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春の陽射しが、まだ少し冷たい風に揺れていた。
教室の窓際に座る宮侑は、頬杖をついたままぼんやりとグラウンドを眺めていた。 昼休みの喧騒から少し距離を置くように、一人でいた。
「宮くん、これ……先生に渡すやつ。」
突然、机の横から差し出されたプリント。 顔を向けると、そこには無表情だけどどこか不器用に視線をそらす女子──高木冬華が立っていた。
「あ、サンキュ。……って、高木やん。まだクラス馴染んでへんのちゃう?」
「……別に。仕事だから。」
いつも通りの淡々とした返し。 でも、ほんの一瞬だけ、彼女の視線が揺れたように見えた。
転校してきてからまだ数週間。 誰とも馴染もうとしない態度。 けれど、冬華は授業の発表も、委員の仕事も、ちゃんとこなしていた。
「真面目やな、ホンマ。」
「うるさい。」
ぼそっと返した彼女の声に、少しだけ照れが混じっていた気がして── 宮侑はにやりと笑った。
───
放課後。
教室を出た冬華は、階段を下りようとして、ふと足を止めた。
「神坂!」
背後から呼びかける声。 振り返ると、宮侑が軽く手を上げていた。
「一緒に帰ろか? 方向おんなじやろ?」
「……なんで。」
「なんでって、別にええやん。ヒマやし。」
「……好きにすれば。」
並んで歩く。 少しぎこちない間。 でも、不思議と気まずさはなかった。
「神坂ってさ、なんで転校してきたん?」
「……」
「言いたないならええけど。」
「……言わないとダメなの?」
「ちゃうちゃう。聞きたいだけや。興味あるし。」
しばらくの沈黙の後──
「……親の都合。あんたには関係ない。」
「そっか。……なんか、大変やったんやな。」
宮侑の声が、妙に優しかった。
「なにその顔。きも。」
「ひどっ!」
冬華が初めて、少しだけ笑ったような気がした。
───
その週の金曜日。
冬華は初めて、自分から誰かに声をかけた。
「……宮くん。」
「ん?」
「……一緒に、帰る?」
「……え、今の録音しときたかったわ……!」
「うっさい。気が変わった。帰る。」
「待って待って!冗談やって!」
そんなふうに、少しずつ。 冬華の心は、ほぐれていった。
最初はただのクラスメイト。 お互いの距離を測りながら、近づいたり、離れたり。
けれど、気づけばいつも隣にいて。 気づけば、その笑顔が気になって。
神坂冬華の世界には、少しずつ、色が戻り始めていた──