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「無礼者めっ!」
言い返されてさらに立腹した炎禍の顔が、瞬時に茜で染めたように赤らむ。
「私にそのような不遜な態度を取るとは、どうやら一刻も早く死にたいらしいな。お前のような醜穢(しゅうわい)な塵芥をこれ以上美しい蒼翠の下へ置いておけば、さらなる悪影響を及ぼすのは必至。ゆえにお前は大罪人として今、この場で斬り捨ててくれる!」
炎禍が左手に持っていた霊剣を鞘から抜きだし、振り上げる。
そのまま静脈から噴き出た血のように赤黒い剣身が、疾風のごとき勢いで無風に向かった。
「無風っ!」
炎禍が持つ血殺(けっさつ)の剣は、斬られれば傷口から身体中の血と霊力が噴出し死に至ると言われている。そんな禍々しいもので襲われたら、覚醒前の無風なんて一溜まりもない。
無風を守らなければ。衝動に背中を押されその場から猛然と駆け出した蒼翠が、無風と炎禍の間に飛び入る。
「あぶない!」
瞬間、背中に走ったのは痛みではなく熱だった。
次に感じたのは強い衝撃。
押し出されるように前へ倒れ込んだ蒼翠は、地に崩れ落ちる直前で無風の腕に抱き留められた。
「蒼……翠……さま……?」
「大、丈夫か……無……ぐっ……う、っ」
追うようにして現れた激痛に、息が詰まり言葉が出せなくなる。
「蒼翠様っ? 蒼翠様っ! なぜっ? なぜ私なんかを?」
なぜ。そんなのは当たり前だろう。お前は俺の大切な人なんだから。本当は目を見て笑ってやりたかったが、斬られた背中から血とともに霊力がどんどん噴き出していくせいで、身体を起こすことができない。
「無風……っ、ごめん……」
「え……?」
「いきなり……白龍族だなんて、驚かせた……だろう」
「ま……さか、蒼翠様はすべてを知っていたのですか?」
「……ああ……」
どうにか痛みを堪えながら頭だけ上げ、無風をまっすぐ見つめる。
「でも俺は……種族なんて関係なく、お前を……っ、くっ……」
「蒼翠様っ! お、お待ちください、今手当を……」
「手当はいい……っ……から。無風、よく聞け……近くの草陰に仙人がいる……俺が合図したら、仙人と逃げろ」
「何を仰ってるんです……蒼翠様を置いて逃げるなんて……できるわけが……」
「俺の、ことはいいから……大丈夫、だから」
「い、いやです……こんなに血が出ているのに……ここで逃げたら私は……私は……」
真っ青な顔で無風が首を横に振る。
「い、いから……頼むから……言うこと聞いてくれ……」
こうしてやりとりしている間にも、霊力がどんどん奪われていっている。意識も薄らぎ始めてきていて、喋るのも辛くなってきた。けれど、どうにか炎禍が驚いて我を忘れている間に無風だけは逃さなければと、その強い思いだけで身体を起こし、蒼翠は持てる力のすべてを振り絞って攻撃術を放った。
いくら苦手でも、相手の不意を打つ攻撃ぐらいはできる。
蒼翠の攻撃を受け、炎禍の背後で剣を構えていた炎禍の配下たちが「ぐう゛ぁっ!」と絶叫しながら後方に大きく飛んでいく。
蒼翠ができるのは、ここまでだった。
「は……や、く逃……っ、げろ……」
激痛で強張る両手で、無風を突き飛ばす。
「蒼翠様っ!」
自分だけの力で立てなくなった身体は、支えを失った途端にその場に崩れた。
息が苦しい。どれだけ吸っても肺が上手く脹らまない。血液が足りないせいでとうとう思考まで不明瞭になり、視野も暗くなってきた。
けれど不思議と無風の声だけは鮮明に聞こえる。
誰よりも大切で、愛おしい無風の声。
この声を聞きながら生涯の幕を閉じるのも、悪くないかもしれない。そう思った刹那、蒼翠の視界に眩いほどの光が突然飛びこんできた。
――なんだ……これ……太陽? いや、そんなはずは……。
天光のように神々しく日差しみたいに温かな光だなんて、太陽の恩恵が届かない邪界にはありえないのに。
瞼の裏がギュッと締まるほどの煌めきの中、蒼翠は光の正体を掴もうと懸命に目を開こうとする。しかし答えに辿り着く前に意識は途切れ、蒼翠は深い闇の中へと落ちていった。
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