世の中は腐っている。生を受けて四半世紀、私は気づいてしまった。きっかけは中学の頃だ。
いじめが私のクラス内で横行していた。日々の小さなからかいが積み重なり、いつも間にか手が出るようになり、標的だったクラスメイトは三学期の終わり頃に自殺。
このときから私のまっすぐで善良な心は、だんだんとひねくれた方向へと向かっていってしまった。
そして現在。私は頭が良いとも悪いとも言えない、国公立大学のき二回生を気ままに過ごしている。
キャンパス内の食堂は空調がよくきいていて、読書にはうってつけである。頼んだざるそばが夏の暑さにやられた身体に染み渡るようだ。そばをすすり、素晴らしい書き手による素晴らしい文章を堪能する。このひとときが、私は何よりも好きだ。
「あの」
ふと声を掛けられ、反射的に顔を上げる。
清潔感のある、平均的な男。それが第一印象だった。
「その本、僕も好きです。」
「あまり有名じゃないから、周りに読んでる人がいなくって……嬉しいです。」
男は暖かく微笑んでそう言った。
私が読んでいるこの本は、周囲と歩幅を合わせていなくては安心出来なくなった人間が溢れかえった現代社会を風刺したサスペンスドラマだ。彼の言う通り有名では無いが、著者の思想が作品に色濃く出ており、その思いはいくつか共感できる。読む人を選ぶ、という評価が正しいだろう。
「あの、良ければ隣いいですか?本のこととか、いろいろ話したいです。」
断る理由も無いので許可をすると、彼は小走りで食堂のカウンターへと向かっていく。
戻ってきた彼は味噌汁、ご飯、鮭の塩焼き、たくあんをお盆にのせていた。
私はざるそばを、彼は定食を食べながら、沢山のことを話した。食べ終わってもまだ話し足りず、結局夕方まで話し込んでしまった。
本のことについても、沢山語り合った。あそこの場面は殆ど著者の語りパートだったとか、この登場人物はいささか頭が弱すぎるのではとか。自分の裡に秘めていたいろいろな思いを他者と共有することは、とても楽しかった。
「こんな話が出来るなんて思わなかった。」
「私も、すっごく楽しかった!」
連絡先を交換して、その日は別れた。彼の名前は佐藤荻というそうだ。別れ際に教えて貰った。こういうの、『友達』っていうのかな。電車に揺られる中、今日の色々な会話を思い出し、つい口角が上がってしまった。
その日から、私は彼__佐藤荻と何度も会い、何度も話した。一緒にご飯を食べたり、書店に行ったり、何もせずただ話をしたり。
そんな日がずっと続き、気がつけばもう夏も終わりに差し掛かっていた。あれだけ鬱陶しく感じていた暑さも、いざ消えてみると寂しくなるものだ。そんなある日、荻が突拍子も無いことを言い出した。
大学から駅までの、いつもの道。住宅街が朱に染まっている。
「二人で旅に出ない?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!