君と頑張る今日晴れる

花火が終わってから、また悠の自転車の後ろに乗せてもらい二人で堤防沿いをのんびり帰った。

周りには街灯一つなく、遠くに祭りの光がぼんやりと見える。

ふと夜空を眺めると、名古屋市の街中では、街の光に遮られて見ることができない天の川が見えた。

さっきは花火を見ていて気づかなかったが、月や無数の星が煌めいている。

月明かりだけで、悠の顔がはっきりと見えるくらい明るい。

一面に広がる田んぼの稲と葉が、風でさらさらと揺れる。

耳を澄ますと、川の水の流れる音、風で葉が擦れる音、鈴虫やカエルの声しか聞こえない。

ここは静寂で美しい別世界で、私と悠しかいないのではないかとさえ感じる。

今この時がずっと続いてほしい。

私はそう思った。

悠が、私に見せたいものがあると湧き水で、できた泉に連れていってくれた。

そこは桜井の泉という名前で、地元の人しか知らない小さな泉だった。

水面には、月が映り波紋でゆらゆら揺れている。

泉の隣には、青々した葉を揺らしながら、立派な桜の木が一本だけ生えていた。

「静かでいい所だろ。子どもの頃はここでよく遊んだんだ。近くに牛小屋があって、じいちゃんにもよく連れてきてもらったよ」

悠が靴を脱ぎズボンを捲り上げて泉に足を入れた。

私も彼に倣って、浴衣下駄を脱ぎ、浴衣の裾を捲って泉に足を入れる。

「冷たっ。え、こんなに冷たいの？」

思った以上に水が冷たくて、思わず声が出た。

「ははは。冷たいだろ。夏でもぬるくならないって凄いよな。地下水だから一年間温度は同じなんだって、じいちゃんが言ってた」

泉の中をよく見ると、ぽこぽこと砂利が動き、水が湧き出ていることがわかる。

名古屋の街中で育った私には、全てが珍しくて新鮮に思えた。

手で水面を揺らしていると「春になると泉の上に桜の花が咲いて、すっげえ綺麗なんだよ。来年の春はここで花見しようぜ」と、悠が言った。

「うん」と、どっちつかずの返事を返したあと、すぐにしまった、と気づき笑顔を作る。

悠に変に心配をしてほしくなかったのだ。

「あー。今から春が楽しみだなぁ」と、悠が緑の葉を豊富につけた桜の木を眺める。

悠といると私の決心が揺らいでしまう。

でも、もしもがあるのなら。

「もしも、もしもだよ。私たちが年老いるまで一緒にいれたら、こんな素敵な所で暮らしたいな」

「なんだよ。一緒にいられたらって。一緒にいるに決まってるじゃん。俺たちこの先もずっと一緒だよ」

「そんなのわかんないでしょ。私がだらしない悠に愛想尽きるかもよ」

色々込み上げてきたので、悟られないように私はそっぽを向く。

「ごめん。だらしないのは治すから」と、悠が苦笑した。

「こんな静かな田舎町で、自然に囲まれて家とか建てて庭には畑があって、犬を飼ってさ。二人の老夫婦がそこでカフェを開くの。素敵じゃない？」

私の、頭の中に幸せな未来の想像が駆け巡る。

「いいねー。その夢乗った！きっと、あっという間だぜ。だって晴といると楽しくて毎日がすぐに過ぎるんだ」

悠が煌めく星のように微笑む。

「ちゃんと、お金貯めなきゃね。でも悠は計画性ないからなー」

「よーし。そうと決まったら頑張ってお金稼ぐぞー！家計簿は晴にお願いするよ」

「確かに。悠にお金の管理は任せれないわ。無駄遣いされそうだもん」

「もー。晴はめちゃくちゃ言うなぁ。俺はそんな奴じゃないってー」

二人で沢山笑った。

そう。これは『もしも』だ。

もしも、こんな未来があったのなら、私は幸せでたまらない。