今日は、久しぶりに元貴の家で夜ご飯を一緒に食べる。
俺は、塩加減に注意しながら、持参した材料で食事を作る。元貴は、すでにホットプレートでご自慢のパエリアを作ってくれていた。
「こんっっっっっっなに忙しいのに、パエリア作る俺、偉くない?」
「すごい!元貴偉い!ありがとう!」
キッチンから声をかけると、ソファーにもたれかかりご満悦な様子の元貴が見える。
元貴のパエリアが冷めちゃう前に、俺も早く作らないと。でも人ん家のキッチンって勝手が違うから時間かかるんだよな〜。
なんとかきのこたっぷり野菜炒めを作り終えた俺は、先にコーラを飲みながらまったりしている元貴の前に皿を並べた。
「…またこれ?」
「…元貴もまたパエリアじゃん。」
「なら食べんでよし!」
「先に文句言ったの元貴だろぉ!」
「文句じゃないしぃー感想だしぃー。」
「もー!」
いーよ俺これ好きだから!と自分で野菜炒めを食べ始める。
元貴はじーっと俺の横顔を見つめたかと思うと、ごめん、と一言。
「いーよっ。パエリア食べていい?」
元貴の口が悪いのなんてもう慣れっこだし、俺に甘えてる証拠だと思えば悪い気もしない。
元貴も喧嘩に発展せず安心したのか、いっただっきまぁーす、と野菜炒めを口に頬張った。
ご飯を食べつつ、配信で、先日の『テレビミセス』を観る。
「涼ちゃん。」
「なに?」
「これ。安心した?」
『これ』とは、画面に流れている『大森元貴の匂わせ疑惑の真相』のことだろう。
俺は咀嚼する速度をゆるめ、視線を下に落とす。
「りょーちゃん。」
元貴がもう一度ゆっくり、優しく名前を呼ぶ。
一気に喉の通りが悪くなった気がして、野菜炒めを飲み込むのに時間がかかる。
「…ごめん。あれって、やっぱり、俺に…。」
「別に涼ちゃんのためじゃないよ。」
えっ、と元貴を見る。
「本当にただの友達なのにさ、外野があーだこーだうるっせーつの。しかも全っ部こじつけ。なのに『匂わせすんな』?何様だって。」
元貴は画面を見つめたまま話し続けた。その表情は怒りを含んでいる。
「そ、そうだね…。」
「でもねえ。」
元貴が不意に俺の顎から頬を片手で掴む。
「1番意味わかんないのは、お前が勝手に傷ついて落ち込んでた事かなー。」
「…ごめんなひゃい。」
頬を潰されているので、しゃべれない。元貴はブハッと吹き出して手を離した。
「え〜でもさ…俺そんな態度に出してた?結構上手く隠してたつもりだったんだけど…。」
「涼ちゃんが俺に隠し事とか100万年早いわ。」
「バレバレ?」
「バレッバレ。」
ああ〜情け無い、と俺はソファーにもたれて天井を仰ぐ。
「いい加減、俺を信じなさぁい。」
パエリアを頬張りながら、元貴がおどけた調子で言う。
信じてるよ。信じてるけど、だって信じられるか?あの国民的バンドのフロントマンで、何でも卒無くこなす完璧人間の元貴が、何で俺なんかを選ぶ?
いつだって仕事人間で、でも儚げなところもあって、ふっとどこかへ行ってしまいそうな…俺はどうしたって元貴を失う恐怖から逃れられない。
だけど、元貴はいつも俺を選んでくれるじゃないか。ここにいてくれるじゃないか。
ただそれだけを信じるしかないじゃないか。
俺は、低すぎる自尊心をいつもこうして鼓舞させる。
「あー、ほら涼ちゃんだって浮気してる。」
画面に映る、こちけんさんと腕を組んで結婚式の入場ごっこをしている俺。を指差してむくれる元貴。
「おいあれやりすぎだろコロすぞ。」
ふざけてこちけんさんに誓いのキスを迫る俺の事だ。
「ごめんて元貴。」
元貴の頭をポンと撫でる。ジロッと俺を見たかと思うと、元貴は口を尖らせて待つ。
ふっと笑って、俺はちゅっと軽く口づけた。
元貴はニッと笑う。両エクボが綺麗に現れた。
食事を早々に終え、俺はソファーに腰掛け、その足元の床に元貴が座り、俺の足の間に入り込む形でもたれかかる。
「何の曲がいいかな〜。」
元貴が首を後ろに倒し俺を見ながら聞いてきた。
「曲って?」
「入場曲。」
「こちけんさんの結婚式?」
「おーれーらーの。」
え!?と大きな声が出る。俺らのって…俺らの!?!?
「するとしたらよ。何がいい?」
「えー…考えたこともなかった…。」
あん?と元貴が眉間にシワを寄せる。
「何でだよ考えろよ。」
「ごめん、夢のまた夢って意味でね。いい意味でよ?」
「ふーん。で、何がいいの?」
「そうだなぁ…ベタだけどbutterflyとかやっぱいいよね。」
「ミセス縛り。」
「えっ…恥ずかしくない?」
「ミセス縛り。」
「ミセス縛りかあ…。」
俺は存外、真剣に考え始める。やっぱり恋の歌かな。でも元貴って結構悲恋とか別れとか生死感とか絡めるから、ちょっと結婚式に使いにくいかもなぁ。
「ロマンチは?明るいし、恋の歌だし。」
「なんかお見合いっぽくない? あなたって人 は どんな人〜から入場っておもろくない?」
「確かに。まだ知らんのかい、みたいな。」
俺らは笑い合って、次の案を考える。
「んー、じゃあやっぱりラブミーラブユーになるのかなぁ。」
「いーねー。ジャージャジャジャッ あっちにもラーブで でバン!みたいな?」
元貴が顔の前で手をドアに見立てて開く仕草をする。
「サママで、水鉄砲持って入場もいいかも。」
「あ、めっちゃいい。初っ端から水浸しでね。いーじゃん、新しい。」
元貴が嬉しそうに俺の案に乗って来てくれる。
ああ、いいなぁ。こういうの。当たり前に、一緒にいる未来について2人であーだこーだ話すのって、最高に幸せだ。
「でもこれって、元貴歌うよね?結婚式が結果ただのライブになりそう。」
「涼ちゃんがキーボード持ってね。そんで後ろに若井もいてさ。」
「それただのライブ。」
俺が笑うと、元貴がそーだ!と膝を叩く。
「もういっそライブにするんだよ。『ミセスが結婚式やります!』って集めてさ。ふっつーにライブ始めんの。まだ誰が結婚するかとか知らされずにさ。」
「恋の歌限定でセトリ組んで。」
「そーそー。んで、客が一体いつ誰が誰と結婚すんだ?みたいな顔しててさ、ふっつーにライブ終わんの。」
「終わるんかい!」
「で、カーテンコールで俺と涼ちゃんだけが白いタキシードに着替えて演者の真ん中にいてさ、皆で手繋いでありがとうございましたー!って頭下げた瞬間、暗転。『本日は、ご来場ありがとうございました。』つってアナウンス始まって。」
元貴がイタズラっぽく笑いながら話す。
「客が『えー!?終わり?!結局なにー?』みたいな。」
「分かる人だけ分かる感じ?『もっくんと涼ちゃんだけタキシード着てたけど…えー?』みたいな。」
「元貴涼架結婚説で考察始まってね。」
「元貴涼架未だにホワンジ説も出るかも。」
わははっと2人で笑って、はー…と一息つく。
「早く結婚したいな〜。」
元貴が天井を仰いで言う。俺はドキリとする。すぐネガティヴに向かう思考を無理やり止める。
「…俺と、だよね。」
俺がそう呟くと、元貴がまた首を後ろにしてこちらを見る。
「涼架と、結婚したいね。て話。」
俺は目が潤むのを何とか我慢して、頷く。
「早く世界が俺たちに追いつくといーね。」
「そうだね。」
我慢しきれず、一雫が頬を伝った。
元貴はそんな俺を首を後ろに倒したまま見つめて、また口を尖らす。
俺はふふっと静かに笑って、顔を元貴の方へと下ろして口づけた。
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