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「ウーム……。関羽と張飛め、これ程とはな。三国志の神話的な英雄、一人で一万の兵に匹敵すると恐れられたその武勇、微塵も甘くは見ていなかったはずだが」
今川義元はアース神族の四将と死者の軍勢の二将の戦いを遠目で見つつ、感嘆の声を漏らした。
「あれ程の桁違いの武勇、ヨーロッパの戦場でも目にしたことがない」
長身痩躯、山羊のような顎鬚を典雅にそろえたスウェーデン王グスタフアドルフも戦慄の表情を浮かべる。
「あの者共を堂々たる武勇で討つのは不可能ではあるまいか?逆にこちらの誰かが先に討たれるやも知れぬ」
「うむ。特に関羽と張飛の憎悪の的である孫堅が危ういな」
義元が赤い帽子を戴いた剽悍機敏な将に注視しながら言った。
「あの二本の鉄鞭を巧みに操る武芸は真に見事だが、相手が悪すぎる」
「緒戦で貴重な将軍を失う訳にはいくまい。それにもう一方の信玄とやらが率いる軍勢ももう間もなくやって来るだろう。撤退すべきだ」
北方の獅子と勇名をはせたヨーロッパ史上屈指の名将であり、勇猛な武人であるが、此度の戦は自身が指揮を取らず傍観者の立場を取っている為、常になく慎重であった。
「うむ。そうであるな」
義元もこだわることなく素直に頷いた。かつて桶狭間での痛恨の敗戦の記憶が鮮やかに残る義元も慎重に戦に臨むよう固く決心している。
「だが、あの関羽と張飛の猛追を逃れて撤退するのは至難の業であるな……」
義元が思案に耽っていると、精神を集中して神気の回復に努めていたゲンドゥルが近づいてきた。
「私の術で死者の軍勢の将の眼をくらましましょうか?」
義元はゲンドゥルの端麗な顔貌を凝視した。
戦乙女の中でも傑出したルーン魔術の使いであり、卓越した精神力の持ち主であるゲンドゥルは神気の回復の速さもずば抜けているようである。
だがビフレストの虹の構築というアース神族の魔術の中でも最大の奥義を駆使した以上、神気の消費は甚大なもののはずである。
いまだゲンドゥルの神気の回復は三割にも満たないのではないか。
「今の汝に大きな術を使うことは流石に無理が過ぎるであろう。控えおけ」
義元の口調は高圧的であるが、優しさと労りが十分に込められていた。
それを理解したゲンドゥルは艶然と微笑んだ。
「御心配なく。私が使うのはこのニブルヘイムの気候をそのまま利用した術です。左程神気を必要としない上、充分な効果が発揮されることをお約束いたしますわ」
「……」
義元はさらにゲンドゥルの顔貌を凝視した。その表情を察するにゲンドゥルは決して功を得る為にはったりを言っている訳ではなさそうである。
「ふむ。ではやってもらおうか」
「心得ました。では……」
ゲンドゥルは印を組み、短くルーンの詠唱を行った。
すると先程まで余裕の表情を浮かべていたゲンドゥルの顔貌が強張った。
「どうしたのだ、ゲンドゥル」
ただならぬ事態を察した義元が問いただした。
「このニブルヘイムに潜む何者かが、私の神気を逆に利用しようとしている……?」
そのゲンドゥルの声に応じるように、先程まで止んでいた吹雪が再び吹き荒れた。
ルーン魔術に疎い義元とグスタフであったが、その氷雪には確かに生物の意志が、野生の息吹がはっきりと感じられた。
弾丸の如き勢いと化した氷雪が死者の軍勢とエインフェリアが操るオーク兵の軍団に降りかかる。
「うお、何だ、いきなり……」
孫堅が己の肉体を打つ氷雪の痛みに顔をしかめながら叫んだ。
「用心なされ、この氷雪は何かおかしいぞ!」
エインフェリアの中で最もルーン魔術に通じた山本勘助が異変を察知し、僚友達に注意を促す。
そして両軍が激突する凄惨な死闘、修羅場を文字通り凍結させた氷雪がやがて凝り固まって、人の形を成そうとしていた。
「こいつら、霜の巨人!再び現れやがったか!」
その虎髭が凍り付いた張飛が大きな目玉をぎょろつかせながら怒号した。
「……しかもこ奴ら、先に戦ったよりも一回り体躯が大きくなっておる」
怨敵である孫権とその父孫堅の区別がつかない程狂気に支配されていた関羽であったが、ただならぬ状況の変化を察してようやく理性を取り戻したようである。
関羽の言う通りであった。
突如戦場に現れた霜の巨人の数は少なく、数百匹に過ぎなかったが、かつてロキに率いられてヴァルハラに攻め寄せて来た時、そして先程関羽と張飛と戦った時よりも明らかに背丈が増し、その手足も太くたくましくなっているのが一目瞭然であった。
新たな進化した肉体を得たこと、そしてその威力を試す喜びと興奮に耐えられぬように霜の巨人達は一斉に咆哮した。
以前は肉食の昆虫を思わせる不快な響きであったが、此度の咆哮は山野を駆けまわる野犬のようにより獰猛であり、濃厚な戦いの意志を感じさせた。
そして霜の巨人達はより太く鋭く明らかに殺傷能力が増したであろう爪をかざして得物を屠る姿勢を取った。
孫堅、夏侯淵、山本勘助、武田信繁もそれぞれ得物を構え、オーク兵を正確に俊敏に操作するべく精神を研ぎ澄ませる。
しかし意外なことに何らかの原因で進化したと思われる霜の巨人達はエインフェリアとオーク兵の軍団はまるで眼中に無きがごとくで関羽と張飛と死者の軍勢にのみ襲い掛かって行った。