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「あの、俺、ここらの美大の3年なんですが、お時間あれば描かせてくれませんか」
「あ、えっ」
唐突な彼の言葉に、俺は声が上手く出なかった。
「あっ、急にこんなこと言われたら困っちゃいますよね。ごめんなさい。お仕事でおつかれですよね。」
苦笑いのような、少し笑みを浮かべてその青年は言った。
「あ、いや。驚いて…。俺は全然問題ないよ」
絵を描かせてくれなんて今まで言われた事もないし、知らない人からこんなこと言われても断っていただろう。
でも、俺は純粋にこの青年に興味があった。我ながら気持ち悪い動機だけど、普段こんな風に出会うとかなかったから、こんなことがあってもいいだろう。
青年はパァッと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!あのっ、では、あそこのベンチに座ってもらえますか?」
鉛筆が紙を滑る音が、静かな夕方の公園に響く。
「あの、おれそこの美大の3年の篠口 悠(しのぐち はる)って言います。悠々の「悠」って字を書きます。
ちなみに、お兄さんのお名前って。たまに、あのお肉屋さんのコロッケ食べてるの見たから…気になったんです」
名前、いいな。んで、たまにここに来て食べていたのを見られていたのか。恥ず。
「篠口くんか、悠っていい名前だ。君にぴったりだね。俺は北見 柚。たまにここに来ていたのを見られてしまっていたか、恥ずかしいな」
恥ずかしくなって苦笑いが出る。
「あ、いや。勝手に見ていたなんて気持ち悪いですよね(苦笑い)。俺は気分転換にここによく来ていて、よく見かけるから。話してみたくて。」
篠口くんは、照れたように笑った。胸が高鳴る。心臓が少しばかり早くなった気がする。
「篠口くんは面白いね。こんなおじさん面白くないよ?」
思わず頬が緩んでしまう。にやけて笑ってしまいそうだ。可愛いな。
「そうですか?それに、北見さんはおじさんじゃないですよ」
柔らかい笑顔を浮かべながらそう答えた。
それからは、取り止めもない話をした。
篠口くんの大学の話、ここら辺に住んでるってこと、あの肉屋さんのコロッケの話。
何だか、久しぶりに楽しかった。人と話をするのは煩わしいことだと思ってたけど、こんなに楽しいことだっただろうか。
「今日はありがとうございました。楽しかったです。」
「こちらこそ。俺も人とこうやって話すのが楽しいなんて久しぶりだよ。ありがとう。」
「それなら、俺も嬉しいです。あの!もし、よければ、なんですが、またこうやって絵を描かせてもらえませんか?」
「うん。是非とも。」
こそばゆいような雰囲気が漂った。
「では、また。」
「うん。またね。」
それからは、早く帰れた日は必ず公園に行くようにした。楽しみができたのだ。
つまらないルーティーンのような生活も、少しの楽しみができた。何度か会って、篠口くんが絵を描いている間の会話で分かったことがある。
篠口は優しくて、交友関係はそんなに広くはないらしい、モテるだろうとよく言われるがいつも片思いで終わるということ。今も気になっている人がいるらしい。彼の笑顔は柔らかくて、胸をキュッと締める。抱きしめてしまいたい。
俺はこの青年に俺は恋をしてしまったらしい。目が離せない、会いたい。年甲斐もなく、純粋に恋をしてしまっていた。6つ下の青年に。
だが言えないだろう。この気持ちは。彼には思い人がいると言うし、こんなおじさんに言われても迷惑なだけだろう。
でも純粋に楽しもうじゃないだろうか。この絵を描く描かれるみたいな関係で、楽しく会話を出来ればそれでいい。
何度目かのスケッチの終わり、じゃあ解散しようかとなった時に篠口くんが俺を引き留めた。