乱ポオ
「僕だけ」
いつの日だったか、多分空が暗がりに溶けたみたいに濁っていた、少なくとも気分は良くならない薄寒い真夏の昼下がりだったと思う。
その日も彼は…ポオくんは、カールにちょっかいを出されながら僕の為の小説を執筆していた。 万年筆の筆記音が部屋に反響して溶けていく。
たまに側のコーヒーに口をつけて目を擦ったかと思えば、また音が反響して溶けるの繰り返しだ。
「コーヒーばっか飲んで…僕みたいにお菓子でも食べればいいのに。」
それが知らぬ間に口を突いて出たとき、やっと彼は僕の存在に気付いた様だった。
「あ、乱歩くんであるか!今まで集中しすぎて気づけなかったのである…すまない、今ミルクティーを出すから少し待っているのである」
長く伸びた前髪から少し見える目だけでもわかる感情の変化。それが僕の彼への好意の一部品でもあったりする。僕が来た時だけ目を見せてくれる…せいぜい片目だけだけど、それでも特別感があって僕は好きだった。
「あー要らない要らない、ちょっと原稿読みに来ただけだから!」
そういうと彼は嬉しそうな声色で色々あらすじを語りながら、「でもこれだけの情報でも乱歩くんは分かっちゃうから、最近は少し趣向を変えてみたのである!」そう言いながらあらかたの情報と共に原稿が渡された。
題名は「モルグ街の殺人」。形式は今まで彼が執筆して見せてくれた、微小の情報を元に推察するものではなく、誰にでもわかる様、最後に名探偵が種明かしがされるものであった。
それに僕は、苛立ちを覚えた。
今までは僕だけがわかる様なものだったのに。皆がわかるなんて、本当に僕に解かせる意味はあるのか?僕以外でも最後まで読めば分かってしまうのか?そんなもの、推理と言えるのか?
「…ねぇ。」
苛立ちを抑える躾なんてされた事がなかった僕は、あからさまに感情を露わにして低声を出した。
ポオくんは驚いた様にこちらに視線を合わせる。いわば中腰になった。
「?あ、少し捻りがなかったであるか…?」
耳に髪をかけて原稿を覗き込む彼。今まで社交的に生きた期間が短かった彼は、人の感情変化に疎い。故の鈍感さに、僕はさらに苛立ちが増した。
「これさぁ、一般人には向いてるけど…僕に読ませる必要ある?」
米国人故の嫌味に鋭い感性で、彼は今更ながらハッとした感じだった。「えと、それは… 」焦燥に追われながらだと、あの知の巨人と呼称される彼でさえここまで辿々しくなるのか。
かわいい。
そんな感情が脳を埋め尽くした。
これを加虐性愛というのだろう、いや、キュートアグレッションか?どちらにしても、いつもの倍は初々しい彼を見て、僕の苛立ちは加虐心に変貌を遂げた。これが良くなかったんだ。
「僕以外…例えば君の元ボスの成金背広、彼に読ませたって分かるんじゃない?君、大衆向けの本なんか出せないでしょ。こんなありふれた様な推理小説と日本じゃ馴染みのない名前、支離滅裂なトリック、それ以外の要素も踏まえて、飯食っていけると思ったの?…もう飽きちゃった、今度から一生こんなもの見せないで。」
今にも泣き出しそうになる彼に、ついつい加虐心が煽られて、もっともっとと責め苦は冗長となる。米国人らしい長身痩躯の彼が、今は年端もいかぬ子供の様にちっちゃく見えた。
ただひたすら謝罪と保身を言い続ける彼を見て、唆られるのは僕だけか?そうとは思えない。
かわいい。かわいい。今にも泣き出しそうで、震えていつもより小さな声で、ひたすら僕に縋る彼が、特段かわいく見えてしまった。
一人メソメソしている彼を置いて行ったら、彼はどうなってしまうだろう?絶望?悲嘆?どれにせよ僕は唆られてしまった。
「じゃ、僕もう用事済んだから。」
踵を返し、僕はドアまで足を進める。いつもは帰り際にキャンディを一粒渡すのだが、その日はマシュマロを渡してみた。
明日は沢山キャンディを持っていこうと思う。
コメント
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ああもう…愛してます…😢💕なんで神作を一日に二作も作れるんだ…‼️😩💖尊敬です︎🫶✨ そしていつも語彙力高すぎて本当に驚かされます、ほんとに同い年なんですか…⁉️ ぶれぶれさぶれさんの書く小説1番好きです︎🫶素晴らしい小説いつもありがとうございます😭