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彼女は白無地のコンパートメントに入る。
さあ、今に彼女がそこから出てきてみろ。
僕のファッションセンスの乏しさはついに白日の下に晒され、彼女の罵詈雑言が耳を穿つだろう。
戦慄した僕は藁にもすがる思いで店員さんを見る。
多分、今の僕は顔面蒼白と言ってよく、死者の蘇りを彷彿とさせるだろう。
しかし、それにも拘らず店員さんは意味ありげに微笑むのみだった。
な、そ、それがここの常連への態度か。
僕はこう見えてここには通い詰めているんだぞ。
もちろん、何時も三枝と一緒に来ているが。
そりゃあだって僕は健全な男子であるわけだし、すなわちファッションへの目覚めはまだ早いと言うものだ。
と、そんな現実逃避を息巻いて力説している間にもデッドラインは近づいてくる。
すると僕は俄然、こんなことを思いつくわけだ。
トイレに行ったらどうだろう。
トイレに行って、彼女の往々の謗りを逃れたらどうだろう。
名案ではないだろうか。
今思えばお腹も少し痛くなってきた。
よし、そうだ。
トイレに行こう。
僕は徐に席を立とうとする。
目先には男子トイレがあった。
刹那、僕は女子の声、然も僕としては最悪の事態を彷彿とさせるような女子の声で呼び止められた。
首が緊張からかうまく回らない。
一瞥だにせずにも彼女の不満顔が認識できる。
というより、彼女の不満、或いは疑念が僕のところにまで滔々と流れ渡っている。
漸く振り向くとそこには疑惑の念に目を細めた三枝がいた。
い、いや、ちょっとトイレに行こうかなって。
「へぇ、私にはあんたが逃げようとしているのが手に取るように分かったけれど」
に、逃げる?ははは、面白いアメリカンジョークだね。って、三枝は日本人じゃないかーい。それだったらジャパニーズジョークじゃないかーい。ははは
「何を言っているのかわからないのだけれど、もし逃げたらどうなるかわかっているんでしょうね」
ど、どうなるとは?
僕は固唾を飲む。
「……さぁ、まあ、それなりの覚悟が必要ということよ」
あ、ああっと、どうやらさっきまで暴れていた僕の腹の虫が落ち着いたようだ。これでトイレに行く必要は無くなったな。うん、ない。あ、あんなところにちょうどいい椅子がある。よし、ここで三枝様をお待ちしよう。逃げようなんて思っちゃダメだな。うん、一顧だにしていないけれど思っちゃダメだ。
「そう、物分かりが良くて助かるわ」
三枝はまた試着室の中に入った。
僕の手は尚も残留する恐怖に震えていた。