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重成は己の力ではどうにもならない次元で事が進んでいることに憤りと無念に耐えかね、歯噛みした。
(ミョルニルの槌が使えれば・・・・)
だが雷神トールの血を引く猛き双子神、マグ二とモージの声は聞こえず、その神気も感じない。やはり破られたとは言え、ヴァナヘイムの結界の効果は残っており、ヴァルハラはこちらの様子を探れないのだろう。
(いや、何を甘ったれたことを考えているのだ、私は。他者の力を頼むのではなく、己の力でこの状況を打破するのだ。例えこの命に代えても・・・・)
神気を我が臍下丹田に集中させ、槍をしごく。
例え全身全霊の力を込めて槍を見舞っても、シンモラの強大な神気と灼熱の炎に包まれた肉体には傷一つ負わせることは出来ないだろう。
だが、ニョルズかフレイヤか、ヘーニルかあるいはブリュンヒルデが指輪を持って逃げるための隙を作ることは不可能ではないはずだ。
「・・・・!」
重成の覚悟と意志を鋭敏に察したヘーニルが重成の秀麗な顔貌に浮かぶ勁烈に過ぎる表情を凝視した。
しかし、それは一瞬のことで、ヘーニルの茶色い瞳が再び銀色に輝いた。
「このヴァナヘイムに無数の天翔ける船がやって来たぞ!」
この場にいる全ての者の視線が長大な弓を構える勇将に集中する。
(まさか、ヴァルハラから援軍が来たのか・・・・?)
絶望に覆われていた重成達エインフェリアとワルキューレに希望の光が灯った。しかし、それはヘーニルから続いて出た言葉によってたちまち無残に打ち消される。
「いや、あれはアース神族の天翔ける船ではない。骸で出来ている船・・・・。まさかあれは、先のラグナロクでロキが率いたというナグルファルか・・・・?」
余裕の笑みを絶やさなかったシンモラの表情が一変した。怒気を漲らせながら窓を破壊し、前庭に臨むバルコニーへと出、そのまま空へと舞った。数瞬遅れてグルヴェイグが続く。
混乱状態に陥ったワルキューレとエインフェリアであったが、意を決してバルコニーへと殺到する。ヘーニルとフレイヤがそれに続いたが、ニョルズは玉座を動かなかった。
「・・・・」
フレイヤが父の顔を心配げに見たが、ニョルズは凍り付いたようにその暗鬱な表情と頬杖を突いた姿勢を微動だにしなかった。
ヴァナヘイムの夜空は水の如く冴えわたり、美女の眉のような月と無数の星々がその光を競い合っていた。
だが、やがてその光を打ち消す瘴気を纏った醜悪な飛行物体の群れが天空を覆うのを千里眼を持たぬエインフェリアとワルキューレ、それにフレイヤも視認出来た。
「またあのロキめが霜の巨人共を引き連れてやって来たのか!」
「炎の巨人と霜の巨人か。お互いぶつかり合って上手く共倒れになってくれないものかな・・・・?」
ローランとエドワードが言ったが、重成は頭を振った。
「いや、奴が引き連れてきたのは霜の巨人じゃない・・・・」
重成の直観が告げていた。あのナグルファルに乗り込んでいるのは霜の巨人とは違う別の存在であると。
それは霜の巨人などとは比較にもならぬ程忌々しく、強大で、エインフェリア達にとって最大最悪の敵になるという確かな予感がした。
ヘーニルが千里眼を使ってその敵の正体を見極めようとしたが、ナグルファルが纏う漆黒の瘴気によって遮られてしまった。
「シンモラがニョルズのニーベルングの指輪を狙っているのを知り、阻止するためこうして駆けつけて来た訳だが・・・・」
ナグルファルの船内でロキが己の艶やかな黒髪をかき分けながら呟いた。
「まさかエインフェリア達までもがいるとはな。私が精魂を傾けて選び編成した「死者の軍勢」は思わぬ華々しい最高の初陣を飾れそうだ」
ロキはそのあまりに妖しい暗黒の淵のような瞳に底の知れない悪意と少年のように純粋な情熱を矛盾なく宿しながら、配下を見た。
木村重成、後藤又兵衛、ローラン、エドワードオブウェストミンスター、姜伯約、それに北畠顕家、武田典厩信繁、山本勘助、ヘンリク二世、夏侯妙才。
死者の軍勢の部将は彼ら十人のエインフェリアが生前において、あるいは忠誠を捧げた主君、あるいは命を預け共に肩を並べて戦った戦友、あるいは心から愛した肉親、あるいは恐怖し憎悪した仇敵から選んだ。
中央に座するのは風林火山の旗を掲げ、軍配を手にした僧形の武将だった。
その傍らには息子らしき顔貌のよく似た精悍な武士が控えている。
少し離れた場所には綸巾を戴き道服を纏い、羽扇を手にした清雅な仙人のような人物が四輪車に乗っていた。
その両脇を固めるのは又兵衛を上回る巨躯を持つ二人の偉丈夫である。
一人は胸に垂れる程の堂々たる美髯を備え、青龍偃月刀を手にしている。
もう一人は豹頭環眼、頬から顎に虎髭を波うたせ、蛇矛を構えている。
また二人の巨漢とは対照的な小柄な武将がいた。日本の武士だろうが、やや小太りで顔貌そのものは学者あるいは裕福な商人といった印象を受ける。
だがその瞳は清涼な武威に満ち、犯しがたい気品と溢れる知性を感じさせた。南北朝時代の大鎧を纏い、菊水の旗印を掲げている。
東洋の武将だけではない、西洋の騎士もいた。ローランのものと同じシャルルマーニュ大帝の聖騎士にのみ許された煌びやかな白銀の甲冑を纏った二十代後半の若い騎士で、黒に近いダークブラウンの髪を肩まで伸ばしていた。
女性もいる。一目で王族と察せられる豪奢なドレスを纏い、暗くくすんだ色調の金髪をウェーブさせていた。硬質な美貌であるが、そのグレーの瞳には強靭な意志が躍動しているようであった。その胸にはエドワードと同じランカスター家の象徴である赤薔薇のバッジを付けている。
ロキのすぐ側には三人の武士が控えていた。一人は三十代後半だろう、逞しい長身、いかにも癇性が強そうな削げ落ちた頬に鋭い目つきで、長大な太刀を背負っている。
その少し年上らしい二人目は南国の出身なのだろう、浅黒い肌で角ばった顔つきに中背だが筋骨隆々な体つきである。その手には鉄の筋金を打ち付けた六角棒が握られていた。
「喜ぶがよい。お前が心中で最も戦いたいと思いながら、同じ陣営に属していたため出来なかった天稟の武勇の士とすぐに再会することになるだろう」
ロキが三人目の武士に語り掛けた。三人の中では最も年長のはずだが、どちらかと言えば小柄で、女性のように肌がみずみずしく白いので二十代に見える程若々しい。
鮮やかな緋縅の甲冑に鹿角の前立に白熊付きの兜を着用し、その手にするのは朱色の柄の十文字槍である。
彼こそが、エインフェリアの中で最も清く美しい魂の輝きを放つ木村重成がかつてミッドガルドにおいて誰よりも憧憬と畏敬の念を抱いた存在である。
彼と戦場で見えたその時、重成の魂はかつてない衝撃を受け、揺らぎ、悲憤の為にさらなる光彩を帯びることだろう。
そしてエインフェリアと死者の軍勢による新たなるラグナロクは悲壮を極め、堕落し老いた神々の戦を超える清烈にして壮大な大戦となるはずである。
ロキは期待と興奮に胸を躍らせ、少年のようにその顔貌を輝かせた。