君と頑張る今日晴れる

楽しいことも、嫌なことも、全部が私の人生なんだ。

でも、こんなにも辛い思いをするのなら、目なんて覚めなくてもいい。

そんなことを考えていたら、眠りが浅いまま朝方になった。

眠れた気がしない。

浅い眠りの中、とても悪い夢を見た気がする。

不意に、乾いた咳が出て、私は布団の上に横たわったペットボトルの水を一口飲んだ。

咳が治ってから、しばらく、ぼーっとしていたら意識がはっきりしてきて思い出した。

私は夢の中で、悠に別れを告げる夢を見たのだ。

夢の中の彼が、悲痛な表情で泣いて悲しんでいるのを思い出し胸が苦しくなる。

気分でも変えようと、ベッドに寝転がりスマホを開く。

悠からメッセージが来ている。

【明日は例の日だよね。俺も一緒についてくー！】

自分で言うのもあれだけど、悠は私のことが好きすぎる。

彼は、毎日飽きもせず、私と会うことができるか確認をしてくる。

私も、会えると嬉しいので、なるべく会うようにしている。

毎朝、起きるとこうやって、彼から連絡が来ていることを、私は密かに楽しみにしているが、この気持ちを本人に伝えると喜んで面倒くさいのであえて言わない。

私は【いいよ。一緒に行こうね】と、返信して起き上がった。

壁に掛かったカレンダーは、ついこの間までは四月だったのに、もう六月になっている。

時間というのは、ぼーっとしてるとすぐに過ぎていく。

私には時間がないのだ。

部屋の窓を開けると、朝方のひんやりした風が入ってきた。

マンションの七階なので空がよく見える。

憂鬱な気分を紛らわすために、空を眺めていると、太陽が東の空から徐々に薄暗い街を照らす。

さっきまで薄紫だった世界は一変し、うろこ雲は桃色に染まり、その上空には藍白の空が広がっている。

しばらくすると、太陽が白く優しい輝きを放ちながら、晴れ晴れと空高く昇った。

「綺麗…」と、思わず口から溢れた。

さっきまで、悪夢でざわついていた心が徐々に落ち着いていく。

落ち込んだ時に空を見るのが、私は子どもの頃からの癖になっている。

「長くても冬までだな」

一言呟き、朝焼けを見つめて私はそう決意した。

私には、やらなければならないことがある。

でも、そんなことを思っても、すぐには実現できない。

だから、せめてこの一日一日を、精一杯生きるのだ。

部屋を出て、リビングに行くとお母さんが「金白駅のパン屋さんで、あんたが言ってた世界一美味しいあんバター買っといたわよ」と、朝食に私の好物のあんバターを珈琲と一緒に出してくれた。

世界一美味しいあんバターというのは、あくまでも私の感想である。

「お母さん、ありがとう」

あんバターを一口食べると、フランスパンの生地に挟まれた、厚切りのバターにあんと少量のきな粉の絶妙なハーモニーが、口の中に広がる。

「やっぱ、このあんバターが世界一美味いっ」

「あんたが喜んでくれると買ってきた甲斐があるわ」

お母さんは、お父さんが食べ終わった皿洗いを始めた。

お父さんは、これから出勤するらしく姿見の前でスーツに着替えている。

私を、いつまでも子ども扱いして心配性なところがあるお父さん。

厳格な一面があるけれど、お母さんには、絶対に頭が上がらないところが可愛い。

そして、私が大好きな音楽と出会えたきっかけを作ってくれたのも、お父さんの趣味のピアノのおかげだ。

お父さんは「いってきます」と、玄関ドアを開けた。

私とお母さんは「いってらっしゃい」と、ほぼ同時に言った。

私は朝食を終えてから、顔を洗い、化粧をして、ベージュのワンピースに着替えたあと、一年記念日に悠とお揃いで買ったペアリングを左薬指につける。

仕事着やエプロンを鞄に入れて、使い古したミニアコースティックギターの入ったギターケースを肩に掛け、玄関でスニーカーを履いた。

その時、玄関の棚にある、花瓶の花が昨日と変わっていることに気づく。

淡い白色の小さい花が何個も咲き誇っている。

「お母さん、玄関の花かすみ草に変えたんだ」

「ふふふ、すぐ気づいたわね。かすみ草は、あんたが一番好きな花でしょ」

「そう。ありがとう。癒されたー」

私は「いってきます」と玄関から、お母さんに聞こえるよう大きい声で言うと「気をつけてね。いってらっしゃい」と、お母さんの声が返ってきた。

私は幸せだ。

私には、大好きで大切な恋人や家族がいる。

好物な食べ物。好きな花だってある。

空を眺めるのも好きだし、音楽なんて、ずっとやってられるくらい大好きな趣味だ。

保育士という仕事にも『温かい心を持って誰かの力になる』という、やり甲斐を感じている。

しかし、どれだけ幸せだったとしても、人はいつ何があるかわからないということを、私はよく知っている。

この今の幸せも、いつか終わりを迎える儚いもの。

そう思うと、とてつもない寂しさに襲われる。

いいや。

暗いことばかり考えるのはやめよう。

玄関のドアを開けると、澄んだ青空がどこまでも広がっている。

「今日も良いことありますように」

私は決意を胸に、今日も一日を踏み出した。