屋敷の中での潜入調査
重々しい扉が軋む音を立てて開くと、そこには数名のメイドたちと、屋敷の主――依頼主が待っていた。
依頼主はやや痩せた体つきで、整った身なりをしていたが、どこか落ち着きのない様子だった。そして彼の周囲に漂う香り――それは不自然なほど濃く、鼻を突くような香水の匂い。まるで何かを隠すためのカモフラージュのように感じられた。
「ご案内します、こちらへ」
そう言ったメイドの声も、どこか張り詰めていた。
調査の名目で屋敷に滞在することになった一行は、しばらくの間“使用人”として過ごすことになる。
叶さんと葛葉さんは厨房に配属され、ライカ君、累先輩と共にメイドとして働きながら、屋敷内の情報を探る。
時折、厨房の奥からは笑い声が聞こえるものの、それが緊張の中の演技なのか本心なのかはわからない。
僕は別行動となり、階段の掃除を担当することに。
そしてそこにいたのは――姉ちゃん。
長い間行方不明だったはずの、あの姉ちゃんだった。
隣にはエドさんという物静かな男がいて、2人はまるで前からそこにいたかのような自然さで掃除をしていた。
「……姉ちゃん?」
思わず声をかけそうになったその時、姉ちゃんはこちらを一瞥しただけで、まるで“知らない人”を見るかのように視線を逸らした。
冷たい空気が背筋を走る。
この屋敷、何かがおかしい
階段の踊り場でモップを握ったまま、僕はしばらく動けずにいた。目の前には、あの姉ちゃん――行方不明だったはずの姉ちゃんがいる。
けれど、彼女の笑顔はどこか作り物のようで、目の奥が笑っていない。
その時、後ろからそっと気配が近づいた。
「いた。よかった、こっちにいたんだね」
振り向くと、咲生(さくな)が静かに息を弾ませながら立っていた。
手には屋敷の見取り図と、何か書き込まれたメモ用紙を握っている。
「さっき、厨房の裏に隠し通路みたいなの見つけた。あと、メイドの一人、指に火傷の痕があった。何か変……普通の仕事じゃないと思う」
咲生は声を潜めて言うと、僕の顔色を見て眉をひそめた。
「……どうしたの?顔、真っ青だよ」
僕は階段の下の姉ちゃんを顎で示した。
「いたんだよ。姉ちゃん。……でも、なんか、おかしいんだ」
咲生も一瞬目を見開いたが、すぐに表情を引き締めると、そっと2階へと目を向けた。
「わかった。私、上を探ってくる。こっちは頼んだよ」
そう言い残して、彼女は静かに階段を登っていった。
ふと、下の方から声が聞こえる。
「エドさーん、次の部屋もお願いねっ」
姉ちゃんの、あの懐かしい、優しい声。
けれど、あまりにも“いつも通り”すぎて、逆に不気味だった。
隣にいたエドという男は無言でうなずき、姉のあとをついていく。
その光景を、僕は無意識のうちに睨みながら、つぶやいた。
「……そんなやつ、ほっときな」
届くはずのない言葉だった。
でも、もしこの中のどこかに“本当の姉ちゃん”がいるなら――きっと、聞こえてるって信じたかった。
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