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誰かの優しい声で目が覚めた。暖かくて、穏やかで、世界で一番大好きな声が聞こえた。
体を包んでいた羽毛の布団を退けてリビングに向かった。
リビングに行くと台所に母が立っていて、こちらに気づくと柔らかく微笑む。
心が暖かくなり、嬉しくなって自然と口角が上がってしまった。
食卓テーブルにはスープにパン、お世辞にも豪華とは言えないがそれでもこの世で一番のご馳走だ。母と2人でご飯を食べておしゃべりをする。今日は何するのか、最近あった出来事、村で聞いた噂話。
もう戻ることのない幸せな日々の記憶。
おでこに感じる冷たい刺激で目を覚ます。
硬くて冷たい床、藁を編み込んだだけの薄い布団、奴隷を男女問わずをぎゅうぎゅうに詰め込んだ劣悪な環境。いつもの景色だ。
目を覚ますと酷い刺激臭が鼻の奥を刺す。1番最初に見たのは隣で寝ていた奴隷の死骸だった。まだ小さいその体には蝿がたかりウジが湧いている。肉が腐り、所々骨が見えている。
最悪の目覚めだった。何度も見た光景ではあったが、慣れる事はないだろう。
長年の奴隷生活の中で学んだ事がある。奴隷同士では仲良くしてはいけない。
いつ死ぬのか分からないからだ。仲良くなった次の日には死んでいる。
同年代の奴隷は大体死んでしまった。今、 自分が生きているのも結局は幸運の積み重ねなのだろう。
「…片付けないとな。」
部屋を散らかしてはいけない。
彼はもう人間ではなくただの肉片なのだから。
死体をなんとか持ち上げる。
力の抜けた人間はとても重い。
小さくて、肉なんて付いていないほぼ骨のような体なのに持ち上げるだけで一苦労だ。
死体を牢屋に用意されたゴミ箱に入れる。
牢屋には大きなゴミ箱が用意されている。 だが奴隷からはゴミなんて出ない。
奴隷がゴミを捨てるほど恵まれている訳が無い。きっとこの使い方が正しいのだろう。
ふと、首筋に冷たい物を感じ、上を向くと天井から水が滴っていた。きっとこれが目を覚させた原因なのだろう。雨漏り、外は雨が降っているのだろうか?
「お兄、大丈夫?」
声が聞こえた方を見ると同じ奴隷の小さい女の子が話しかけてきた。
「うん、気にしないでエリナ」
エリナはここの奴隷で最年少の子だ。
どうやら顔に疲れが出ていたようだ、彼女は心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
彼女は人の不調に真っ先に気づく、幼いながら周りをよく見ている、賢い子だ。こう言う子は長生き出来る。
エリナと話していたら、遠くの方で足音が聞こえた。
奴隷達は一斉に飛び起き、布団を畳む。
染みついた動きだった。
歩き方から若い男の人だろう。
わざと音を鳴らしている歩き方や呼吸音などから苛立ちを感じる。
そして、こう言う時は大抵、、、
「おい、そこの青髪。面貸せ」
こう言う時奴隷は八つ当たりの対象にされる。そして選ばれるのはいつも最年長の自分だ。だが拳をよく見て的確な受け身を取ればそこまで痛くない。奴隷の経験による生き延びる術である。
そんなことを考えてるうちに拳が目の前にあり、鈍い音が地下に響き渡った。
その日は結局夜まで殴られた。
牢屋に戻ると子供達が心配そうに見つめていた。こんな小さな子が殴られたら簡単に命を落とすだろう。殴られるのが自分で良かった。
子供達は自分のことをお兄と呼び慕ってくれる。そんな子たちが死んでしまって何も感じない訳がない。
そんなことを考えながら支給された何が入ってるのか分からないような緑色のスープとカビの生えたパンを胃袋に詰め込み、その日は沈むように眠った。
それからしばらくの月日が経ち、再び夢を見た。母と一緒に街に出かける夢だ。街は凄く広くて、色んな建物があった。見るもの、感じる物全てが新鮮だった。
母は楽しそうをする自分を嬉しそうに眺めていた。
「あまり遠くに行ったらだめよ。ーーー」
鉄を叩く大きな音で目を覚ました。幸せな夢から無理やり現実に引き戻される。
母が言いかけた言葉はなんなんだったのだろうか?
「さっさと起きろ!クソども!」
いつもの若者が牢屋の鉄格子を力いっぱい叩いていた。足音に気付かないほど深く眠ってしまったらしい。いつもなら殴られてしまうのだが特にお咎めなしだった。
どうやら、仕事で遠征に行くらしい。
遠征はこの生活での楽しみの一つだ。
荷物運びなどをするため遠くの場所に行く。外で色んな物を見ることが出来るから牢屋の中でただ時を過ごすよりよっぽど楽しい。
馬車の隙間と言う隙間に奴隷たちが詰め込まれる。体を少しも動かすことが出来ないくらいぎゅうぎゅう詰めにされて、3日ほど過ごした。移動の間は食事は少ししか与えられないため貰ったパンを少しづつ大切に食べる。
取り合いなんて起こらない。みんなジッとしてエネルギーを消費しないように努めていた。
馬車が止まり奴隷たちが次々と降ろされていく。偶に旅の過酷さに耐えきれず力尽きる事もあるのだが今回はみんな無事だった。
そうして街に降り、辺りを見回す。
夢の中で見た街にそっくりだった。
少し救われた気がした。
今まで、母との記憶が実在するものなのか不安だった。もしかしたら本当は母親なんて居なくて、自分の妄想だったんじゃないかとそう思っていた。だから街が本当にあると分かっただけで救いだった。
他の奴隷たちも目を輝かせていた。
きっと初めて街を見た者もいるのだろう。
だからこそ、自分に救いがないと知ってしまうから辛いことでもあるのだが、、、
街に着くとすぐに仕事を始めた。
労働内容は闇取引の荷物を運ぶと言ったものらしい。人の体より重い荷物をなんとか運ぶ。運ぶのが遅くて叩かれているものもいた。でも労働中のためそこまで強くは殴られない。それだけでもかなりマシな方だ。
3個目の荷物を運び終え、監視の目を盗んで一息付いていた時、運び屋と衛兵のような人が話しているのが遠目で見えた。
運び屋から焦りと緊張、衛兵から疑いの感情を感じた。
衛兵は綺麗な女の人が彫刻された石を首にぶら下げていた。なぜかその石に吸い寄せられ無意識のうちにその衛兵に近寄ってしまう。気づいた時には目の前まで近づいていた。
しまったと思った。さっきの雰囲気から職質だろう。なのにこのタイミングで奴隷が入ってきたら尚更怪しまれる。今度こそ殺されてしまうかもしれない。そんな恐怖で体が動かなくなった。
「お前、なんでこんな所に!」
運び屋の男からとても大きな怒りを感じる。
顔には血管が浮き出ており、オーガのような顔になっていた。
衛兵に伝えたら助けてくれるだろうか。そう思い、衛兵の方を見ると衛兵は固まっていた。目線は手に握っているあの石に向いており、微かに光っていることがわかった。
驚きと困惑、そして微かな喜びの感情を感じる。
「何故、、、こんな所におられるのだ。」
そう呟くとガッと肩を掴み、ものすごい剣幕で話す。
「君!名前は!」
名前、何だっただろうか?生きていくのに手一杯で名前など忘れてしまっていた。
ふと、さっきの夢をはっきりと思い出した。
『あまり遠くに行ったらだめよ、グレイ』
そうだ、思い出した。僕の名前は、、、
「グレイです。僕の名前はグレイ・モルトです!」母さんが付けてくれた、大切な名前だ。
衛兵はグレイの細い腕を掴むと、鎧を着ているとは思えないすごい速度で走り出した。衛兵が首から掛けている石はさらに輝きを増していた。