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正式に依頼を受けた翌日、僕とリズは準備もそこそこに出発した。
第4遺跡は、王都エルヴィンの北東に位置している。
その全てが謎に包まれており、情報も非常に少ない。
一応Bランク以上の冒険者なら立ち入ることは可能だが、過去に探索へ向かった者の報告は常に同じだった。
「そもそも遺跡にすら到達できないと……」
高台から見ると、深い森の中心にそれらしき建築物が僅かに確認できる。
しかし一度森へ足を踏み入れると、いくら進んでも辿り着く先は森の外。
中には飛行魔法を使える者が上空からの侵入も試みたようだが、辿り着く前に必ず魔力切れを起こすとのこと。
こうして誰も遺跡に辿り着けなかった結果、集まったのは同じ情報ばかり。
実入りがない以上、よほどの物好きでなければ近づきもしなくなった……というのが現状だ。
「森そのものが遺跡、という考察をしてる者もいたようだな」
「色々な考察がされてたらしいですけど、どれも推測の域を出ないですね」
そして僕らは森が見渡せる高台へと辿り着いた。
たしかに森の中心に、第2遺跡で見たような石造りの建築物が顔を覗かせている。
「といってもちょっとしか見えないな」
それほどに森が深いということだろう。
「どうする? エルなら飛んでいける距離だろ」
「それを言ったらリズも跳んでいけそうですけどね」
しかし想像してほしい。
もし上空で魔力切れを起こしたらどうなるだろうか……。
「……依頼内容は調査ですし、地道に陸地から行きましょう」
調査の基本は足とも言うしね。
高台から森への道中、それほど距離はなかったにも関わらず、オーガと呼ばれる角の生えた魔物に出くわした。
人型だが体のサイズは大きく、2mを超える個体が多い。
それに……マッチョだった。
僕としてはその腹筋を観察したかったが、リズの眼光一つであっさり土下座した後、退却していった。
言語はわからないが何か言っていたようだし、知性もあるらしい。
(これと言って被害も出ていないのなら討伐依頼も出ないか……)
そんな魔物が野放しになっている程度には、この第4遺跡方面はもうあまり人が来ていないようだ。
「道理で道らしい道もないはずだ」
それでもけもの道を進み、森の手前までは迷わずに来ることができた。
ここから先は……たしかにどこか雰囲気が違う気がする。
「魔物の気配も感じなくなったな……不自然なほどに」
リズも何かを感じ取ったらしい。
森自体が遺跡という考察はあながち間違いではないのかもしれない。
「……一先ず、真っすぐ進んでみますか」
僕らはセオリー通りに、ナイフで木に目印をつけながら進んだ。
とにかく真っすぐ進んだ上に、一度つけた目印を見かけることもなかった。
しかし結果は……
「元の場所に戻って来ちゃった」
真っすぐ進んだはずが、出た場所は元いた場所だった。
「なるほど、たしかにこれは噂通り……不思議なものだな」
リズは僕がナイフで印をつけた箇所に触れる。
しかしそこに印は残っていなかった。
これはまるで師匠が住んでた絶対不可侵の森のようだ。
「アゲハさん連れてきたほうが良かったか……」
これが魔法によるものなら、アゲハさんの眼で何か見えたかもしれない。
しかし彼女は、もう一人の主であるメイさんと共にお留守番である。
「そうだな、もしくは母上に見てもらえたら……」
「……? なぜヴィクトリアさんに?」
僕としては色々目には見えない物が視えるアゲハさんか、博識な師匠が候補として思い浮かんだのだが……。
「あぁ、言ってなかったな。母上の眼は『看破の魔眼』と呼ばれていて、見たものを識別することができるらしい」
「魔眼……」
不可視のものを可視化するのが、アゲハさんの万視の瞳。
それに対して、識別する看破の魔眼か……。
遥か昔に捨て去った僕の少年心が刺激される響きだ。
ひょっとして初めて会った時、ヴィクトリアさんにあっさり性別が見抜かれていたのはそういうことだったのか。
「全てがわかるわけではないらしいが……」
「それでも十分すごい力ですよ」
というかカッコイイ。
「とは言っても僕らにないものは仕方がないし、引き返しても問題はないでしょうけど……」
達成条件は特に聞かされていないので、あったことをありのままに報告書に書けば一応依頼達成にはなるだろう。
これといって新しい情報はないが、それでも金貨10枚の報酬が出る。
破格の報酬だと思うけど、王家からの依頼と考えると普通といえば普通か?
まぁお小遣いでももらったと思えば……
(お小遣い……いやいや、さすがに考えすぎか)
そんな回りくどいことさすがにしないでしょ。
……しないよね?
「帰るにはさすがにまだ早いな、次は上から行ってみよう」
そう言ってリズは僕の肩を掴んだ。
あ、やっぱり僕が行くんですね……。
飛行魔法で森の上空へゆっくりと近づくと、地上にいるリズが手を振った。
「落ちたらいつでも受け止めてやる」
リズは僕が落ちるの前提で、下で待機してくれている。
僕も落ちるの前提で、できるだけ低い位置を飛んでいるのだが、まるで初めて飛んだ時のような恐怖感があった。
見慣れた光景も、たった一つの懸念点でこうも見え方が変わってくるとは……。
徐々に森の上空を進んでいくと、予想通りその時がやってくる。
「――アーちゃんの魔力が消えた!?」
僕の飛行魔法は、アーちゃんを介して初めて使えるものだ。
それが使えないとなると当然重力に逆らえるわけもない。
「リズは……」
視線を下へ向けると、木々に覆われていてリズの姿は見えない。
落ちて大丈夫だよね?
下でちゃんと待機してんだよね?
そんな不安と共に――――リズにお姫様抱っこされる自分の姿が脳裏をよぎった。
「それはさすがに……!」
恥ずかしくて頭がフットーしてしまうかもしれない。
そう思った僕は、咄嗟に神力を解放した――
「ほっ……こっちなら落ちない」
体内のアーちゃんへ魔力は流れなくなったものの、存在そのものは消えていない。
ただなんとなく僕の体の中で困惑してるような感じがする。
「む……落ちてこないと思ったら、そっちなら大丈夫だったのか」
中々僕が落ちて来なかったので、リズは木をよじ登って様子を見に来たようだ。
「たしかに落ちなくて済むけど、これあんまり進まないんですよね……」
飛行魔法と違い、神力は飛ぶというより浮くといった表現が近い。
そもそも普段の飛行魔法だってアーちゃんのおかげで不自由なく使えてるだけだし、使い方の問題なのかも?
そんなことを考えていると、ふと思いがけない物が視界に映る。
「あれ……? 遺跡が消え……というかあんなところに家なんてあったかな」
森の中にあったはずの遺跡が消え、代わりに民家らしき建物が見えた。
「どうしたエル、何か見つけたのか?」
どうやらリズには見えていない様子。
しかしここからならそれほど遠くもないので、さすがに迷わずに行けるのではなかろうか。
「こっちに家があったんですよ」
僕は着地し、民家まで先導していく。
すると、遺跡と違いこちらはすんなりと到着した。
「一体誰がこんなところに家を……」
一般的な民家と呼べる大きさだが、まるで師匠の家のように存在自体に違和感を感じる。
「エル、家なんてどこにあるんだ?」
「え? いや、目の前に……」
僕らは顔を見合わせた。
ひょっとして、リズには見えていない?
僕はスッと民家を指差し、リズに確認する。
「リズの目には、この先に何があります?」
「森が続いてるな」
どうやら見えてる光景が違うらしい。
理由があるとしたら……
「神力……?」
僕は再び神力を解放し、リズの手を握る。
僅かに抵抗感を感じたものの、神力は僕の手を通じリズの体を包み込む。
「――なッ! 急に建物が……」
リズの目には、突然目の前に民家が現れたように見えていた。
良かった……僕の幻覚じゃなかった。
「となると、ひょっとして遺跡はこれを隠すためのカモフラージュか?」
「……この家をか?」
リズの疑問もごもっとも、どこからどう見てもただの民家だ。
もし誰か住んでいるとしたら、師匠のような変わり者かもしれない。
「ま、まぁ入ってみればわかりますよ」
そして僕らは中に入って確信する。
この家は――――
「――空き家っすね……」
まったく生活感がなく、無人だった……。
暖炉はあるけど、もう長いこと使われてない。
食料の類も見当たらない、というか水すらない。
探せば探すほど、誰かが住んでいる痕跡は見当たらなかった。
埃すら――――見当たらなかった。
「……綺麗すぎますよね」
「そうだな、まるで住んでないのに誰かが掃除だけしているみたいだ」
そんな物好きがいるのかと言いたいが、まさしくそんな状態だった。
そしてもう一つ、床に大きく広がっており最初は気づかなかったものだが、暗めの床板をよく見ると、シミのようなものを発見する。
こういう模様だと言われたらなんとも思わなかったかもしれないが……
「これって多分……血の跡ですよね」
「かなりの年月が経っていそうだが、おそらくそうだろう。それも夥しい量だ」
……なんとなく、あまりこの場を探るのは良くないことのような……そんな気がした。