命の交換(omr視点)
ステージのライトが、まだ目の奥に残っている。
ツアーが終わったその夜、なんとなく息がしづらくて、ベッドの中でぼんやりと天井を見ていた。
疲れてるだけ。そう思ってた。
だけど。
「元貴くん、君の病気には……移植しかないんだ。」
あの日、白衣を着た医者が淡々と告げた言葉は、俺の時間を止めた。
—
最初に泣いたのは、若井だった。
「……ふざけんなよ……なんで、元貴なんだよ……」
涼ちゃんは、「……うそでしょ」って、小さな声で言って、それっきりだった。
誰よりも優しい涼ちゃんは、きっと俺の前で泣くことさえ我慢してたんだと思う。
俺の声は、日に日に出づらくなっていった。
ライブで全力で歌ってた時には考えられないくらい、息が続かない。
「まだ歌える」って笑ったけど、たぶん俺が一番分かってた。もう、長くはないって。
—
ドナーリストに登録された。
でも、それがすぐ見つかるわけじゃない。
俺は待つだけだった。
何もできない日々の中で、希望を見つけようとして、でもそれが見つからなくて、ただ怖かった。
もし、このまま歌えなくなったら。
もし、このまま死んでしまったら。
俺は、ふたりに、ちゃんと「ありがとう」を伝えられずに終わってしまうのか。
そんなことばっかり、考えていた。
—
「……ぼく、ドナー検査受けてきたんだ。」
ふいに、涼ちゃんが言った。
何の前触れもなかった。
ただ、ぽつんと、静かに。
「ぼく、合ってたよ。だから……ぼくの、あげる。」
……え?
意味が分からなかった。
心臓が、どくんと跳ねた。
時間が止まったみたいだった。
「やめろ……」
俺の声は、かすれていた。
「涼ちゃんまで……そんなこと……っ」
「元貴の歌が、ぼくの命を救ってくれたの。
今度は、ぼくが元貴を助ける番だよ。」
笑ってた。あの優しい顔で。
何もかも分かって、それでも俺を選んだ顔だった。
—
「お前がいなきゃ意味ねぇんだよ……!」
若井が叫んだ。
泣きながら、叫んでくれた。
それでも、涼ちゃんは揺るがなかった。
「だいじょうぶ。ぼくは、元貴の中で生きるから。」
そんなこと言わないでくれよ。
そんな、奇跡みたいな愛し方……されちゃったら、俺、もう前に進めなくなる。
—
手術は、成功した。
俺は、生き延びた。
でも――涼ちゃんは、目を覚まさなかった。
あったかかった手は、もう握れない。
聞き慣れた声も、もう届かない。
歌うたびに、胸が痛んだ。
あの人が残してくれたこの命で、何を歌えばいいのか分からなかった。
—
涼ちゃんの部屋には、小さなメモがあった。
> 「最後にもう一度だけ、聴きたいな。元貴の歌。若井のギター。
その真ん中にぼくがいたこと、忘れないでね。」
息が詰まった。
声にならないまま、泣いた。
声なんて、出したくなかったのに、喉から搾り出すみたいに泣いた。
—
それから1年。
もう一度だけ、ステージに立つって決めた。
「お前の分まで、ちゃんと歌う」
そう言って、マイクの前に立った。
ライトが目に差し込んでくる。
でも、もう眩しくはなかった。
あのとき見えなかった希望が、ちゃんと見えてる気がした。
サビ前のブレイク。
そこに、確かに感じた。
「……いるな」
涼ちゃんが、そっと背中を押してくれた気がした。
—
君がくれた命で、
俺は今日も、歌ってる。
コメント
3件
うぅ、感動涼ちゃんの優しさが滲み出てるよぉ、ないちゃったぁ
なんで1話でかんどうさせられるんですかぁぁぁ…めっちゃないちゃったじゃないですか…うぅ…😿