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私はこのニューディエヴォドラで生まれ、恐らくここで一生を終えるだろう。仕事の手伝いに来たが、子供は休んでいなさいと言われやる事がなくなってしまった。風が吹く度、綺麗な穂の波が打たれる。彼女は元気だろうか。そんな事をぼんやりと考える。バレンシア、彼女の名だ。貴方の声の響きをいつだって思い出せる。なのになんでだろう。もうどんな顔だったかは思い出せなくなってしまった。私の隣に長くいた素朴な人。優しいけどいつも人と距離を置いているような、あまり自分をさらけ出さないそんな人だった。私より年上だったものだから一人っ子の私からすると、お姉さんのような存在でいつも私は彼女の後ろをついていっていた。ふと、穂の匂いと共に彼女の記憶も掘り起こされる。幼い頃は畑の近くを通って2人でよく話した。
「ねえバレンシア、村の近くで収穫祭が行われるんだって。良かったら今日の夜一緒に行ってみない?」
彼女は何も言わずに、ただ首を横に振った。
「そうかあ」と私が落胆する様子を見せると、バレンシアは私の名前を優しく呼ぶ。「なあに?」と聞き返す。
すると「貴方ならきっと他の人とも楽しく過ごせるよ」なんて言うものだから自分を馬鹿にされたような気分になって「バレンシアのバカ」と勢いよくそっぽをむいた。そして、貴方は20歳になった頃何も言わずにこの村から出ていってしまった。理由は知らない。どうだっていい。それよりも何も言わずに出ていったことに対して、ショックを受けていた。
私は背中に重力を預け、そのまま麦藁畑に寝そべる。ぬるい風が私を包む、穂の匂いが身体中に移る頃にはほとんど意識が朦朧としていた。
(バレンシアは、今……何してるのかな)
私はゆっくりと瞼を落とした。暫くすると、身体が凍りつくような寒さに襲われる。
「…う、ううん……」
あまりに寒いので意識が徐々に覚醒する。ゆっくりと地面から起き上がると、ある異変に気づいた。
「なに、ここ……」
周りを見渡すと、そこは全く見知らぬ景色だった。下を見ると、地面が透けていて私はわっと驚く。しかしよく見ると、ガラスが貼られていて一安心した。空中に浮いてる道や、奇っ怪なオブジェ、人は見当たらないけどつららが落ちる音やどこからか物音が聞こえる。神秘的な雰囲気と同時に恐ろしく感じた。手を擦っていると、くしゅんと小さなくしゃみが出た。
(寒い…)
まだ頭が朦朧として上手く考えが整理出来ない。ここにずっといる訳にもいかないし、ひとまず何があったか周りを見ることにした。歩いていると、中央の大きなガラス張りの建物が目に付いた。中に入ると、入口のすぐそこに三つの人の像と噴水があった。噴水の奥にも道があったので、先に進んでいくと、大きな紋章と共に建物や空間全体を覆うガラスがあることに気づいた。
「ここから外に出られるのかな…」
1歩を踏み出そうとすると、「そこから先は地面が」と懐かしい声が聞こえてきた。ぴたっと歩みを止めて、先っちょだけ触れてみると確かに向こうからは地面がなかった。後ろを振り返るとそこには私の記憶とは服装も背も変わっていたが、褐色肌で、いつも閉じている瞳に、ほのかに穂の香りがするウェーブかがった茶髪、まさしくバレンシアだった。
「バレンシア!」
私は人を見つけた安心感と離別した友人に会えた高揚感で彼女の手をぎゅっと掴んだ。バレンシアも「久しぶり」と言って優しく私の手を掴み返した。
「こんな所で会えると思ってなかったよ。バレンシア、貴方は何でここにいるの?」
彼女は若干気まずそうな顔をする。そして横目で「……貴方もスリープウォーカーだったの?」と質問を質問で返した。「……?ええと、ごめん。スリープウォーカーって、」私が困惑した様子を見せるとバレンシアは納得した様に「なんでもない」と答える。訳が分からずにいると、バレンシアはさりげなく手を離しついてきてと言わんばかりに目配せをした。中央の建物に戻って、階段を登り、ドス黒く染まっている球体や、明らか変な建物も無視して私たちは無言で歩いた。いざ、彼女と会えても何を話せばいいのか、何から聞けばいいのか迷ったからだ。
「ねえ、バレンシ……」
周囲を見回しながら歩いていたので、バレンシアが急に止まっても反応出来ずにそのままぶつかってしまった。少しよろついてバランスを保って、バレンシアが見ている先の景色を横から覗く。正面には小さな木造の家がたっていた。家のてっぺんには避雷針のようなシンボルマークが置かれていて、扉が無いので部屋の様子が丸見えになっていて変わった家だった。
「ここで眠れば、全ては元通り」
バレンシアが何を言っているのか、意味が分からなかった。でも何となくここで眠ってしまったら、二度とバレンシアに会えない気がして、力強く彼女の袖を掴んだ。
「もっと話したいよ、バレンシア。貴方は何であの時いなくなったの」
バレンシアは後ろを振り返らずに、「ごめんなさい」とただその一言だけ呟いた。「そんな、」貴方にこんなことを言わせたかった訳じゃない。彼女の背中は酷く寂しそうで、今にも泣きそうな私よりも悲しんでいる気がした。それに気づいた私はにも言わずに彼女を優しく抱きしめた。
「……………………」
かなり時間が経った。彼女の手を引っ張って、ベットへ一緒に潜り込む。
「貴方ってたまに強引だよね」
バレンシアは困った様に微笑んだ。そこから私達は眠くなるまでたわいの無い話をした。今年は豊作だったけど、去年は不作だったからやっぱりちゃんと収穫祭は行った方がいいよねとか、最近綺麗な花畑を見つけたとか。ほとんど私が話しているだけだったけど、バレンシアは表情を変えずに静かに耳を傾けていた。
いい感じに心地よくなって瞼が開かなくなった時、ナシャトラが読み聞かせるように話した。
「私の事はあまり教えられない。でも、本当の私の名前はね、ナシャトラ。ナシャトラ・ビーンヒルド……ここは夢の世界だからこんなこと話した所で貴方はすぐ忘れてしまうのにね……」
貴方はずるいよ。意識が朦朧とする中、私はそう考えた。そして完全に意識がなくなった後、ナシャトラは私を見てかすかに微笑んだ。
「わっ!」
勢いよく飛び上がる。何だか不思議な夢を見た気がする。誰かの温かい体温が腕に残っている気がした。
「ナシャトラ……」
私は自分の言ったことに驚いた。ナシャトラなんて名前の人物は知らなかったから。でも、どこかミステリアスで懐かしい名前のような気がして私は「ナシャトラ、ナシャトラ、ナシャトラ……」と小さく何回も何回も繰り返した。