるのはいいんだけど……ここからどうしたらいいの?
パチモンの公女様なもんで、こういうときどんな顔したらいいかわからないの。
「……お、面を上げ楽になさってください」
「――ハッ!」
掛け声と共に騎士達は立ち上がると、足を肩幅程度に開き手を後ろで組んだ。
……それ楽なんか?
もっと楽にしてくれていいんだけど……。
などと思いつつ、一先ず要塞都市への主力部隊の報告を受け、そしてこの街の現状と北部の詳細を伝えることにした……。
「なるほど、無人ですか……。しかし放置して魔物や盗賊の類が住み着いても厄介です。よろしければ、部隊から20名ほどこの街に残したいと思いますが……」
ジョンソンと名乗った騎士はこちらへチラリと視線を送る。
「えぇ、ではそのように」
この街に騎士を残すということは、占領することと同義だろう。
であれば、許可を出すのが僕の仕事だ……多分。
僕の言葉を聞き、ジョンソンは部隊を編成し始めた。
そしてジョンソンからの報告では、5日後には主力部隊が要塞都市カトラリマスへ到着するらしい。
つまりここからはのんびりと南下していっていいわけだ。
旅を楽しむというわけではないが、道中何かあるかな? と思い、僕は地図を広げた。
「…………何もないな」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ……なんでこんなところにメイ姉がいるかねぇ」
逃げるように走り去った男は、遠目に小さく見えるタットの街を眺めていた。
そして目を瞑ると、懐かしい友人の顔が思い浮かんだ。
「……ガジット、お前の嫁さんは元気にしてたぜ」
そう言葉を残し、男は再び足を進め始めた。
「それにしてもメイ姉、俺の事すっかり忘れやがって……いや、俺が老けただけか」
そう言って男は顎髭を弄る。
見た目の変化があまりにも緩やかなドワーフと違い、ただの人は数十年という月日で大分印象が変わってしまう。
(葬儀にも顔を出さなかったからな……最後に会ったのは40年近く前か)
まぁ、おかげで絡まれずに済んだわけだが。
「さて、帝国の情勢はよくわからんが、今は北に行きたい気分だ」
男は基本的に目的地を定めない。
その時の気分で道を選び、立ち寄った街で路銀を稼ぐ。
放浪ともいえるが、男はそれを楽しんでいた。
その極地に辿り着いた彼を、人はこう呼んだ――――
Sランク冒険者の一角――――冒険王ロイド
見た目こそ50代程だが、御年70歳を迎える。