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「大軍を一瞬でこちらに移動させることが出来るだと……?」
信繁が疑わし気に言った。
「霜の巨人の数はおよそ三万。死者の軍勢もほぼ同数であろう。我らヴァルハラの軍も現在動かせるのは恐らくそれぐらいのはずだ。それだけの大軍をどうやって?」
「皆さま、ミッドガルドからヴァルハラに渡った時のことを思い出してください」
ゲンドゥルは相変わらず微笑を絶やさない。だがその妖艶な青と黒の瞳には勝利への渇望と戦乙女として任務を何としてもやり遂げる鋼の意志、そして己の異能への絶対的な自信が煌めいていた。
「あー、あの何たらとかいう虹に乗って一瞬で銀河を渡ったんだよな」
「ビフレストの虹でしたな。まさか、あれを……?」
孫堅に続いて勘助が言うと、ゲンドゥルは会心の笑みで応じた。
「いかにも。ビフレストの虹でこのニブルヘイムとヴァルハラを繋ぎます。そうすれば武装した三万の大軍でも一瞬でこちらにやって来るでしょう」
ゲンドゥルの言葉に五人のエインフェリア達は感嘆の声を上げた。
「それはすごい。それにしても、あれは相当高度なルーン魔術だと思うが、今から術式を組むのか?」
ヴァルハラに来て以来、ルーン魔術の研究に取り組んできた勘助が言うと、ゲンドゥルはさらに自負の念を表した。
「流石、勘助様は分かっておられてますね。そう、ビフレストの虹は我がヴァルハラのルーン魔術の中でも最高の奥義に数えられるものです。並みの戦乙女ならば、数人で術式を組まねばなりません。ですがこのわたくし、ゲンドゥルならば一人で、三時間程の時間で組むことが出来るのです」
「三時間か。ふむ、それぐらいならばかえって丁度よいやも知れぬな。その間ならば霜の巨人共は持ちこたえるであろうし、いくらかは死者の軍勢にも損害を与えるであろう」
「そして奴らが共に傷ついた所に突如俺らの軍勢が現れて、美味しい所を頂く。いいねえ、最高の展開じゃねえか」
義元に続いて孫堅が言った。先程までは関羽と張飛の猛勇に恐怖と不安を抱いていたが、既に立ち直ったようである。
「グスタフ様、よろしいですか」
ゲンドゥルがヴァルハラにいるグスタフアドルフとの念話を開始した。
「うむ。そちらの様子はどうなのだ」
「やはり霜の巨人はニーベルングの指輪を所持し、ロキに渡す気は毛頭ないようです。死者の軍勢との戦が始まりました。ですが早々に敗れることは明らかです」
「ふむ……」
「今すぐにヴァルハラの軍勢を動かせるよう、準備してください。三時間後にビフレストの虹でこのニブルヘイムで来てもらいます」
「ビフレストの虹!そうか、あれを使って大軍を一瞬で移動させようというのか。素晴らしい!うむ、こちらは今すぐでも動けるよう、既に準備を整えたぞ。さあ、早くしろ」
遠いヴァルハラにてグスタフアドルフが興奮と昂りで狂わんばかりなのがありありと思い描かれた。
「うふふ……。流石はグスタフ様。では、しばしお待ちください」
グスタフとの念話を打ち切ると、間髪入れずゲンドゥルはビフレストの虹でニブルヘイムとヴァルハラを繋ぐべく術の用意を始めた。
ニブルヘイムの凍った大地に魔法陣を描き、複雑な模様が描かれた札を張り巡らし、ルーンの詠唱を行う。
強大にして研ぎ澄まされた神気に包まれ、忘我の状態へと没入したゲンドゥルをしばし感嘆の思いで見つめていたエインフェリア達であったが、すぐに視線を死者と霜の巨人が荒れ狂う戦場へと移した。
蜀漢と武田の死者の武勇は霜の巨人を圧倒するように見えた。だが指輪を死守せんとする霜の巨人は一歩も引こうとしない。
そんな彼らの意志に感応したのか、ニブルヘイムに吹き荒れる吹雪が猛烈な勢いと化した。
氷雪が弾丸となり刃となって死者の軍勢の腐敗した肉体を打ち、切り裂く。それだけではない。氷雪が霜の巨人の肉体に付着し、彼らの鎧となり、その爪牙をより鋭利な剣と変化させた。
霜の巨人の兵団の武力が増したことを受け、死者の軍勢の侵攻の勢いが減じた。すると死者の軍勢の大将がいるであろう中心からけたたましい銅鑼と鐘の音が鳴り響いた。その音色は暗黒の力故か、耳をつんざく吹雪の音にもかき消されることなくはっきりとこのヨトゥンヘイムの凍った大地に行きわたった。
すると先陣で武による電光と猛風を巻き起こして霜の巨人を薙ぎ払っていた関羽と張飛が突如馬首を返して後退した。二人の意のままに動く蜀漢の兵も精密な機械の様にそれにならう。
「お、奴ら退くふりをして、巨人共を誘い込んで包囲するつもりだな」
孫堅が言うように、死者の軍勢はただ霜の巨人の進化に押されて引く訳ではないのだろう。
その後退する様子はあくまで整然としていたし、徐々に陣形を変化させているようであった。
先程までは先陣であり、今は殿を務める形となった蜀漢の部隊が左右に散って行った。そしてそれまでは弓矢を放って先陣の援護をしていた第二陣である武田家の部隊が踏み止まって太刀を抜き槍をしごいて霜の巨人の突撃を食い止める。
さらにそこに後方に控えていた大将の両翼の部隊が第二陣に加勢した。右翼は武田軍、左翼は蜀漢軍の精鋭部隊なのだろう。
その武勇は先陣、第二陣を超える巨岩の如き重厚さに加えて雷火の激しさを秘めていた。
第二陣と両翼部隊が合した部隊は氷雪の鎧を纏い爪牙の威力を増した霜の巨人の攻撃にも全く引けを取らなかった。
そこに左右に散って行った関羽と張飛が率いる先陣が疾風の速度で舞い戻り、霜の巨人の兵団の側面を突いた。