レジ袋をカサカサと鳴らしながら歩く仕事帰り。
疲れたなあと視線を上げるとひんやりとした秋の空気の中星たちがキラキラと輝いていた。
普段そういうものに風情を感じるタイプでもないのだけれど、さすがに雲ひとつない空には感嘆が漏れた。
「いいねえ」
帰ろうとしているシェアハウスを見れば、目に入るのはあまりシヴァが行かないバルコニー。
あそこだったらこの星空をさらに近くに感じられるのでは。と、玄関をくぐりメンバーに帰宅の挨拶もすることなくフラフラとバルコニーへと向かった。
道よりも高いところにあるここは遮るものが少なくて抜けるような景色だった。
途中で寄ったドラッグストアで買ったハイボールを取り出して、バルコニーに置かれているチェアに腰掛ける。
カシュと缶を開けて眺めがら飲めばそれだけで贅沢な気分となった。
「あれれぇ、粋なことしてますねえシヴァさん」
「おぉーっと、見つかっちゃったねえ」
どうしたのこんなところでなんて声をかけてくる彼に、なおきりさんこそなんでこんなところにと返す。
「配信者たるもの好奇心旺盛でなくては」
なんて返ってきて、6缶パックで買ってきたハイボールをもうひとつ出して一緒にどうかと誘えばいいんですかとすんなりチェアに腰を下ろした。
「好奇心はいいの?」
「今まさに珍しいことしてる人の横で満たしているところですよ」
「言われてみればそうかもなあ」
思わずくすくすと笑いがこぼれた。
今日もうりが駅まで迎えにきてくれて一緒にシェアハウスまで帰っている。
動画のこととか、学校の間のメンバーのことなんかを聞きながら歩いているとけっこうあっという間に時間が経っていたりする。
ほら、遠くもないけどすごく近くもない駅までの道がもうすぐ終わりそう。
そんなとき、うりがシェアハウスで何か見つけたようだ。
「なあ、えとさん。バルコニーに誰かおらん?」
「え、どこどこ」
ほらあそこ。とうりに指された方を確認すれば確かに人影のようにも見える。
「というか、あれ見えるとか目良すぎじゃない」
「たまたまやって。他の椅子白いのにあそこくらいやん」
「あー、確かにー」
「泥棒、とかじゃないよな」
「用心棒の出番じゃん」
トンとえとがうりの背中を叩けば、うりはそうだよなあと眉間を寄せた。
万が一、本当に泥棒や不審者だったらメンバーを不用意に巻き込むのはよくないと、とりあえずうりとえとだけで様子を見ることにした。うりが何かあってもすぐに他のメンバーを呼びに行けるように。
そぉっと、バルコニーを覗けば優しい声で会話するのが聞こえてくる。
「なおきりさん、シヴァさん?」
「え、その二人なの?」
戸惑うような声かけになおきりとシヴァが振り返れば、こっそりと覗くうりとえとがいる。
「おぉ、うりりん。えとさん」
「どうしたんだよー」
「どーしたんだよーじゃないっすよ。何してんすか珍しい」
「うりが外から見つけて泥棒なんじゃないかって」
泥棒?ひどいなあなんてなおきりとシヴァが笑うが、うりとえとは外から見たら不審者だよと伝えると面白かったようでもっと笑ってる。
「なおきりさんがここにいたの?」
「ううん、シヴァさんだよ」
「シヴァさんが?」
「めっちゃいい感じだなと思って」
「めっちゃいい感じ?」
「何が?」
首を傾げるうりとえとにシヴァがほらと空を指せば、二人はうわあと嬉しそうな声を上げる。
「え、めっちゃきれいじゃん」
「全然気が付かんかった」
「ね。……きれい」
二人はしばらく空を眺める。シヴァとなおきりはそんな二人を面白そうに眺めた。
「まだ、シヴァさんとなおきりさんここにいる?」
「まだひと口目なんでいますよ」
なおきりとシヴァが缶を揺らしながら返事する。
「まだあるから一緒に飲むか?」
えとさん二十歳になったしなーと誘う。
「飲めるけどぉ、さすがにここで冷たいのは冷えるわ。あったかいの取ってきていい?」
「オレも部屋にレモンサワー買ってあるから取ってくる」
「おっけーい」
「待ってますね」
とりあえずうりとえとはそれぞれ準備してからまたバルコニーに戻ることにした。
一旦部屋に戻って荷物を置いてから、温かいのにしようと本館のキッチンまでえとはやってきた。
ココアにしようと準備して、きっと少し長居すると寒いよなと魔法瓶にお湯などを持っていくことにする。
「準備できた?」
部屋からレモンサワーだけを持ってきたうりが声をかける。
「お湯沸いたら行ける」
「何これ。何持ってくの」
「冷えるかなあと思ってインスタントの味噌汁」
「めっちゃいいじゃん。まって。待ってて先行かないでね。オレもう一回部屋行ってくる」
「わかったあ」
お湯が沸くのを待つ間に、ブランケットも持っていこうかなとリビングにあるのを借りるつもりだ。
「えとさんおかえりー」
「じゃっぴただいまー」
作業が終わったのか、合間なのかはわからないがじゃぱぱがリビングまでやってきた。ブランケットを何枚か持っているえとに首を傾げている。
「毛布いっぱい持ってどうすんの?」
えとはどうしようかなあと考える。仲間はずれではないが、あまり人を増やしすぎるのも勿体無い気がする。
けれど、じゃぱぱひとりくらいならばいいかとじゃぱぱのこの後の状況を聞いた。
「もう、のんびりして寝ようかなあって感じだけど」
「じゃあ、一緒においでよ」
「おいでよ?」
えとさんこれーとうりが部屋から戻ってくる。
「あぁ、昆布茶」
「そう、昆布茶」
えとの用意したお盆の上にコトリと昆布茶の缶を乗せる。
「じゃぱさんやん」
「よぉ、どこいくの?」
「一緒に行かない?って誘った」
「あー、じゃぱさんならいっか」
「でしょ」
「どーゆーこと?ついてくのはいいんだけど」
えとはもう一個ずつ必要だねと味噌汁と紙コップを足して、じゃぱぱ自身にもう一枚毛布を足すように頼んだ。
「うり、昆布茶買ったんだ」
「あの後また無性に飲みたくなった」
ちょっとわかる気がするとえとは笑う。じゃぱぱがあの後?と首を傾げるのにえとがスーパー銭湯のドリンクバーにあったことを説明する。
「これ、えとさんにあげるわ。女子たちで飲みな」
「ありがとう。いいの?」
「あのあとたっつんさんも、シヴァさんも、なおきりさんも買ってきた」
「買いすぎでしょ」
「オレとシヴァさんしか開封してなかったのが幸いやね」
「そんだけあるならザウルス寮にも欲しいわ」
「シヴァさんくれるんじゃね?」
「確かにー」
と、会話をしながら準備も整ったのでじゃぱぱには説明せずに行くよとリビングを出た。
「お待たせー」
「おっせーぞ。って」
「おぉっ、じゃぱぱさんじゃあないですかー」
「JPAPAさーん。どうぞどうぞ」
珍しいじゃぱぱの登場にシヴァとなおきりは腰を上げて着席を促す。
ただ連れられてきたじゃぱぱは状況がよく飲み込めずにそのまま着席させてもらった。
落ち着いてきたので、えとはそれぞれブランケットをうりに配ってもらってセルフサービスでと魔法瓶、インスタント味噌汁、昆布茶、コップが乗ったお盆をテーブルの真ん中に置いた。
「いやー、気がきくね」
「さすがに冷えてきたところだったわ」
「だよね。絶対寒いと思った」
えとは飲みやすいくらいの温度になったココアに口をつける。
なおきりは指先が冷えたのかお湯をコップに入れてカイロ代わりにしている。じゃぱぱは自由な空気に昆布茶を適当に作って口をつける。
「あっははは!昆布茶持ってきたのうりりん」
「おう。えとさんにあげた」
「全員買ってくるとか気が合いすぎでしょ」
「その次の日か、また次の日にみんな買ってたっぽい」
「じゃぱさんも欲しいって」
「おう、オレのあげるわ」
「えとさんが買ってなくてよかったわ」
「逆じゃない?むしろなんで買ってないの?」
「たしかに」
「空気読めてねーなあー」
「5こもシェアハウスにいらないだろ」
それはそうなんだけどねーと笑う。そんな様子をじゃぱぱは面白そうに見ている。
「なんか、このメンバーの空気って独特だよねー」
「そうかなあ」
「本人たちは自覚ないものかもね」
じゃぱぱ以外は首を傾げる。その中で確かにそういうのはあるかもとなおきりがいう。
「じゃぱぱさん、のあさん、1025、ゆあんくんの空気も特別感ありますしね」
「あぁ、確かに」
「わかるなあ」
「えぇ?まあ、でもそういうのとはちょっと違う気がするんだよなあ」
うーん、とじゃぱぱはしっくりくる言葉を探している。温かい昆布茶から出る湯気を見てピンときた。
「なんか、喫煙所?みたいな感じ?」
「喫煙所」
「みんな吸わないですけど」
「なんかあるじゃん。そこに集まるだけの独特の空気感?」
「オレはわかる気がするなー。喫煙所ね。うまいなじゃぱぱさん」
「でしょー。シヴァさん」
「わたしもなんかわかるかも」
今更だが、じゃぱぱがなんでみんなここにいるのと切り出した。
「えっ!?今ぁ!?」
「あははっ、黙ってそのまま連れてきたからねー」
「まじてえとさん何も教えてあげてなかったんや」
「黙ってた方が面白いかなって」
「もうね、拉致よ拉致」
「シヴァさんがね」
星空の元のお茶会はもうしばらく続いた。