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「まあ、なんてゆーかね。現代文化調査研究部って、とくに活動決まってなくて、週イチで部会開いて、なにするか決めて、いろいろまったりしようって感じなのよ」
渡り廊下を歩きながら、ショートの先輩が空と咲和ちゃんに説明する
「ハイ部室着いたっすよー。まー、どーぞどーぞ」
渡り廊下を渡った先は、部室棟になっていて、現代文化調査研究部の部室は、1階にあった。
戸を開けると、なかは、十畳ほどの広さの空間だった。
向かった正面に、窓。学校の裏手を流れる川の土手や、対岸の建物が見える。右手の壁には、背の高いスチールロッカーが並んでいる。
中央に、教室にあるのとおなじ学校机が四つ、小学校で給食を食べるときのように向き合ってくっつけられ、それぞれに椅子がついている。
左手の壁には、胸までの高さの、蓋のない木製ロッカーがあった。棚の上もロッカーの中も、さまざまなものが置かれていて雑然としているが、部屋全体としては、すっきりした印象を受ける。窓の近くに、クッションが載ったパイプ椅子が置かれていた。
「ふつうね」ざっと見渡して、咲和ちゃんが率直な感想を漏らした。
「ずっと継続してんのは、すずめ部くらいかな」茶髪の先輩が、学校机の上に置かれていた、食パンの入ったビニール袋をとった。
「す、すずめ部って……?」空は訊ねた。
ガラッ。正面の窓を茶髪の先輩が開けた。
「こーやって、ここのすずめにパンあげんの」
袋から出したパンを小さくちぎって外へばらまく。と、どこからともなくすずめが数羽、チュンチュン鳴き声をあげて飛んできた。窓の外に落ちたパンくずをついばんでいるらしい。
……やっぱりわけわからん。
「あの……ほかの活動って、なにが……」
「んー、そうね。最近やったのは、七並べ部、人生ゲーム部、あと……すし部!今日はふたりの入部祝いに、すし部!!」
白髪の先輩が空の両手をつかんで、ぶんぶんと上下にふった。気安い人だ。それにしても、な、なんだ……すし部って?
「……まだ入るなんて言ってませんけど。ていうか、あたし、バレー部入るって決めてるんで」
咲和ちゃんがびしっと釘を刺す。
「OK! 兼部全然オーケー!イエー!!」
白髪の先輩は、あくまでテンションが高い。
「わるいんですけど、そんな余裕ないんです。あたし、大学推薦狙ってるし。定期テスト落としたくないんです」
咲和ちゃんは、まったく流されず、断固として告げる。さすがだ。
「……なるほど。あれが役立つときが来たな、叶」
白髪の先輩の目が光った__ように見えた。
「だよね、葛葉」茶髪の先輩まで、なんだかシリアスな感じでこたえた。
ふたりは、スチールロッカーに近づくと、う○こ座りをしてかちゃかちゃと鍵をはずし、
「オープン☆ザ『先輩伝説』!!!」と声を合わせて、勢いよくドアを開けた。
いったいなにが入っているのかと思えば、ロッカーのなかにあったのは、出席簿みたいか黒表紙を、古めかしく紐とじにした書類だった。黒表紙には「先輩伝説」と、これまた古めかしく筆書きされた紙が貼ってある。
白髪の先輩が、なにやらおごそかな感じで、その書類を取り出した。
「『先輩伝説』……それは、先輩方が残してくださった、我が部の秘宝……」
表紙をめくると、なかにたくさんとじられているのは、どうやらテスト用紙のようだった。解答が書き込まれ、採点までされている。
「過去数年間の定期テスト、アーンド模範解答集。各教員の出題傾向と、その対策をバッチリアドバイス!これさえあれば、学年トップも夢じゃない」
な……なにそれ。
「この素晴らしき『先輩伝説』__」白髪の先輩が言う。
「いま、我が部に入部すると__」茶髪の先輩もこちらを見ている。
「もれなく見放題!!」
ふたりは、まるで必殺技でもくりだすかのように、斉唱した。
もれなく、って……通販のおまけじゃないんだから。しかもちょっと誇大広告っぽいし……。
そんなものでつられる咲和ちゃんではないだろう、きっぱり断るに決まってる。そう思って彼女を見ると
「入部します」
咲和ちゃんは、あっさり態度を一変させた。ばかひか、白髪の先輩に言われるまま、さっそく紙にクラスと名前を書きはじめている。なんという切り替えの速さ。
「蒼井さん」という声に振り向くと、茶髪の先輩がこちらを見ていた。
「……だよね?粟井さんみたいに兼部でも全然いいし、どうすか」
こちらへ近づいて来た。背が高いので、空は見上げるかっこうになる。開いた襟元に覗く喉仏が、まぶしかった。先輩は、空の背後のスチールロッカーに手をかけて、空の顔を覗き込むと、にこっと笑いかけた。
「絶対、後悔させないよ?」
あの、子供みたいに無邪気な笑顔が、すぐ目の前にある。
空のなかで、なにかが動いた__。
入部したふたりは、その日の放課後、先輩たちに「すし部」に誘われた。
さっきもそんなこと言ってたけど、「すし部」って、なに?
いぶかるふたりが連れていかれた先は__楠原寿司という、れっきとした街のお寿司屋さんだった。
空たちと、ふたりの先輩だけではない。ほかに六、七人の男子たちも一緒だ。部室に集まってきていた彼らも、現代文化調査研究部の部員なのだという。
店の戸を開けたのは、白髪の先輩だ。みんなからは葛葉先輩、と呼ばれている。
やけに堂々と、まるで自分の家に帰るような気軽さでのれんをくぐると、
「ただいまー」と言った。
え……?
おどろいたことに、楠原寿司は、葛葉先輩のご実家だった。すし部とは、ここでお寿司をごちそうになる催しのことだったのだ。
葛葉先輩は、十人ほどの部員たちを座敷へ案内すると、自分は店の奥へと向かった。お寿司屋さんの座敷なんて、はじめてだ。なんか、緊張する。
空たちが座卓について待っていると、しばらくして、葛葉先輩が戻ってきた。
その姿を見て、空は目を丸くした。
葛葉先輩は、制服を着替えていた。柔道着みたいな白い服を着て、頭に鉢巻きを巻いている。
葛葉先輩は、少し照れていたが、
「くーちゃん、かわいー♡」
「かわいくッねーし……////」
「照れてるー?」
「着替えてくる……////」
と、叶先輩が冷やかしを入れたため、葛葉先輩は着替えに行ってしまった。
そして、葛葉先輩は、抱えてきた大きな寿司桶を座卓に並べた。
「蒼井空ちゃんと粟井咲和ちゃんの入部を祝し、すし部開催!」
みんな、ウーロン茶で乾杯する。
まぁすし部の謎は解けたけど。
「すし部て……これも文化研究の活動になるんですか?」
空は目の前に座っている、茶髪の先輩に訊いてみた。
「立派な食文化…かな」
茶髪の先輩はこともなにげに言った。
「え、えーと……『かなえ』……?」葛葉先輩は、たしかそう呼んでいた。
「ん?あ、叶。露都 叶」
やったぜ。名前ゲット!!
数日後
空はひとりで部室に向かった。
引き戸を開けると部室にはひとりしかいなかった。叶先輩だ。
叶先輩は窓に座っていた。足を外に出して。
分かりにくくてすみません!こんな感じです
膝の上に広げたノートに、シャーペンを走らせていた。勉強でもしているのだろうか。
「お、こんにちは〜」叶先輩が、空に気づいた。
「か、叶先輩。今日はひとりですか?」
名前で呼ぶのははじめてならので、どきどきする。ふたりっきりだし。
「うん。そっちも?」先輩はまた、ノートに目を落とした。
___まさかの会話終了。
「せ、先輩!!今日は何部なんですか?」
「ん___今日は勉強……?」
ちぇ、つまんない。ロッカーのなかでも探ってみようか。
「__蒼井」振り向くと、叶先輩がノートを閉じた。「なにしたい?」
そうこなくっちゃ。
5分後。ふたりはオセロのボードをはさんで向き合っていた。もちろん対戦だ。空は白だった。
「……なんか、この部いろいろあるんですねー」
「まぁ、遊び道具置く部室がほしくて……?笑あ、負けたほう、ジュースおごりだからね」
「えっ。負けないっすよ!!」
わるいけど、こう見えてもオセロには少々自信がある。先輩だからって手加減するつもりはない。
__二十分後。
最後の1枚が置かれたあとで、オセロ盤の上はほぼ真っ黒に染まっていた。
「な……なんで。角は全部とったのに……?」
「天才だから?」
叶先輩は、ふ、と余裕の笑みをかました。あー、にくたらしい。
「つか卑怯っすよー!そんな強いくせに、手加減なしで、後輩に。」
部室を出て、自販機の前までやってくると、空は、ひとこと言わずにはいられなかった。
「笑笑笑笑、手抜かれて負けたら余計いやじゃん?」
「どのみちあたしが負けなんすね?あーもー、先輩、なにがいいんすか?」
「コーヒー」
ちぇー。悔しいけど、負けは負けだ。空は財布を開いた。と、肩の上から、叶先輩の手がすっと差し出された。スロットにコインが落ちる。
「ばーーーか」叶先輩はコーヒーのボタンを押した。「後輩に奢らせたりする?普通。なにがいい?」
「……ココア」
どぎまぎしてこたえた。
部室に戻る渡り廊下で叶先輩は「葛葉みたいに寿司は出せないけどね」と紙コップのコーヒーをすすりながら言った。
「じゃあ今度は焼肉で」
「笑笑ばか?」叶先輩があきれた。
またその数日後
空は、部室で先輩伝説を読んでいた。
ずっと見ていると荻田葵さんというすごい人がいた、ということが分かった。
気配がして、後ろを見ると葛葉先輩と叶先輩がいた。
「荻田葵って人すごかったんすか?」
すると、葛葉先輩が「あーね、俺らの一個上の先輩。」
「また部室来ねーかな?な?叶」
「……べつに…」
「おっ!4時過ぎてんじゃん、俺『女子バレー見学部』なんで!じゃ!」と葛葉先輩は行ってしまった。
「……葛葉、粟井さん狙いだったんだ。どうりで最初、あんなに食いついてたと」
叶先輩がつぶやく。
てか、もしかして、叶先輩は荻田さんのこと好きでは?
急に頭をよぎった。
「叶先輩の好きな人って、荻田さん?」
「そうだよ」叶先輩は外を向いたまま言った。
「へ……正解!!」わざと明るく言って、空は立ち上がった。
「じゃあっ、あたし、めぼしいテスト、コピーしてきますねっ」
叶先輩はなにも言わない。
ぺたぺと空の上履きの音がする。
そのまま部室を出て行くつもりだった。どうしてだろう、足が勝手に止まっていた。
戸口の前で振り返る。
叶先輩はおなじかっこうのままだった。
空の胸のなかを、さまざまな感情が渦巻いた。
その感情が、ひとつの言葉となって、口をついて出た。
「……好きです」
叶先輩が__ゆっくりと、こちらを向いた。
この時はまだ_あんな想いすることになるなんて、想像もできなかったんだ。