気づいたら目で追っていた
忙しない朝の通勤通学ラッシュ
華奢な体で大きなリュックを抱え、眠気を堪えるあなた
始発近くで乗るのだろうか、私が見るといつも隅の席に座っている
そして、必ず席を譲る
ある時は杖をついた盲目の男性、ある時は私立小学校に通っているであろう制服を着た小さな子供、ある時は妊婦さん
電車の扉が開くたび、必要な人がいないかきょろきょろと瞳を動かすあなたに、いつからか惹かれていった
「あの…大丈夫ですか?」
多忙極まり珍しく体調を崩した
般若さんからは無理をしないようにと念を押されたが、どうしても確認したいことがあって今日も出社するため電車に乗り込んだ
無意識に彼女の席の隣に立ち、手すりに頭をもたげて息を吐き出した時
優しい声が聞こえた
「あ…すみません、大丈夫です」
「顔色悪いです、座ってください」
私のジャケットの裾を引き、席へ誘導する
困惑しながらも座ると、どっと疲労が押し寄せて、気づけば眠ってしまった
「あの…お兄さん…大丈夫ですか」
はっと顔を上げると、心配そうに覗き込む彼女
「…すみません、今どちらでしょうか」
告げられた駅名は、聞き慣れないものだった
「ご迷惑をおかけしました」
一旦ホームに出て、逆方向へ向かう
謝罪の言葉を伝えると、彼女は微笑んで大丈夫だと伝えてくれた
「私、この駅からでも歩いて行けるんです。だから…これよかったら」
おずおすと差し出されたのは、よく見るパッケージの紅茶ボトルだった
「本当はスポーツドリンクが良いと思うんですけど、今これしかなくて」
顔を赤らめながら私を見上げる瞳に吸い込まれる
その瞬間、どろりとした感情が流れ込んだ
「ありがとうございます、いただきます」
彼女の小さな両手ごと、紅茶のボトルを包み込む
さらに顔を赤らめたあなたを見て、この気持ちが確信に変わる
「それでは、お気をつけて…お大事にしてください」
「ありがとうございます…また」
お会いしましょう、その言葉はやってきた電車にかき消された
大人とはずるいもので、色々なコネや技術を駆使すれば、他人の情報なんて簡単に手に入る
愛おしい彼女は、あれから何度かすれ違うが、私のことなどすぐに忘れてしまったようだ
彼女にとって私は、毎日手を差し伸べるその他大勢の一人に過ぎないらしい
「◯◯さん…」
手に入れた情報をスマホで確認し、うっそりと笑う
私の顔は、あなたにどう映るのだろうか
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